プロローグ
よろしくお願いします。
静寂の広がるとある山奥。静寂を破るかのように、紅い光の尾を引いて何かが降ってくる。よく観察してみると、それが二人の人であることが分かるだろう。
「「うわぁああああああああああ!!!!!?!?」」
何とも騒がしい様子であるが、彼らにとっては一大事である。なにせ、超高度からの落下の真っ最中なのだ。地に足付かないという感覚を存分に味わいながら彼らは落ちていく。自分の衣服がはためく音や、靴が風を切る音がやけにクリアに聞こえ、恐怖をより一層高める。
夜空に放り出されたのは二人の人間。どちらも外見からして学生だろう。
「おいお前、どうにか出来ないのか!?」
「私に言わないでよ! あなたこそどうにか出来ないの!?」
「出来ねぇから聞いてるんじゃねぇか!?」
━━━どうして二人がこんな状況に陥っているのか。
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落下していた片割れ、朝霧冬馬。15歳である彼は10歳の頃に母を亡くし、父はそのショックからか、酒に溺れた廃人となってしまった。母の残した遺産で最低限だが生活を営んでいた。
中学生の身でありながらこっそりバイトをしており、学業と並行することによる過度なストレスに心身を痛めていた。
そんなある日、いつも通りバイトを終え、帰宅する途中。突如として足元に現れた魔法陣によって召喚され、先ほどの、超高度からの落下へと繋がる。
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落下していたもう一人の人物。それは、花浜炎華。冬馬とは違い、物心ついた頃には既に父親はおらず、母親は他の男と再婚し、娘である炎華を見限ってしまった。
父方の祖父母から送られてくる僅かな生活資金をやりくりして生活していた。そんなある日、パン屋さんから貰った食パンの耳が入った袋を手に、家へと帰る途中だった。
そして、彼女は冬馬と同じ魔法陣によって召喚され、冬馬と一緒に夜空へ放り出されていたのだ。
そして、隣同士に召喚された彼らは、現在仲良く落下中、という訳である。そうした事の顛末の裏には、冬馬や炎華を召喚した張本人、糸を引く存在があるのだが、それはまた別の機会に。
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なぜか全身から紅い輝きを放ちながら落ちる彼らは、既にほとんど諦めかけていた。死を確信したからなのか、彼らの口もやけに回っていた。
「……何でこんなことになったのか分かんないけど、もう無理だなこれ」
「……今まで辛い人生歩んできたし、もしかしたらこれで良かったのかも」
「……そうだな。俺も両親どっか行っちゃったし。今思えば、寂しい生活送ってたな、俺」
「……来世はきっと良いことあるよ。私も両親はどこかに消えちゃったから。親の『愛情』に触れてみたかったなぁ」
「同感。俺も『愛情』を知ってみたかった」
「「俺/私を愛してくれる人は、居ないのかな……」」
二人は顔を見合わせてクスッと笑いあった。
「ありがとな。最後に誰かと話せてよかった」
「こちらこそ。お互い名前も知らないけどね」
「もし来世があったら、また会えたらいいな」
「うん。その時はよろしくね!」
夜空の星の輝きが、彼らの姿を際立たせる。何だかラブコメのような空気感を漂わせつつ、尚も落下を続ける。
そんな彼らに一つの巨大な影が迫る。三対もある巨大な翼は深緑の鱗に覆われており、その双眸には理性の光を宿している。日本では伝説上の生き物とされている、『龍』である。ただし三対、つまり六枚羽である。
美しい六枚羽の緑龍が風を切る音に、二人は思わず目を開けてそちらを振り向く。
「……あれ、なんか龍みたいなのが見える。死に際の幻覚か? それにしても透明感のある緑で綺麗だな」
「大丈夫、私もだよ。あれは翡翠色って言うんじゃない? でもまぁ、死ぬ前にカッコいいのが見れてよかったかも」
彼らが緑龍の姿に見惚れていると、不意に緑龍が彼らと距離を詰めてきた。そしてそのまま━━━
「うわぁっ!?」 「きゃぁっ!?」
二人をその大きな背中で受け止めた。そしてあろうことか、緑龍は、老人の声で喋りだした。声だけでもかなりの威厳を放っており、彼らも無意識のうちに背筋を伸ばす。
『お主らは……なるほど。こやつらが例の異界からの召喚者か。お主ら、怪我はないか?』
その言葉を聞いて、自分の姿を見下ろして、手や足の傷を探すが、全くない。超高度から硬い鱗の上に着地したと言うのに。
「あ、言われてみれば怪我もないし……」
「それに、痛みどころか、むしろいつもより身体が軽い気がする」
『そうか。と言うことはお主らは適性があるようじゃな』
「「適性?」」
『それは後で説明する。スピードを少し上げるとしよう』
『さて、簡潔に言おう。お主らはいわゆる異世界召喚をされたのだ。この『グランドリア』に』
「異世界召喚? つまり、ここは日本どころか地球ですらないってことですか?」
『日本、地球……やはり日本という国からやってきたのじゃな? ……先ほどの適性についても含めて?詳しい話は儂の家に着いてから話そう』
「「分かりました」」
電車の車窓から見た街のように、景色がどんどん後ろへと流れていく。それだけで、この龍がいかに速く飛んでいるかが分かる。現実感の湧かない事態が連続して起きた彼らにはまだ半信半疑だった。
「やっぱり実感湧かねぇよなぁ。女の子と一緒に空から落とされて、死ぬかもと思ったら今度は六枚羽の龍に拾われるし。普通に考えて色々とおかしいよなぁ」
「こういう時は、ほっぺたをつねって見たら、夢か現実かわかるんじゃない?」
良いことを思いついた! と言わんばかりに胸を張る。……ただし、冬馬にサイズは普通だな、などと思われていることには気づいていないらしい。
「……ってことで、君のほっぺた、引っ張っていい?」
「おーけー。頼んだ」
「じゃあ行くよ」
ぎゅううぅぅぅぅ……
「いはいいはい。……ぷはっ。これ現実だな。すっごく痛かった」
「……本当に? ちょっともっかいつねっていい?」
「いやダメだよ」
そうして、独身の成人男性が見たらブチギレそうな、側からみるとイチャついてるように見えなくもない二人に、緑龍は何か微笑ましいものを見た、という風に目を細めている。
「きっとここは現実なんだろうな。信じらんないけど。もう少しだけ、生き続けてみてぇな」
「私もー。今まで辛い生活続けてきたけど、何だか活力も湧いてきたし、これはこれで、悪くないかも」
「そうだな。どうせ死ぬくらいなら、お前をもう少し知ってからが良い」
「……君のことも教えてね?」
「もちろんだ」
『こやつら、初対面じゃないのか?』と緑龍は至極当然な疑問を抱いたが、気にしないことにした。自分の背の上で繰り広げられる空気感を邪魔する気にはなれなかったのだ。
二人の言葉に青臭いセリフが多いのは、こんな状況に酔っているからなのかも知れない……
明日も投稿しますよ〜。
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作者は狂喜乱舞します。