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聖属性魔力がありあまる  作者: 羽蓉
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このままここに留まることは、自身の身の内に危険を呼び込むようなものだ。


シュロールを抱えたまま、じりじりと後ろへと下がるオルトリーブはタイミングを計っていた。

すぐそこにエートゥルフォイユの手の者が、軍に隠れオルトリーブを迎え入れるために準備をしているはずだ。

この場を切り抜け、この領を越えれば…全てが思い通りに動く。

その為にもこの者だけは、ここで葬り去っておかなければならない。


フェイジョア領主、エンジュ=フェイジョア辺境女伯。


この地に向け挙兵すると言った時、母である王妃はこの人物だけは侮ってはならないと告げた。

そして相対したのであれば、その時は必ず撃てとも。


その言葉の意味が今ならわかる。

今までにオルトリーブが行なってきたことに、遠からず関わってきていることから、今回の全体像を把握しているに違いない。

そして今交わした少しの会話の間でさえ、色々な含みを持たせて、新たな情報を引き出そうとしている。

コニフェルードの挙兵など、状況を読む力もある。

そしてなにより、目の前で起きた常人とは思えない力の発揮。


オルトリーブは、暗闇の中で目に見えない細い糸に絡めとられている錯覚に陥る。

まだ自分の方が優位なはず…なのになぜ、こんなにも喉が渇く?

大きく喉を鳴らすと、オルトリーブは腰に持っていっていた手を前に掲げていた。


「フェイジョア領主よ、領民の命が惜しくば…道を空けよ。」


手袋をつけ、握った拳から、小さくさらさらと黒い砂がこぼれる。


「はっ!呆れた王太子だ…領民の命を盾にとるとは。そしてこの私が、同じ手を何度もくらうと思っているのか?」


エンジュはその行動に意味がないとばかりに、大きな態度を崩さなかった。


「…残念ながら、こちらは風上だ。そして風下にはお前が開けた穴がある。心地良い風が…ここから領民のところまで、届くのではないか?苦しいのはどちらかな?」


その言葉にエンジュは顔の表情をなくす。

驚くでも焦りでもなく、ただ表情なくその場に立っていた。


「意味を理解したようだな…このままここを去りたいところだが、お前だけはこのままにしておくわけにはいかぬ。」


そう言うと抱えていたシュロールを床に放り、拳を握っている手と違う手の剣を握りなおす。

エンジュに剣の先を向け、距離を縮めるためにゆっくりと進む。

この相手に対して、油断はしない…一瞬も目を離さず、周囲に気を配りながらゆっくりと。


   ・

   ・

   ・


放り出されたシュロールは、足に力を入れて立ち上がろうとする。

このままオルトリーブに、領民の命も、エンジュの命も奪わせはしない…ハルディンと誓ったのだ、共に戦うと。

自分にできることはないかもしれない、それでもオルトリーブの足に縋りついてでも止めなくては。


最初にジャサントに蹴り倒された時に、足を痛めたようで立ち上がることがやっとだった。

オルトリーブに向かい歩き出そうとした時、その向こうにいるエンジュと目が合う。

その瞳はシュロールの行動を、拒否していた。




…そんな、このままでは…なにもかも失ってしまう。


自分を護る為に、ハルディンも。

領民の命を盾に、エンジュも。


シュロールは認めることが出来なかった。

なにか…なにかないの?この状況を脱することができる手段は?


「(だめ、それ以上エンジュ様に近づかないで…その人を、その人達を私から奪わないで!)」


時間の猶予がない…シュロールは追い詰められ、鼓動が激しく打つ。

頭の中で色々な思いが巡り、痛みに変わる。


頭の奥が強く軋む。

やがて痛みは頭全体を包み、眼球にまで痛みが広がる。

強い痛みに堪えられずに、顔を覆い、声を殺して喘ぐ。


「(ああ…ああぁ…。)」


痛みは続くが、堪えられる程に留まる。

こんなことをしている暇はないというのに…急いでエンジュを見ると、エンジュはシュロールを見て、驚きの表情をしていた。

あまり感情を出すことのないエンジュの、初めて見る顔だった。

閉じた悲しみが溢れてくるような、それでいて信じたくないといった驚きの表情。


そんなエンジュに向かい、近くまで来ていたオルトリーブは剣を振り上げようとしていた。

…やめて…いや、やめて…。


「…っ、やめてーーーーーーーーーーーーーっ!」


シュロールは、掴めるはずもないオルトリーブを掴もうと手を伸ばしていた。

その掌から、細い矢のような光が飛び出していく。


やがてその光は、オルトリーブの胸を貫く。

エンジュは体を反らし、自分に当たるのを避けていた。


驚きで再び、エンジュがシュロールを見る。

シュロールの灰色の瞳には、血が走ったように真っすぐに赤い縦の線が現れていた。

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