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聖属性魔力がありあまる  作者: 羽蓉
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ティヨール王国、王都城下町ティヨール。

少しだけ海に面していることから遠方の国とも交易も行われているが、主に陸続きに連なる隣国との良好な外交が盛んに行われている。

ティヨール、エートゥルフォイユ、グランフルール、コニフェルードこの四国は数十年に渡り、良好な関係を築いてきた。

国交が盛んなこの国の王都の民は、あらゆる旅人を受け入れる深さを持つ、温和な性質の者ばかりだ。


その王都を今や疫病のように、明るい昼間から光が刺さない裏路地の様な、薄暗い雰囲気が漂っている。


王の不在と、理由のわからない挙兵。

またそれとは別に、今まで友好関係を築いてきたコニフェルードの進軍。

そして王の代理を行なっている王太子より発令された、王都出国禁止。


国民の間には得体のしれない不安が、底が見えない湖のように深く渦巻いていた。


さらにここ数日でほとんどの国民が、呼吸の苦しさや胃の中が焼けるような症状を発症している。

最初は気分の不快感程度で、しばらくすると治まるだろうと思える程のものだったのに、日を増すごとにその症状は悪くなっていく。

原因がわからないまま、貴族や商人は医者を呼び、市井の民はじっと苦痛が過ぎるのを耐え忍んでいた。


そのうちに動くことがままならず、生活が立ち行かなくなっていく。

人により症状の重さは様々だが、とても他人の面倒をみれる状態ではなかった。


人々の苦痛の症状は続き、王都でも少し離れた場所の神殿にもその噂は伝わってくる。

そこでこの症状が初めて、呪いによるものだとわかった。

しかし王都のほとんどの人間が発症している呪いに、対応できるだけの聖職者はいない。

聖職者の中でも呪いの解呪ができる者は、限られた人数だった。

魔力が続く限り必死に解呪を試みても、せいぜい一日に十人前後が限界だった。


動くこともできず、食べ物も口を通らない、せめてと水を飲むがその都度症状が重くなる。

もう王都に住む民は、このまま救いがなく死にゆくしかないと思われていた。


「何故、こんなことに…呪いなんて、なにが起こっているんだ!」


どこからか救いが現れないかと、人々は神に求め、空を仰ぐ。




   ◇◆◇



薄暗い空に、朝日が昇る。

少しでも動けるものは、食べ物の確保へと苦しさを抑え込み動き出す。


王都の朝は霧に包まれることが度々あるが、今朝の霧はいつもより深い。

朝日の明るさとは不釣り合いな霧の濃さと熱気を不自然に思い、ひとりの男が空を見上げた。


「…な、なんだあれは!怪物?うわっ、うわぁぁぁーっ!」


霧の中でもわかるほどの白く大きな物が、ゆったりと長い尾で弧を描き、王都上空を旋回していた。


叫び声は疲弊しきった国民に、広がり感染していった。

人々は恐怖で家に籠り、動けない体を引きずり、集まり、逃げ震える。


いつ襲われるのかと怯えながら、夜を迎えていた。

変わらずに霧は深く、街の輪郭を隠す。

一日動かなかったことが良かったのか…呼吸の苦しさが和らいだと感じる。

少しだけ動けるようになった体で、窓から怪物を見上げると、夜空の中を淡く、白く発光しながらゆったりと旋回していた。


   ・

   ・

   ・


「ユージン、いますか?ユージン!」


神殿の廊下を、聖職者の中でも高位の位につくアシュリーが、足早に通り過ぎる。


「アシュリー様!…どうなさったんですか?」


ユージンが持っていたものを近くのテーブルに置き、急いでアシュリーの元へ向かう。

アシュリーもユージンに気がつくと、待っているのも時間が惜しいと似つかわしくない足取りで近寄り、ユージンの両腕を掴む。

そのまま壁際によると、アシュリーは他の者から聞こえないようにユージンに告げる。


「ユージン、シュロール嬢です。」


アシュリーは名前を口に出すと、もう一度周囲を見渡し、人気がないことを確認する。


「貴方ならわかるでしょう?元シネンシス公爵家の令嬢のシュロール嬢…この霧の魔力は、彼女の物です。幼い頃から何度も測定したのです、私が間違えるはずはありません。」


そう話しながら、幼い頃…最初に測定をした時を思い出す。

その小さな体に、溢れんばかりの聖属性魔力を蓄えていた令嬢。

その魔力量は『王国の国民全員に初歩の回復魔法をかけても、まだ余るほどの魔力』と測定した。


その後の彼女は、その魔力ゆえに苦労をし、迫害を受け、家族を失ったと聞く。

それでもそれを乗り越えて、今…朽ち行く王都を救うために、力を使っているのだ。


「私は…私の権限で、聖騎士隊を動かします。ユージン、貴方も一緒に王都へ向かってはもらえませんか?」


アシュリーの話の勢いについていけていないユージンは、今言われたことを理解することに時間がかかっていた。


「お嬢様が…王都を救いに?発動…できたのですか?本当に本当ですか?」


ユージンは驚きの表情とともに、苦楽を共にしたシュロールの成功に体を震わせている。


「お任せください!国民の為、お嬢様の為、必ず皆を救って見せましょう。」


お嬢様とは、元シネンシス公爵邸を出る時が最後だった。

その時も何が起きるかわからない、自分も残ってお嬢様を支えると申し出たのに…結果、お嬢様に護られるように邸を出されてしまった。

ユージンはアシュリーと視線を交わす。

今度こそ自分がお嬢様を護り、彼女を支えるのだと。




   ◇◆◇




「我らは神殿より派遣された、聖騎士隊である。聖職者アシュリー司教の命により、そのお言葉を伝える。この上空に漂っているものは聖女のお力である。今王都に発生している霧は、この聖女のお力によるものである。実際に症状が改善した者もいるだろう。日中のうちにできるだけ外にでて、霧を浴びよ!繰り返し告げる…。」


中央の広場で聖職者の正装を着用したユージンが、霧の中、アシュリーから託された巻物を読み上げる。

その読み終わりを合図にして、聖騎士の鎧に身を包んだ騎士達が馬に乗り、神殿の旗を掲げながら各地方へ分散し、同じ文言を叫びながら走る。

古い方法だったが、今の王都ではこの方法の方が人々の心に届くはずだ。

ユージンは繰り返し、巻物の文章を読み上げ続けた。


やがて数人が広場にやってくる。

広場はまるで霧が熱を含んでいるように、すごい熱気に包まれていた。


最初は古い外套を深くかぶり用心深く覗き込んでいたが、広場で叫んでいるのが本物の聖職者だとわかるとゆっくりとフードをめくる。

互いに顔を見合わせ、空を見上げながら遠慮がちに息を吸い込んでみる。


聖女様のお力だと聞き、瞬時にこの苦しみから解放されるものだと思っていた。

奇跡に触れるということは、そういう不思議な力なのだろうと、人々は思っていた。

しかし実際には、胸の痛みがなくなることはない。

一番前にいた男が眉間に皺を寄せ、悪態をつく。


「…嘘じゃねぇか!」


続けて大声で、罵声を浴びせようと大きく息を吸い込む。

声を発しようと口を開けた時に、今までとは違うことに気がつく。

随分と呼吸が楽になっている、胸を刺す痛みが和らいでいった。


「本当…なのか?」


再び近くにいる者同士で、顔を見合わせ、互いの体調を確認する。


――― 徐々にだが、治っているのではないか?


そのことに気がつけば、次は家族を助けなければと次々と広場を離れ、また新しく人がやってくる。


やがて広場にはたくさんの人が集まり、苦しみから解放された喜びで、涙と笑顔であふれかえっていた。

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