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聖属性魔力がありあまる  作者: 羽蓉
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エンジュはアシュリーとハルディンを連れ、邸の居間へと通した。

最低限のもてなしを頼み、人払いをする。


座ることを勧められると、アシュリーはすぐに話し出した。


「失礼を承知で申し訳ありません。本来なら色々と前置きのお話をしなければならないとは理解していますが…。」


その言葉に対し、エンジュは片手を上げその話を遮った。


「前置きは不要。さっそくシュロールの話とやらを聞こうか?」


アシュリーは戸惑っていた。

自分が知っている、シュロール嬢というのは過酷な立ち位置にひとりで立たされていても、真面目に努力し前を向く…そんな令嬢だった。

それが今…目の前にいるのは、その令嬢の伯母だと言わても理解ができないほどかけ離れている。


男装と見間違うほどに簡素な装いに、ソファに座る姿も女性らしさを感じない。

足を組み、肘をつき、陰鬱そうな表情に不機嫌さを乗せている。

先程の短い会話の中からも、相手に対しても敬意などがあまり感じられなかった。


「もしや、シュロール嬢は…ここでも?」


アシュリーは自分の考えを声に出し、呟いていた。

シネンシス公爵邸でのシュロールの扱いは、あまり良いものとは言えなかった。


「なんだ?」


疑問に思いながらも、相手は辺境伯…無礼な振る舞いはできない。


「その前に…あのシネンシス邸を出られた後のシュロール嬢の様子を、お聞かせ願えませんか?」


アシュリーからのその返答に、エンジュは片眉を上げた。


「どういう意味だ?」


エンジュから冷ややかな視線を送られ、アシュリーはもごもごと口ごもる。

少し待ってみても明確な答えが返ってこないことに溜息をつき、エンジュが諦めた。


「…お引き取り願おう。」


そういい立ち上がり、控えている者を呼ぼうと口を開こうとしたとき、それまで我慢をしてきただろうハルディンが口を挟んできた。


「貴方は何をしに来たんだ?シュロールの事と言ったのは嘘だったのか?」


立ち上がり拳を握り、アシュリーに対し強い視線を投げかける。


「どんなに消耗して願いを叶え、救おうとしているか。どんな思いでそれを待っているか、知らないくせに…こんな、こんな重要な時期にっ!」


ハルディンはいつもと違い、年齢に相応な表情をみせた。

目にうっすらと涙を溜め、感情が爆発することを堪えている。

未知の領域に…自分の力が及ばない場所にいるシュロールを、側に感じることができない。

足掻いても、藻掻いても、信じて待つしかないのだ。


エンジュはハルディンの側まで行くと、正面に向かい足を止める。

自分の身長より高いハルディンを下から見据え、素早い動作で頭を掴んだ。


「…っ!!」


驚くと同時に、エンジュはハルディンの頭を鷲掴みにしたまま、掻きまわしていた。

どうやらエンジュなりに、ハルディンを慰めているようだった。


「私とて、信じる事しかできん。不甲斐なく思うかもしれんが、お前と私は同志…共に待とう。」


ハルディンは恥ずかしさで、エンジュの手を振り払い顔を背けたが、その時に見たエンジュの顔がひどく心に焼き付いていた。


それは不安というには、歪んだ表情だった。

眉を下げ、下瞼に力を入れ、口元は笑っていた。

悲しそうな微笑みというよりは、悔しさを堪えきれない嘲りの感情というのが正しいのだろう。

自分の力不足で家族を失う恐怖、それを乗り越えようとしているその表情に、ハルディンは胸を痛める。


「悪かった…同志というならば、俺もあんたの支えにならないと。」


「ああ…頼りにしている。」


そういうとエンジュは、再び顔から表情をなくす。

感情を表に出すことは出来ない、今にも体の中から力が溢れ出て、この邸ごと壊してしまいそうだ。


「このとおり立て込んでいる、お引き取り願おう。」


そう言い終わる前に、やり取りを眺めていたアシュリーが慌てた様子で頭を下げる。


「申し訳ありませんでした。私が、私が迂闊でした。このような時期だというのに…心配してないわけがありません。なのに疑うようなことを…。」


頭を下げたまま、自分の行動を恥じているようだった。


「今回お伺いしたのは、シュロール嬢からだと思われる言葉を伝えに参りました。」


振り向いた格好のまま、エンジュとハルディンはその言葉に固まっていた。

今この場にいないシュロールからの伝言、にわかには信じがたいがシュロールの不在を知っていること自体が、そのことを現実だと教える。


「…シュロールに会ったのか?」


ハルディンはアシュリーに、問い詰めるようににじり寄った。

アシュリーは頭を振る。


「青白い光の女性が、私の目の前に現れました。私の理解が足りず、更にもうひとつ願いを申し出たのです。その女性は魔力は有限であり、ひとりの令嬢の力と引き換えであると教えられました。しかし…私はそれがわかっても、この国の民の為に願わずにはいられませんでした。」


「多数を救うために、シュロールを犠牲に?聖職者、お前は傲慢だ…お前がそれを選ぶ立場なのか?シュロールが戻ってこないのは、お前のせいじゃないかっ!」


ハルディンは、叫んだ。

シュロールは真面目だ、自分に出来る事なのに見ないふりをすることは出来ないだろう。


「…それで?」


部屋の空気が一気に重くなる、エンジュが低く唸るような声でアシュリーに問いかける。

腕を組み、じっとアシュリーを眺めながら、言葉の先を催促する。

その雰囲気は、結果によってはこのまま帰ることは許されないと、誰もが理解できた。


「…その、申し訳…ありません。ですが、その場で…あの。」


アシュリーは聖職者として、神殿に務め、その心を穏やかに過ごす事を心掛けてきた。

そんな日常を送っている者に、エンジュの威圧は…毒である。

言いたいことが頭に浮かんでは消えてゆき、次第に呼吸が早くなる。




「…魔力が減り、姿をつくることすらできぬが、其方達は必要な言葉が少なすぎる。」


うっすらとその身を光らせながら、青白く小さな球体が現れ、その場を宥める。

光はゆっくりと移動し、ハルディンの腰にある剣へと吸い込まれていった。

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