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聖属性魔力がありあまる  作者: 羽蓉
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白く眩しい光が収束していくと、宙に浮かんだ大きな繭のようなものが、揺蕩いそして浮かんでいた。

ゆっくりと光が繭を中心に収まっていくと同時に、その場にいる人達の輪郭が次第にはっきりと浮かび上がる。


やがて繭はその役目を終え、弾けて地面に吸収されるように床に流れていった。

その跡には王太子の胸に手を当てているシュロールと、王太子の姿があった。


シュロールはオルトリーブの傷を見て塞がっていることを確認すると、顔の表情を窺った。

血の気は少ないものの、苦痛の表情は見られない…どうにか命を繋ぎとめたようだった。

これ以上の心配は必要ないと判断すると、ハルディンの元まで移動する。

ハルディンの方は腹部に剣が刺さってかなり時間が経っていた。


エンジュに諭されオルトリーブを優先したが、シュロールはハルディンに触れるのが怖かった。

震える手を伸ばし、ハルディンの手に触れる。

触れられたハルディンはうっすらと目を開け、相手がシュロールだとわかるとそっと重ねた手を握った。

シュロールの瞳に安堵の涙が浮かぶ。

ハルディンの体は熱かったが、呼吸は落ち着いていた…それでもできる限り早く、治してあげたい。


エンジュにより、身動きが取れないように肩を床に押さえつけられていた王太子は、その様子を視線だけで眺めていた。


「…何故あの者には寄り添い、尽くすというのに…私には従わない?」


オルトリーブは自身の痛みからではなく、自尊心からくる不快感に顔を歪ませる。

やがてその目は現実を映しながら、過去へと遡る。


   ・

   ・

   ・


他国をも圧倒するほどの聖属性魔力を身に秘めている令嬢…次代の聖女になるべき存在。

とある神殿に仕える高位の者から噂が届く。


国の歴史に残る王となるべく生まれた私に、相応しい伴侶だと思った。

きっと外見も特別に美しく、たおやかで、全てを魅了するのだろうと。


自国の令嬢と聞き、早急に王家から婚約を持ちかけた。

王宮へ呼び、挨拶を受ける為…期待に胸を膨らませ、庭園にて落ち合う。


そこで見た令嬢は、黒い髪にグレーの瞳…特別な物をもたない、普通の令嬢だった。

素材は悪くないはずなのに、おどおどと自信なく伺うような目線でこちらを見る。


「(将来自分の隣に立ち、民の尊敬を集めるには少し地味すぎる。)」


その時に感じた感情は、今でもはっきり覚えている。

これが、聖女?この大人しい、怯えた子供が?

それでもまだ聖女の肩書があるだけ、他の令嬢よりはましだと自分に言い聞かせた。


その後婚約が成立すると、かの令嬢はその能力を発揮することができないと言う。

これでは王家に対して詐欺を働いたのと、同じことではないか!


…すべてにおいて、私を失望させる。


その後も婚約を破棄しようとすれば、その容姿を輝かせ美しく開花させる。

手放すことが惜しく思い側室に迎えようとすると、辺境へ引き取られ手を出すことが出来ない。

発動できないと思っていた能力は、自分の知らないところでその力を発揮する。


なにもかも、私の思うように動かない。


私自身が望んで手に入れたはずなのに、私の為には何一つ事をなすことがない。


「(何故だ、何故私の為に役に立とうとしない!)」


気が付けば時間だけが過ぎ、かの令嬢に捕らわれる自分がいた。

美しく成長し人々の目を集め、その身に聖女と同等の力を宿す。


――― やはり、私の伴侶になるべきなのはお前なのだ ―――


   ・

   ・

   ・


「何故だ!何故、私の為にその能力を使おうと思わない?お前は私の婚約者だったはずだ。能力が使える様になったのであれば、すぐさま私に懇願し、今までの非礼を詫び、再び婚約を申し出るべきだった。その為の婚約だったはず。何度私を裏切り、失望させれば気が済むのだ!」


動けない体から、叩きつける様に言葉をぶつける。

オルトリーブの瞳には強い力がこもっていた、憎しみという力が…。


「…勝手なことを。」


側で聞いていたエンジュは、抑えつける腕に力を込める。

ハルディンの元で手を取り、顔を覗き込んでいたシュロールはその手をそっと離してこちらへ向き直る。


「殿下は私に、何をお望みなのでしょうか?」


すっと目を細め表情を隠す…姿勢を正し手を前で軽く組み、令嬢としての姿を纏う。


「すでに婚約は破棄されております。過去には確かに婚約を結んでおりました、でもそれはティヨールという国に対してです。けっして殿下の手駒として、付き従う為ではございません。」


シュロールは丁寧な言葉を選び使っていたが、遠回しな表現をすることを避けた。

今までそうすることで、オルトリーブを増長させてきたのかもしれない。


「国の為というならば、私の為に動くことと同じであるはず…。」


「いいえ。」


シュロールは目を伏せ、全ての言葉が終わる前に否定した。


「殿下の行動は、ティヨールの為にはなりません。現に今、国を捨てたのでございましょう?」


薄く目を開き、鋭い視線でオルトリーブを制する。

その姿からは幼い頃の、おどおどと緊張して話していた様子は窺えない。


「あの時…国の為に他国の王家と婚約をしたかったのであれば、破棄ではなく解消でも良かったはずです。ですが殿下はそれを選ばなかった…それは殿下が自分の感情で動き、断罪という形で役に立たなかった私に罰を与えたかったのだと思います。他にも公爵家の排除、魔術師達の生命の利用…貴方はティヨールという国を率いるというよりは、利用しているにすぎません。」


オルトリーブの視線が泳ぐ…シュロールにはっきりと告げられ自分の信じていたことが崩れていく。

今まで周囲の者や王妃である母上から、自分が力をつけることが国の為になると教えられてきた…それが正しく国を率いていく者の姿だと。


「私が…私がお前の成長を待ち、愛情を持って接していれば違っていたというのか?」


その問いにシュロールは眉間に皺をよせ、答える。


「いいえ。」


シュロールの視線には、今までとは違い蔑んだ色がにじんでいた。


「残念ですが殿下は、私を聖女の候補としか見ていらっしゃらなかった。仮定をしても結果は同じだったでしょう。そしてその仮定は無意味…仮定で話をしても、亡くなった人は戻ってきません。貴方はもっと、自分が大事にするべき者達を見るべきでした。」


何に悲しみが込み上げたのかがわからなかったが、オルトリーブの目には涙が浮かんでいた。

今まで自分に対して、好意の感情をもたない年頃の令嬢はいないと思っていた。

しかしシュロールからはその感情は読み取れない、それが信じられなかった。


「お前は…お前は私を慕い『役に立つ』と言ったではないか!」


まるで癇癪を爆発させる子供のように、理不尽な感情をシュロールにぶつける。


「いいえ。」


何度も、何度もオルトリーブから投げかけられた言葉だったが、シュロールはその言葉に縛られることはなかった。


「殿下はご自分の良いように解釈をしておられるようですが、私はそのようなことを申し上げた覚えはございません。あの時私は『足を引っ張らないよう、しっかりと努力をする』と殿下に対して誓いました。これに対しては随分お待たせをしてしまい、申し訳なくは思っております。」


シュロールは最後まで一貫して、オルトリーブを否定した。

オルトリーブはシュロールの発した言葉に目を見開き、その目から涙をこぼした。


シュロールからオルトリーブに対しての感情は、尊敬でもなく、好意でもなく、欲しかった感情は何一つ向けられてはいなかった。

ただひとつだけ、待たせてしまったことへの謝罪のみがオルトリーブを突き放す。


オルトリーブは、初めて自分の独りよがりであったこと理解していた。

感情をぶつけても、力で縛っても、権力で取り囲んでも…最初からこの聖なる力をもつ令嬢は、手に入ることはなかったということを。

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