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聖属性魔力がありあまる  作者: 羽蓉
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濡れた中庭の芝生に剣を突き刺し、エンジュは今までにあったであろう光景を見渡していた。

浴槽にはティヨールの王が、その身を湯に浸けている。

意識はないようだったが、無事なようだ。

広場から王城まで共に来た聖職者が、エンジュの隣を駆け抜け王の元へと向かう。


その聖職者は、シュロールを知る者…名前をユージンといった。


   ◇◆◇


「フェイジョア辺境女伯…もしかしてシュロール様が、御養子になられた御家ですか?」


広場で王宮騎士を捕まえると、その場にいた聖職者がそう問いかけてきた。

エンジュは突然の質問に片眉を上げたが、その話の中に姪の名前が挙がったことに興味を持った。


「その通りだが…なんだ?」


「私はシュロール様が幼い頃からあの邸を出る直前まで、魔力を発動するべく共に過ごしておりました。」


そう言えば、ミヨンやガルデニアからそんな話を聞いたような気がする。

エンジュは王宮騎士の胸倉を掴んだまま、その聖職者へ意識を向けた。


「シュロール様はお元気でしょうか?あの邸を出て、お幸せになってらっしゃいますか?」


エンジュを見るその視線が、真っすぐ向かってくる。

ここ最近、エンジュをこれほど真っすぐに見る者はいなかった。


「そうなる為に、今…私がここに来ている。」


この答えに迷いはなかった。

エンジュのシュロールへの感情は、「絡みつく家族の呪縛」から「大きく包み込む愛情」へと変化していった


ユージンはその答えに目を大きく開き、輝かせながらエンジュを見つめる。


「御尽力させていただきます。共に王宮へ行きましょう。」


ユージンがそう言うと、エンジュは王宮騎士の胸倉を離した。

今まで吊るし上げられ、戸惑っていた王宮騎士も、エンジュの爵位とユージンの司教の命によりおどおどと王宮まで連れていくこととなった。


   ◇◆◇


「責任者以外と話す気はない、前へ出ろ。」


常人とは思えないほどの威圧を放ち、高圧的な物言いでエンジュは告げる。

顔半分が髪の毛に隠れ、その表情を伺い知ることはできない。


周囲の者は皆、互いを見合っている…現在王宮では責任者と呼べるものはいなかった。

そこで三公と呼ばれる者の中で宰相の位まで務めた、プラタナス元公爵が前へでる。


「責任者と言えるかはわかりませんが、ここの責任は全て私が持ちましょう。」


この威圧の中で唯一声を発することが出来る人物、それだけで十分適切な人物だと言える。


「ならば人払いを、少し下げるだけでいい。騎士と聖職者は残しておけ。」


この場から必要のない、人物が排除された。

やがてエンジュの話が始まるのだろうと、待ち続けるが…エンジュは動こうとしない。


プラタナス元公爵は、考えを巡らせた。

なぜここにエンジュがいるのか…フェイジョア、そして姪のシュロールについて。


「こ、この度は私共のいないところでとはいえ、多大なご迷惑を。エートゥルフォイユの件、それ以外でも。」


その言葉まで聞き、エンジュは溜息をついた。


「まあいい…その程度がわかっていると仮定して、話すとしよう。」


エンジュは今までの経緯を手短に話して聞かせた。


   ・

   ・

   ・


「それでは、この国を消失するほどの呪いの発端は王太子だと?」


話を聞いたプラタナス元公爵は、驚きのあまりエンジュを詰問する形となった。


王が行方不明となった少し前に、退位をほのめかす話を王本人から聞かされていた。

その後行方不明になったという噂が流れ、まさか自ら姿を隠したのかと少し疑っていたのも確かだ。

しかし何も言わず、国を放置して姿を消すような王ではない…なにか、起こっているはずだ。

王である本人から連絡が来るかもしれないが、それまで待つことはできないと秘密裏に捜索を行っていた。


そんな中、王太子より命令が下る。


「フェイジョア領は、他国と内通し国を傾ける罪を犯した。そしてそこに身を寄せている王太子の元婚約者シュロール=フェイジョアを、その罪の主犯とし捕縛を命ずる。」


理由も経緯も告げずに、ただ命として下されたその言葉に、公爵達は揃って反対した。

その結果が、命に添えないのであれば爵位を返上せよとの言葉だった。

強制的に王宮を追い出され、職務も途中で放棄して自領に戻ることしかできなかった。




詰問されたエンジュは、その言葉を発したプラタナス元公爵を見下したように眺める。


「現に王太子は少し前から、この王都にはいない。ここの者達に、確認するといいだろう。」


視線を王宮騎士達に向ける、ほとんどの騎士は視線を逸らしたが騎士隊長は肯定する様に視線を合わせ頷いた。

なんということだろう…まさか国を導くべき王族の一人である王太子が?

しかもその被害の中には、実の父親がいるという…いやその父親をも狙っての事だったのか。


「王太子は思い通りに動かぬティヨールを捨て、エートゥルフォイユへ渡ろうとしていた。」


「国を…捨てた?」


エンジュはプラタナス元公爵の揺れる視線を、じっと見つめて頷いた。


「王太子は国を捨てエートゥルフォイユにてもう一度、王の地位を狙っていた…うちの姪御殿を土産としてな。実際にフェイジョアを抜け、エートゥルフォイユへ渡る手配もしていたようだ。エートゥルフォイユと手を組み、挙兵させ、自身を引き入れるためにティヨールを衰弱させたと、本人から言質をとっている。」


これは、これは同じ国に生まれた…しかもその国を導くべく教育を受けた者の、考える事なのだろうか。

すでにプラタナス元公爵の理解を越えてしまった、王太子の行動に驚くことしかできない。


「なぜ、貴女の姪を…。」


そう口から、言葉がこぼれてしまう。

自身から発せられた言葉に目を見開き、プラタナス元公爵はエンジュへ顔を向けた。

エンジュからは答える気がなかったのか、返事はなかった。

その代わりに、ひどく凶悪な視線が送られてきた。


「(それ以上詮索すれば、ただではおかない。)」


背後から気配もなく、冷たい手で心臓を鷲掴みにされた気分だった。

切れ者の宰相と、人々の口にあげられ、自身もそうあるよう研鑽してきたつもりだった。


さきほど王が解呪されている時に、悟ったはずだ…彼の令嬢の声、その力だと。

王太子は私達が知るよりもずっと早く、令嬢が聖女だとわかっていたのだ。

そしてフェイジョアを狙い、聖女を手土産としてエートゥルフォイユの王族として返り咲く。

その為の布石として、このティヨールという国は捨て置かれたのだと。

全てを理解したプラタナス元公爵には、すべてが遅すぎたという絶望が込み上げていた。


「まだ終わってはいない、王妃を捕えよ。真相を明らかにし、コニフェルード・グランフルール・エートゥルフォイユとの交渉の席にティヨールが胸を張って着けるように。」


そうだ…先程も聖なる光に言われたではないか、自分達の戦いはその後にあると。

後方から他の公爵の声が上がる。


「しかし、王が不在の時に王妃を捕えるなど…。」


エンジュが溜息をつくと同時に、プラタナス元公爵が大きくその言葉を遮った。


「この役目は私達にしかできぬ!王を待ち、国を失くすのか。私達がやるべきことは、国を護り王を再び迎え入れることだ。」


そして力を抜き、プラタナス元公爵としてみせたことのないほどの緩んだ笑顔で続ける。


「今の私達に爵位はない、こんな相応しい役目はあるまい?」


そう言うと残り二人の公爵の元まで行き肩を抱き、手を握り合った。

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