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聖属性魔力がありあまる  作者: 羽蓉
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「ガルデニアかグルナードはいないのか、王太子を任せる。同時に崩れた壁の下に、王太子の手の者がいる。反撃する気力はなさそうだが、気を付けて拘束しておけ…この者は幻術が使えるらしい…できればガルデニアに任せろ。」


通路の後方からグルナードの姿が見える、騎士達を掻き分け、エンジュの元に寄りオルトリーブを掴む。

オルトリーブは抵抗する様子もなく、体をグルナードに委ね、俯いたまま涙を流している。

ガルデニアはエンジュが開けた壁の穴から入って来た、伝令より話を聞きエンジュが力を振るえるよう先回りをしていたようだった。

壁の崩壊を防ぐよう指示を出すと、ジャサントの元へと歩いて行った。


エンジュは宿屋での出来事から、エートゥルフォイユへの牽制を一部の騎士に任せ、主力となる隊を邸に残していた。


「すみません、誰かシェスを知りませんか?捕まっているかもしれないんです!」


シュロールは再びハルディンの手を取り、一番心配だったシェスを探してもらうように頼む。


「それはこちらで探そう。まずはこやつを運んで、この先の騎士棟へ行く。伝令!大浴場へ湯の準備があるか確認を。」


エンジュは、すぐ後ろにいたヴィンセントに視線を送る。

ヴィンセントが探してくれるならば、きっとシェスはみつかるはず…シュロールはヴィンセントに向かって、縋るように見つめる。

ヴィンセントはシュロールに向かって頷き、数名を連れてこの場を離れる。


「エンジュ様、お嬢様、こちらを羽織ってください。お召し物が濡れております。」


「よい、シュロール付きのメイドを呼ぶように伝えてくれ。大浴場へ急ぐぞ。」


   ・

   ・

   ・


エンジュはハルディンを両腕で脇に抱えて走る。

大浴場まで休むことなく駆け込むと、迷いもなくその速度のまま浴槽へ飛び込んだ。

湯にハルディンを浮かべて、遅れてくるシュロールを呼ぶ。


「シュロール、急げ!」


シュロールも急いでいたが、王太子を治す時に使った湯ですでにドレスは濡れ、足取りが重い。


「…お嬢様、お叱りはあとで、如何様にも…申し訳ありません!」


騎士二人がシュロールの隣に並び、速足で歩いていると言葉が終わると同時に両脇から腕をまわし、ブランコのように抱え走り出した。


「…えっ?えええええええっー!」


わかっている、こうすることが一番早いということも。

しかし恥ずかしさは抑えられない、先程の争いでドレスの裾も破け濡れて足に張り付いている。

せめて令嬢として、足が見えることのないよう、ドレスを抑えることにした。


大浴場へ入って来た騎士達とシュロールに対して、エンジュは声を上げた。


「そのまま…ここまで入ってこい!」


シュロールはエンジュの言葉に目を見開いたが、騎士達はエンジュの命令に忠実だった。

次の瞬間には、湯の中に飛び込んでいた。

わかっている…わかっているのだが、これでは絶叫系のアトラクションではないか。


こうしている場合ではない、シュロールはハルディンの元へ近づいていく。

ドレスのまま湯に入ることは初めてだった、ドレスの布が浮かび進みを妨げる。

ようやくたどり着くとハルディンの手を取り、今も無事なことを確認する。


ハルディンは腹部に剣が刺さっていることが不思議なくらい、状態は悪化していなかった。

これもハルディンが、刺さった部分に充てていた短剣のおかげなのだろう。


ハルディンを繋ぎとめてくれた、聖なる力を持つ短剣に感謝を捧げる。

そしてハルディンを治せる力を授かったことに、この力を発動することができて良かったと心から思う。

シュロールは涙を浮かべ、微笑みを浮かべてハルディンを見つめる。

取った手を自分の頬へ寄せ、浮かんでいるハルディンにそっと手をまわして抱き着き、自分の中の魔力に声をかける。


「お願い。」


もう何度も見た、柔らかい白色がシュロールとハルディンの周囲を取り囲んでいた。

清らかなものを見るように、エンジュや騎士達はゆっくりと足を下げ距離を取る。


シュロールは祈りを捧げながら、今までを振り返っていた。

この愛しい想い人は、何度自分の事を護ってくれようとしたのだろう。

いつもシュロールを支え、護ってくれる…自分が肉体的に傷を負っても、いつも側に。

突き放したこともある…それでも、包み込み受け入れてくれる。

もうこの人でなければ、だめなのだろう。

シュロールはこみ上げてくる想いが、たった一人の特別な人だと教えてくれているように思えた。


ハルディンは穏やかな呼吸をくり返し、ゆっくりと目を開けた。

自分の腹部を確認すると、いつの間にか剣は抜け落ちていた。

シュロールに視線を合わせると、口を開く。


「…無茶をする。護ろうとしているのに、自分から挑もうなどと…。またあいつに捕まりでもしたら…。」


無事に意識を取り戻し、声が聞けたかと思えば…いきなり小言がはじまる。

シュロールはハルディンの唇にそっと手を添え、言葉を遮る。


「貴方はいつも自分を後回しにして、私のことを窘める。…私、心配していたのですよ?」


シュロールは思わず、眉を下げ笑みを浮かべたまま涙をこぼす。

その表情にハルディンは慌てふためく…ぎこちなく、腕を動かすとシュロールの頭を抱え込み、耳元で囁く。


「悪かった…お前が無事で良かった。」


抱きしめる腕に徐々に力がはいってくる。

シュロールもハルディンにされるまま、その胸に寄り添い目を閉じる。

互いを失わずに済んだ…そのことを確認するようにハルディンはシュロールの頭に頬擦りをし、シュロールはそんなハルディンに身を任せる。

シュロールの輪郭をなぞり、頬に手を添えると瞳を覗き込む。

涙で潤んだまま微笑みをみせるその姿に、愛しさが込み上げてくる…それほどまでに、求めてくれたのかと。

ハルディンはその瞼に口づけをした。




「…おい、それ以上手を出してみろ…捻り潰すぞ?」


エンジュの低い声が聞こえてくる…シュロールは、一瞬で我に返った。

今ここでは二人以外にも人がいることを思い出し、慌てて離れようとハルディンの胸を押しやろうとしたが、ハルディンがしっかりと背中に手をまわしていて離れることができない。


「シュロール、大丈夫だ。」


ハルディンは、シュロールの耳に顔を近づけ囁く。


「俺は…本気です。」


シュロールを抱きしめたまま、エンジュの方を向きハルディンが重い口調で言葉を発する。


しばらくエンジュとハルディンは向き合っていた…沈黙が長く続く。

珍しくエンジュの方が、視線を外した。


「ならば約束を守れ。それまでは、私の大事な姪だ。」


そう言うとエンジュは湯から勢いよく上がっていった。

騎士達がその後へと続く。

入れ替わりにシェスを抱えたヴィンセントと、涙を流しながらタオルを大量に抱えたミヨンが入って来た。


ハルディンはシュロールを離さず、抱きしめたまま、エンジュに向かい頭を下げていた。

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