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孤独の新月  作者: 瑠璃茉莉
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月夜の来訪者

数年ぶりに小説を書きました。

宜しくお願いします。

今日は随分と寒い。

自分二人分ほどの高さにある窓の奥には綺麗な満月が見えていた。

太陽と月、風と、音しかないこの場所で、私はもう何年過ごしただろう。

伸びきった髪を切るハサミも、外へ出るための鍵も持っていない。

私にあるのは本という世界の知識だけ。

誰かが知って、記した軌跡の中身だけ。

そして私とともに錆びていく古いベッド。


「いまは、ふゆ、なのかな」


気温が低く、白い雪が雲から降る季節を冬という。

あれが雪だと知ったのはまだ自由だった頃。

母に教わった。

昔の思い出はあまりにも少なすぎて、忘れることはないだろう。

記憶というものは新たに蓄積されていくもので、その蓄積されていく記憶や思い出は私にはほとんどない。

毎日何一つ変わることのないこの景色を、私は家族を失ったあの日からずっと見続けている。

本で知った『外』を、この目で確かめる自由はとっくに奪われてしまった。

そして今日もまた変わらず過ぎ去り、太陽が顔を出す。

期待も希望も持つことすらもう辞めてしまった。


「さむい…」


そう言っても温めるための温もりはない。

助けてくれる人もいない。

私のことを知っている人すら少ないのだから。

恐らく、私をここに閉じ込めている人と、逃げ出さないように見張っている日替わり兵士だけ。

私の存在は誰に知られるもなく、いずれ失われていくのだろう。

ぽっかり空いた胸の奥には、温かな思い出が眠っている。

誰もいないこの状況に胸が軋む。

これを寂しいと人は言うのだろう。

そんなことを考えていた時だった。

突然月明かりに照らされていた部屋が真っ暗になる。

雲は見当たらなかったのに、何故?

そう思い見上げると窓には人が立っていた。


「っ!?」


覗いたことは無いが、人が登れるような高さではなかったはずだ。

咄嗟に声が出ないのは驚いたからか、それとも声を出すことを滅多にしないからなのか。

どちらにせよ、私の十数年ぶりの人との再会は衝撃的なものだった。


「こんばんわお嬢さん」


窓から目の前へ飛び降りた少年は、にこりと柔らかな微笑みで私へ手を差し伸べる。


「君を、攫いに来たんだ」


月明かりに照らされた少年の髪はふわふわと銀色に輝き揺れている。

攫いにきた、そんな物騒なことをいう誘拐犯は、とても悪人には見えなかった。

どうみても私と変わらない、13~15歳くらいだ。


「…ぇと、……」


ここから出たい。

それは私の望みだ。

だけど彼は誰で、何で私のことを知っているのか、どうして攫ってくれるのか、何もわからない。

そう易々と少年の手を取っていいのかわからない。

不審がっているのが分かったのか、差し伸べたその手を彼は引っ込めた。

そしてにこりと笑う。


「あぁごめんね。驚いたよね。まずは自己紹介をしなくてはね。俺の名前は蕾。つぼみと書いてレイ。君の名前も聞いていいかな?」


「わ、わたし、は、(ツムギ)…」


「つむぎか、素敵な名前だね」


友情や愛情、言葉、大切なものを大事に紡ぐように、そしてその紡いだものが強く大きくなりますようにと母が願いを込めた名だと聞いた。

とても嬉しかったのを覚えている。

だから褒めてもらえたのは、私の心の警戒心を緩めるには十分だった。


「…」


再び差し出された手。

そして向けられた笑顔。


「ここから出たい?」


ここから…。

この真っ暗で代わり映えのない日常から…。

私の望みは……。


「ここからでたい。世界を見たい!」


震える手で彼の手を握った。

握り返されたその手はとても暖かかった。

だけど、私は知らなかった。

いずれこの彼の暖かな手に突き放されることを…。

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