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聖属性魔力がありあまる  作者: 羽蓉
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青白い光の球体がハルディンの腰に吊るされてある短剣へと、吸い込まれるように戻ってく。


アシュリーは自分が対峙した時と同じ球体なのだろうかと、不安になっていた。

以前見た時よりも、球体の大きさが一回り以上も小さく、光も薄く半透明になっている。

同じ物だとすれば、当初より相当に魔力を消費してきているに違いない。


「大丈夫なのか?」


ハルディンがそう口にすると、腰にあった『血の聖剣』をベルトから外してテーブルの上に置く。


「…あまり言葉を交わす余力はない。」


そう短剣から小さめの声が聞こえてくる。


「申し訳ありません!私の伝え方に問題があったようで…もっと、しっかりとお伝えしていれば。」


「それより、シュロールはどうなっている!」


アシュリーとハルディンは、我先にと短剣に向かい話しかける。

エンジュは、黙ってその様子を見守っていた。


「…彼の令嬢はこちらに来てすぐに、この邸の自室のバスルームへ体を預けている。」


そう言い終わると同時に、エンジュは目を見開き、足早にテーブルに寄ると短剣を掴み、小走りに部屋を出る。


「待て、俺も行く!」


一瞬あっけにとられたハルディンが、焦りながらエンジュを追いかける。

その姿を見て心を決めたように息を飲み、アシュリーも続いた。




   ◇◆◇




速足で歩く、それでもエンジュの移動速度は速かった。

目的地しか目に入らない様子で、シュロールの部屋までたどり着く。

扉を開こうとしたが、シュロールが不在なので鍵がかかっている。

持っているのは執事…探して連れてくるまでがもどかしく、手間がかかる。


ドアノブに手を掛けたまま、目をつぶる。


「…ふんっ!」


エンジュは力に任せて、ドアノブをへし折ってしまった。

ノブの穴が開いた部分に、いつも杖代わりに使っている剣を数回叩きつけてドアを開く。


「本当に人間か?発想が、野生すぎる…。」


やがて追いつきかけたハルディンは、目の前のエンジュの行動に顔をこわばらせていた。

続いてバスルームに続くドアの前に立つと、エンジュは持っていた剣を振り上げた。


「…待て!ここには、封印をしてある。」


短剣から発せられる声に、エンジュの行動が止まる。

追いついたハルディンが、エンジュから短剣を受け取るとバスルームのドアにかざす。


特に変化が起きたようには見られなかったが、そのドアはすっと音もなく開きその場にいた者達を招き入れた。


「シュロール!」


最初に声を上げたのは、ハルディンだった。


バスタブの縁に手を掛け、眠るように乳白色の湯につかるシュロール。周囲には白バラの花が床を敷き詰めるほどに散っていた。

ハルディンは走り寄り、そっと頬に手を添えようとする。


触れるまでが、怖かった。

人の温かさがなく、冷たかったり、幻影のように儚く消えてしまったりするのではないかと、恐る恐る手を伸ばす。


そっと手の先が触れると、肌の弾力と暖かさを感じ、本物のシュロールが側にいるのだと感じる。


「シュロール、シュロールッ!」


ハルディンは濡れた床に膝をつき、湯船を気にせずに手を入れシュロールの体を引き寄せ抱きしめた。

こんな想いはもうたくさんだ、なにがあっても手放しはしない…そう心に誓いながら。


先程までの勢いはなんだったのかと、思う程に体から力が抜けその場に立ち尽くしていたエンジュもその光景に引き寄せられるようにゆっくりと近づき、こちらも湯に濡れることも気にせずに浴槽の縁に腰かける。

自分の手を上げ、恐る恐るシュロールの頭へ手を乗せる。


「…あぁ、ああ…っ。」


髪の毛に触れた時の柔らかな感触と温かみに、大粒の涙を浮かべ零していた。


「…予定外の願いがあり、魔力を多く使いすぎた。戻りが遅れると伝言を預けたが、それは意識の話。肉体はすでにここにあり、妨害に合わぬよう封印をしていた。意識が戻るまでには、もう少し時間がかかるだろう。」


エンジュとハルディン、二人はシュロールがここに無事でいることを確かめる事に夢中だった。


「それでもいい、ここにシュロールがいて必ず戻ってくる。それだけで待つことができる。」


ハルディンは抱きしめる力を少しだけ緩め、シュロールの顔を覗き込み手の甲で頬を撫でる。

エンジュも優しい手つきでシュロールの髪を撫でながら、ゆっくりと頷いた。


少し離れた場所から見ていたアシュリーは、この光景を見て神々しいと思った。

窓から入る光がシュロールを中心に三人を照らす。

白いバラに埋め尽くされた部屋で、言葉がなくても互いを感じ慈しむ。


「私もまだまだです。見た目や言動にひきずられ、本質が見抜けなかった。こんなにもシュロール嬢は想われているというのに。」


きっとこの先、シュロールが目覚めるまで、この人達は優しく側に寄り添うのだろう。

あの時に見た、ひとりで立ち向かう令嬢はもういない。

そして約一年の間に受けた愛情が、彼の令嬢に国を、人を救う決断をさせたのだろう。


ならば私は人々の代表として、シュロール嬢に惜しみない愛情をかけてくれたこの人達に感謝を捧げるべきだ。

アシュリーは最大限の感謝を込め、再会を喜ぶ者達に感謝の礼をとった。


「フェイジョア辺境女伯、私は司教として少しはお役に立てると思います。この先…シュロール嬢やティヨールのことで、仲介が必要な時や困った時は、何なりと申しつけて下さい。」


しばらくすると使用人やメイド、エンジュに伝言がある騎士など、邸にいる人間が少しずつ集まってきた。

しかし神々しいとまで評された三人と聖職者の姿を見て、誰も声を掛けることをせず、静かに涙を流し暖かく見守っていた。

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