幸せを感じて
早速二話目!
冬馬と炎華は、後ろへ流れていく景色を楽しみつつ、緑龍の背中で揺られていた。
「そういえば、自己紹介してなかったな」
「確かに」
「俺は朝霧冬馬。日本では極貧で生活してた。両親はどこかへ消えた。ちなみに、好きな食べ物はパンの耳だ」
「私、花浜炎華。朝霧くんと一緒で、お金は全く無かった。両親も居なかったし、好物もパンの耳。一緒だ!」
「そうだな。じゃあ炎華……さん。よろしく」
「こちらこそよろしく……」
龍の背の上で正座して向き直り、丁寧に頭を下げている二人だが、側から見ればただの狂人だった。見た目不安定な鱗だらけの背中だが、実際はそうでもないらしく、彼らも地面と同じようにごくごく自然に座れている。
『さて、そろそろ着くぞ』
それから数分が経ち、緑龍の言葉に顔を出して周囲を観察してみれば、前方にある山の頂上に遺跡の入り口らしきものが見える。
『あの山の頂上に着地する。しっかり儂の鱗を掴んでおけ』
二人は恐る恐る、といった様子で近くにあった鱗を両手で掴む。
緑龍はゆっくり高度を下げていき、やがてその山頂の真横に止まり、二人を下ろしてくれた。すぐに緑龍自身も山頂に着地する。衝撃で、思わず咽せてしまうほどの土煙が舞う。
「ケホッ、ケホッ、土巻き上げすぎだろ……」
「おっと、それはすまんかった。非礼を詫びよう」
土煙の奥から現れたのは、髪は白くなり、髭をたっぷりと蓄えた老人だった。厳格な雰囲気を纏っおり、既に只者ではないことが窺える。龍の巨大だった影はどこかへ消え、代わりに老人が出てきたのだ。そして、冬馬が辿り着いた結論は……
「どなたですか?」
「いや、そこは察して欲しいのだが?」
「……もしかしてさっきの緑龍ですか?」
「……オホン。よく分かったな。その通り。儂がお主らを運んできた龍が人に化けた姿で、アイレ=ヴィンセントと名乗っている。よろしく頼む」
「えっと……よろしくお願いします?」
わざとらしく咳払いをして名乗るアイレ。纏う雰囲気とは裏腹に、意外と構ってちゃんなのかも知れない。
強者の余裕を放つ構ってちゃんことアイレは遺跡の階段を下り、二人へ向けて手招きをする。
「こちらの世界に来たばかりで、色々混乱しておるじゃろう。移動しながらではあるが、お主らが召喚された理由も含めて説明してやろう」
その後のアイレの話を要約するとこうだ。
冬馬と炎華は、この世界の神が選んだ『転移者』であり、日本からここへ召喚された。500年に一度、異世界から神が人を召喚する、という決まりがあるのだが、1500年前に召喚された者が神殺しを成し遂げた為、今では召喚される人数もかなり減った。それでも、目的は神々の娯楽であるため、明確な意味などはない。
また、この世界は『グランドリア』と呼ばれており、この世界では魔法、つまり非現実的な術の行使ができるらしい。落下していた二人は風の魔法で落下の衝撃を上手く相殺して、受け止められたそう。
拾ってくれた張本人であるアイレは、グランドリアの『七大守護者』に当たる【刄風龍】らしい。
つまりだ。冬馬たち二人が召喚されたのは、剣と魔法の世界、いわゆるファンタジーの世界なのだ。もう一度言おう。ファンタジーの世界なのだ。
「……でも、この手の物語って読んだこと無いんだよね」
「そりゃあ、本を買うお金も無かったしな」
「本を買えないほど貧乏だったのか? それなら安心していい。ここでは大量の魔導書がある」
「魔導書?」
「魔導書とは、魔法や術の基礎から応用、活用の仕方まであらゆることが書き記された書物のことだ。お主らの努力や意欲次第では、トップレベルの魔導士になれるじゃろうな」
魔法、という言葉に二人は子どものように目を輝かせ、アイレを尊敬の眼差しで見つめる。それはもう、キラッキラに輝かせていた。
「ははっ、後で持ってくるから、読んでみるといい。どれか一つくらいは適性のある属性が見つかるだろう。それに二人は『転移者』だろう? 才能はあるはずだ」
既に聞き飽きてきた靴が階段を踏む音が止み、ようやくアイレが足を止めた。しかし、アイレが向いている方は、一見するとただの壁だ。
「いやーすまんかった。初めての来訪者には階段が遠く感じる魔法を掛けている。次からはすぐに到着できるから安心してくれ。合言葉は、『ステラの誓い』だ。覚えておいてくれ」
アイレが合言葉を言えば、壁の一面が木製の扉へと変化した。不思議だ。冬馬たちも目を丸くしている。扉を開けながらアイレは言った。
「今は夜だし、魔導書やらはまた明日にしよう。部屋は用意している。今日はゆっくりと休んでくれ」
その後、彼らはいつぶりかも分からない温かなシチューに舌鼓を打ち、熱い風呂に触って飛び跳ね、個室の存在に愕然とした。一体どれだけ貧しい暮らしをしてきたのかと想像するだけで苦笑いが出る。
それぞれの部屋のベッドで眠りについた冬馬と炎華は、とても幸せそうな顔をしていたという。
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作者は狂喜乱舞します。