婚約破棄……なんとめでたい言葉でございましょう
初投稿です。タイトル通りの内容です。短いので、サクッと読めます。
「婚約破棄、ですか?」
信じられない言葉に、私は目を見張りました。
「そうだ」
肯定したお父様のお顔を、ただただ見つめて。
婚約破棄……なんとめでたい言葉でございましょう。
ああ、やっと縁が切れましたのね。
「お父様、ありがとうございます。心より感謝申し上げますわ」
抱きついてキスの雨を降らせたかったのですが、淑女らしく思いのすべてをこめて、深々と一礼しました。
「礼には及ばぬ」
お父様は苦笑しておりました。
「そなたの言った通りだった。知らせてくれねば、危うく我が方に火の粉が降りかかるところであった」
「ステラお嬢様、本当にようございました」
「ありがとう」
お父様と別れた後、私は侍女と手を取り合い、幸せを分かち合ったのです。
それにしても、お父様がデキる男で本当に良かったと、つくづく思いました。
穏便に婚約解消できればと願っていたけれど、婚約破棄とは。
ということは、相手に慰謝料とか請求できますわね。
そちらはお父様にお任せいたします。
お父様には、学園内で「異変」が起きているとだけ、告げておりました。
ただ、その内容については、「私の口からは申し上げられません」と。
極めて、淡々と報告したのです。
「婚約者は、私のことなど忘れ去り、他の女に夢中になりました。金魚のフンのようにその女につきまとい、誰の言うことも聞き入れません」
などと親に言えますか?
嫉妬に狂った浅はかな女と思われますわ。
それだけなら、まだしも。
王太子を始め、宰相の子息、騎士団長の子息やら、有望な若者達が次々と毒牙にかかってしまわれました。
もちろん、その方々には婚約者がおりますわ。
被害は多方面におよんでいるのです。
「学園」は、部外者立入禁止となっておりますが。
先生方や学生達に探りを入れることは、問題ございません。
調べようと思えば、いくらでも調べられるのです。
お父様が入手した報告書を読ませていただきました。
報告書には、私の婚約者……いえ、元婚約者の行状が余すことなく綴られております。
某男爵令嬢への過度な傾倒。
婚約者へのエスコートの放棄。
常に上位だった学業成績は著しく下降。
友人たちの忠告に耳を貸さず、戒める先生方に暴言を吐く。
止めようとした従者に暴力を振るう。
証言は多数ございまして。
報告書はかなりのボリュームでした。
ご協力いただいた方々に感謝を申し上げねば。
中には、内容に相違ありませんと一筆記載し、サインを入れて下さる方もいらっしゃいました。
皆様も、ストレスが溜まっていたのですね。
同情いたします。
さて、この後、私はすぐに婚活に全力投球いたしました。
同世代で良さげな方々は、すでに婚約済みです。
とはいえ、守備範囲を広げてみれば、まだまだ良い方がいらっしゃいます。
家格は多少落ちますが、二つ年下の前途洋々な少年を捕獲、いえ、お付き合いを始めました。
半年後、プロポーズされた時の気持ちときたら。
嬉し涙が止まらず、彼に心配されたほどでした。
元婚約者は、家柄よし、顔良し、頭良し、剣の腕前良しと高スペックでした。
でも、その分プライドが高くて、ちょっとした事ですぐ機嫌を損ねてしまわれる。
いつそうなるかとハラハラしどおしで、ちっとも気が休まらないのです。
面と向かって、言われたことがございました。
一緒にいて、楽しくないと。
そのセリフ、そっくりお返しいたします!!
現婚約者のミカル様は、家柄普通、顔普通、頭は中の上、剣の腕前中の下です。
でも、一緒にいるとなごみますのよ!
不機嫌な美形と笑顔の平凡。
一生涯連れ添う相手として、どちらを選ぶか、言うまでもありません。
ミカル様はフットワークが軽く、困っている人を見かけると、さっと手を差しのべます。
本当に、息をするように軽々と。
あの方とは大違いですわね。
もっとも、あの方も某男爵令嬢に関してのフットワークだけは、軽かったと聞いておりますが。
ミカル様は、勉学に一層力を入れ、成績も上昇中です。
苦手な剣についても、一生懸命取り組んでおります。
先生や、友人方からの評価も上がりました。
家族からも、家格が上の令嬢を射止めたと一目置かれているのだとか。
私は、より美しくなったと言われるようになりました。
自分で言うのも何ですが、前の婚約者に釣り合うだけのスペックは持ち合わせております。
「学園」の中でも指折りの美人と評され、成績は常に上位です。
銅色の髪に、同色の瞳。
「あかがねの君」という呼び名がございましたが、近頃は「ほほえみの君」と呼ばれております。
雰囲気がおだやかになり、話しかけやすくなったのだそうです。
他の令嬢達から、悩みを打ち明けられることが多くなりました。
世間知らずの私ですが、婚約者とうまくいかないという悩みについては、経験済みです。
令嬢達の悩みは、まさにそれでした。
私にできることは、ただ黙って聞くこと。
アドバイスなどはできません。
それでも、良いのだと。
聞いてもらうだけでも、気持ちが軽くなると他の令嬢達は言うのです。
上手くいっている友達には相談しづらい。
みじめな気持ちになるからと。
他人の悩みを聞くことは、決して楽なことではありません。
つらい話を聞かされて、一緒に涙ぐむこともございました。
ですが、話をするうちに、令嬢達も冷静になっていきます。
そうして、自分なりに解決方法を見つけていくのです。
前向きに頑張る彼女達を見るうちに、むしろ私が励まされているような気持ちになりました。
元婚約者からは、愛されぬ悲しみを。
現婚約者からは、愛される喜びをいただきました。
順番が逆でよかったですわ。
今の幸せが十分に味わえますもの。
元婚約者は、もう「学園」にはおりません。
不行状がたたって、実家に連れ戻されたのです。
某男爵令嬢は退学になりました。
お父様が、私に見せてくださった報告書。
あれは、報告内容の一部にすぎなかったのです。
お父様は、「異変」に深く関わっている者達、一人一人について、もれなく調査を命じました。
王太子、宰相の子息、騎士団長の子息……
皆、元婚約者と似たり寄ったりの行状です。
某男爵令嬢は、複数の相手と不適切な関係を結んでいたとか。
宰相の子息は、外国に留学しました。
行ったきりで、この国に戻っては来ないという噂が飛び交っています。
騎士団長の子息は、武者修行という名目で、辺境に旅立ったと聞きました。
お二人とも、帰還時期が未定のため、婚約は解消されたとのこと。
王太子にいたっては、卒業記念パーティで、一方的な婚約破棄を企んでいたという話です。
それを耳にしたときには、心底ぞっとしました。
王太子は、急な病により、卒業前に学園を去ることになった、と聞かされております。
回復の見込みが立たないため、廃嫡となり、婚約は解消されました。
「異変」の関係者の元婚約者であった令嬢達から、茶会に招かれました。
「貴女のおかげで、助かりました」と目に涙を浮かべ、口々に感謝の言葉を述べるのです。
私は何もしておりませんのに。
でも、苦しみから解放された気持ちは、よくわかります。
「皆様、おめでとうございます」
ひとりひとりのお顔を眺めます。
吹っ切れた、良い表情です。
「皆様に残された道は、幸せになることだけですわ」
弾けるような笑い声が、あたりを満たしました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
誤字脱字報告並びにご感想頂いた方々に、心より御礼申し上げます。