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聖属性魔力がありあまる  作者: 羽蓉
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シュロールには、目の前でなにが起きたのか、あまり理解できていなかった。

今起こっている出来事を止めようとしたことは、覚えている。

起こった出来事に対し、伸ばした手の陰に隠れ、何故そうなったかを把握できていない。


オルトリーブは胸から血を流し、床に倒れこんでいる。

手身近にあった、敷物を手繰り寄せ、エンジュがオルトリーブに当てていた。


シュロールからオルトリーブまでの距離は十数歩先だった。

普通に考えてシュロールからの攻撃を受けたとは、考えにくい。

…しかし、光の矢の様な物はシュロールから出たように見えた。


シュロールは倒れたオルトリーブと側にいるエンジュを眺め、ゆっくりと夢の世界から現実へと戻ってきたようだった。

自分ではない誰かが、後ろから矢を射ったのではないかと振り返りもした。


「私が…王太子を…?…私、人を殺めてしまった?」


自分で声に出してみると、どんどんと恐怖が込み上げてきた。

わなわなと自分の意思とは違った出来事に、怯え、震え、頭を振った。


「まだ…息がある。シュロール、こっちに来て魔石を使え。」


エンジュの声にシュロールは混乱の中、更に驚きが走る。


「なぜです!使うのならばハルディン様ではないのですかっ!…嫌です…この方を撃ったのは私なのですから、私が…。」


エンジュはその場から立ち上がり、シュロールの元まで足早に近づいた。

あまりの勢いにシュロールは反射的に、体を構えてしまう。


「(打たれる…。)」


自分が感情的に、物を言っていることはわかっていた。

目を閉じ、肩を竦ませ、手を顔の側まで持ち上げて組み、エンジュからもたらされる衝撃に備える。


   ・

   ・

   ・


――――― むにっ。


シュロールが、次に感じたのは頬をつままれた感触だった。

恐る恐る目をゆっくりと開けると、すぐそばに無表情のエンジュが立っている。


「…少し、落ち着きなさい。」


状況にそぐわない、ゆっくりとした口調でエンジュは話しかけた。


「この者を救うのではない。この者は生きて裁かれねばならない。そうでなければこの国は、今起こっている真実を知ることができない。」


エンジュはシュロールの瞳を覗き込むように、視線を合わせ、正しく伝わるようにと話す。


「そして…シュロール、お前も救われない。誰かの悪意に振り回され、これからを生きるのか?それでお前の周囲の人間は、幸せなのか?」


それはシュロールの身に降ってかかった、「傾国の毒婦」という悪評。

エンジュは今回の真相を明かすことで、シュロールを護ろうとしていた。


エンジュの意図を受け止め、自分がどれだけ護られているかを知ったシュロールは、目に涙を浮かべ自分の頬を摘まむエンジュの手に手を重ねた。

自分を大事に想ってくれているのはわかっている…それでも、シュロールにも護りたいものはあるのだ。


「…でも、でもハルディン様が…それならば、先にハルディン様を。」


シュロールの目から、涙が流れる。


「あれは今は安定している…今少しは大丈夫だ。それより、この者の方がもうもたぬ。」


エンジュの言葉に、目を見開きハルディンの方を見る。

変わらず腹部に剣が刺さり横たわってはいるものの、血も多くは流れておらず、呼吸も落ち着いているようだ。

それに比べるとオルトリーブの方はうつぶせに倒れている場所から、じわじわと血が広がっている。


「あの者は…お前よりも、もっと先の未来を見ているぞ?お前の悪評が払えるのならば、あの者もきっとそれを望むはずだが?」


エンジュは挑戦的にシュロールを見て、口元を上げた。

シュロールはエンジュがハルディンとのことを知っているとは思っていなかったので、一瞬固まってしまった。




深呼吸をして、エンジュの言葉を心の中で復唱する。


「(ハルディン様は大丈夫、今は安定している。王太子を癒し、真実を国に明かす。…それをエンジュ様とハルディン様は望んでいらっしゃる。そして…。)」


シュロールは唇を噛み、目を閉じた。


「(これが本当の、私と王太子との決別になる。)」


シュロールは足を少し引きずりながら、オルトリーブの側まで近寄る。

エンジュに頼み、体勢を仰向けに変えてもらう。

その時に少し呻き声が聞こえたが、まだ息がある証拠なのだと思うことにした。


ネックレスに加工し身に着けていたガーネットを握りしめ、王太子の胸の傷に触れると大きく息を吸い込み目を閉じる。

少し遠くに足音と、エンジュを呼ぶ声が聞こえ始めていた。


シュロールは自身の中にある魔力に、意識を向ける。

もう何度も発動していて、どのくらいの力で、どう注ぎ込めば良いのか…直感的に感じ取ることができる。

王太子の傷は血の量が多くて、長くはもたないだろう。


「(まさか…私の能力を、一番信じていなかった人に、使うことになるなんて…。)」


シュロールは昔を少しだけ振り返り、口元に笑みを浮かべた。

そして小さく呟く。


「…お願い…。」


   ・

   ・

   ・


エンジュに知らせを持ってきた騎士を筆頭に、騎士達が邸の異変を聞き、エンジュの元へ集まろうとしていた。

駆け付けた時には、大きく崩れた壁と通路、床に倒れている人の姿とその横に座り込むエンジュとシュロールの姿。


声を掛け、援護を申し出ようとした時…その場所一帯を、眩い白い光と水音が包んでいった。

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