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聖属性魔力がありあまる  作者: 羽蓉
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夜のサンルームにて、シュロールは一人で人を待っていた。

ガラスの向こう側、遥か遠くの夜空を見上げる。


滑らかな濃い藍色の夜空に、小さな輝きを放つ星が浮かんでいる。

大きく白い月の周りを、上質な毛を持つ灰色の猫の様な雲が漂っている。

静寂を携えその空はどこまでも広がり、小さなシュロールを包み込む。


「寒くはないか?」


シュロールの後ろから、人の温もりを含んだままのストールをふわりとかける。

うっすらと気持ちが落ち着くような、優しい花の香りがする。

濃紺の大きなストール、いつもエンジュが好んで羽織っているストールだ。


隣に並び、シュロールと同じように夜空を見上げるとエンジュは深く何かを考えているようだった。

再び静寂が訪れる、しばらく二人で同じようにガラス越しの夜空を見上げていた。


「こんな時間に…体調は大丈夫なのか?」


振り向くと、いつも何かを心配しているように愛しい人が近づいてくる。

シュロールの隣まで来ると、腰に手を添え、顔色を窺うように覗き込む。


自分の方が大きな傷を負ったというのに、シュロールの心配ばかりをする。

思い返せばハルディンは最初からそうだった。


「お二人とも…このような時間に、申し訳ありません。」


二人ともシュロールからの呼び出しに対し、なにかを覚悟しているようだった。

エンジュは眉間に眉をよせ、なんとかやり過ごそうとしている。

ハルディンは唇を噛み、今にも叫び出しそうだ。


「私…自分の魔力に対して考えてみました。」


エンジュからかけてもらったストールを、少し力を入れて握る。

シュロールは再び、口を開く。


「王国の国民全員に初歩の回復魔法をかけても、まだ余るほどの魔力…そう測定されたのは10歳の時でした。そしてここフェイジョアで、私の魔力は発動した。…私のこの力は、母の希望なのではないかと思います。」


「そんなことは、オルタンシアは望んではいない!」


エンジュは声を荒げた。

そんなことはない…否定をしてみたが、オルタンシアという女性自身がそういう女性であったことは否定できない。


「エンジュ様…。」


シュロールは、自分を想ってくれるエンジュの手を取り言葉を続けた。


「母は…自身にも聖属性魔力を持っていたと聞いています。でもその力は、大きなものではなかった。『フェイジョアの雷鳴』で領民や家族を護ることができなかったことから、私に人を癒せる力を…フェイジョアを救える力を望んだのだと思います。」


オルタンシアには、確かにその力はなかった…だが自身と引き換えに領民を護る決断をした、優しく強い女性だった。

エンジュには…この後の、シュロールの言葉がわかっていた。

わかっていて、それでも認められない…もう家族を失いたくない、掌からこぼれ落ちることを止めることができない思いは二度としたくはなかった。


昔エンジュが意識を失っている時に、王族と取引をしたオルタンシアも自分が決めた事を覆すことがなかった。

今のシュロールは優しくエンジュを労わっているが、その時のオルタンシアと同じ目をしている。


「今…王都には、あの砂によって苦しんでいる人がたくさんいると思います。私はこの時の為に、この力を授かったのだと思っています。王国の国民全員…私の魔力が皆を救えるのです。」


「お前が行ってどうする、湯がなければ発動できまい!魔力を使って…その後は?無事に帰ってこれるのか?魔力を失えば、命だってっ!」


エンジュはいつの間にか、嗚咽をもらしていた。

嫌だ…できれば自分の手の内で、何にも触れられずに、幸せに暮らしてほしい。

なんのために、フェイジョアへ連れて帰ったというのだ。

こんな…国の犠牲になるためではない。


「エンジュ様…私は、戻ってくるつもりです。どんなに時間をかけても、体が動かなくなっても、この地に戻りたい。ここが私の家なのですから。」


「…お前の力は偏っている。癒すために大勢と同じ風呂にはいるのか?人々を救うために、淑女としての矜持を失うぞ?」


「それは、俺がなんとかできると思います。」


今まで黙って聞いていた、ハルディンが口を開く。

その言葉に、エンジュは八つ当たりだとわかっていてもひどい言葉をかけずにはいられなかった。


「はっ、評判が落ちた令嬢を娶るというのか?」


「違います…シュロールの評判は落としません。そして必ず、この地に帰ってきてもらいます。その為に…。」


ハルディンは自分の腰に手をやり、隠してあった短剣を抜く。


「すまない、姿を現してくれ。」


そう言うと床に、短剣の柄頭をつけておく。

短剣を中心に、青白い半透明の光と、髪の長い女性の姿が浮かび上がってくる。


「…願いを決めたのか?」


短剣である女性が、男性の声ではなしかけてくる。


「これは数代前の聖女の姿を模したものであり、私自身は聖剣の残滓とでもいおうか…長年聖女の魔力を帯びた血を取り込み続け、力の塊となった果ての姿だ。」


エンジュはいつかハルディンが、声が聞こえると言っていたことを思い出していた。


「私はしばらく、深く浸食され力を貪られていた…それを救ってくれた者に、一回だけ力を貸すと約束している。もちろん、なんでもできるというわけではない。私の魔力が及ぶ範囲でのことだ。」


「ああ…わかっている。俺の願いは、俺が自身の力で叶える。だから頼む、シュロールを手伝ってやってくれ。」


ハルディンと短剣の女性は、そろってシュロールの方を見る。


「…では、その者の願いを見せてもらおう。」


そう声が聞こえると、動きもなく、音もなく、短剣の女性はシュロールの前へと移動してくる。

しばらくシュロールを、少し上から眺めているようだった。


「…正しい使い方だな、なんとかなるだろう。」


シュロールは力を貸してもらえると聞き、喜び、一歩前にでる。


「あの、ありがとうございます。」


「礼には及ばない。お前達聖女というものは、どの時代でも根本は変わらない。自分を犠牲にしてでも、他の者を救おうとする。昔に会った彼の者も、そしてお前もその能力の特異性ゆえ苦悩し、それでも抗い続ける。その姿を素晴らしいと思う。」


短剣の女性は青白く姿を模したものであるからか、表情が変わらない。

ただシュロールには、言葉を終えるとともに微笑んでいるように見えた。


「では、シュロールは…無事に戻ってこれるのか。」


エンジュが、言葉を挟む。

どうしてもそこは譲れない。


「何に替えても、力が尽きようとも、必ず聖女を無事に戻すと誓おう。お前も、お前の魂も、もう摩耗することはないのだ。」


そういうと短剣の女性は、エンジュの前まで移動し幼い子供にするようにエンジュの頭に手を乗せた。

乗せられた手の勢いに俯くように視線を落とす、エンジュは歯を食いしばり涙を流した。

魂の解放…今までしばられていたエンジュの心をゆっくりとほどいていく。

もう奪われない、失うことはないのだと、安堵の涙がその澱を流していった。

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