08
ある日王太子から、夜会の招待状が届いた。
今迄に一度もなかった、その招待にシュロールはおおいに訝しんだ。
「…ミヨン、夜会への招待ですって。」
眉間に皺をよせながら、シュロールはミヨンに告げる。
ミヨンは作業を中断させる気配を感じ、紅茶を入れてくれているようだった。
シュロールは自分の書斎にて、魔力の研究中だった。
現在のテーマは『人体における魔力の増減にまつわる食生活』だ。
シュロールは学習過程を終え、テーマを決め、研究をはじめていた。
自分の魔力発動に対して意見を求めた教授達と、対話をし、さらには研究に携わり…一目置かれる存在になっていた。
研究に協力をしたおかげで、少しながら自由にできるお金も手に入れていた。
シュロールはそのお金で自分の書斎を作り、次々に新しい研究に取り組んでいる。
「あの王宮の庭でお会いして、自己紹介をした以来じゃないかしら?」
「たしかそう、記憶しております。」
「魔力を発動できない私に、話すことなどありませんでしょうに。」
そっと溜息をつき、手紙の文に目を落とす。
形式に沿った招待状は、簡潔に必要な事だけが書き連なっている。
通常…婚約者を夜会に出席させるならば、ホスト側でもてなすか、婚約者のエスコートの申し出があるはずである。
今回の夜会がどういった趣旨であれ、この招待状にはそのどちらもなかった。
王太子がシュロールに対し婚約者としての興味がないことはあきらかだが、王族からの招待を断ることができない。
「…なにか、あるのかしらね。」
その含みを感じ取れるくらいには、シュロールは聡明であった。
また今まで魔力の発動を主軸に日々を重ねてきたシュロールには、夜会は初めての場であり、それに関する知識は一般的なものしか持ち合わせていなかった。
「とりあえず、ドレスの準備からはじめなくてはね。」
研究の時間を割かれることにうんざりしながら、独り言のようにつぶやいていると、目の前にいたミヨンの目が輝きだした。
「わ、私に…お任せ下さいませっ!」
「お嬢様を一番引き立てられるよう、力を尽くしますわ。」
前のめりに、訴えかけてくる。
「まず仕立てからはじめなければ。マダムをお呼びするのに、時間はかけられないわ。」
ブツブツと下を向きつつ、眉を寄せタイムスケジュールをたてはじめている。
「あとは香油と、マッサージにも人手が…。」
はっとした様子で顔をあげ、思いついたことを口に出す。
「申し訳ありませんが、少し失礼いたします!」
目つきを鋭く、振り返るとミヨンは部屋を出て行ってしまった。
そんなミヨンが可愛くて、つい笑ってしまった。
最初から部屋にいて、このやり取りを見ていたユージンは、表情をこわばらせながら微笑んでいた。
もう何年も一緒に学んできた、先生であり友人である。
もの言いたげにこちらを見つめ、ためらいつつもやがて声をかけてきた。
「お嬢様には、もうわかっていると思うんだけど…。」
「今の状況は、周囲の期待には応えられていないと思うんだ。」
「それに加えての今回の招待が、良い話であるはずがない。」
視線を下に落とし、自分の手を強く握りしめながらユージンは続ける。
「何年もお嬢様と一緒に学び、お嬢様の人となりは理解しているつもり。」
「聖女になれるかどうかは、正直わからないけど…お嬢様は努力を積み重ねることが出来る立派な人だと思うよ。」
ユージンは自分の思いをポツリ、ポツリと私に伝えてくれた。
言葉を選び、私の事を思いやってくれる気持ちをうれしく感じた。
私を励まそうとする最後の一言を聞いて、ユージンも私が『聖女のなりそこない』と呼ばれていることを知っているのだと思った。
きっと夜会では様々な人々が私を『聖女のなりそこない』として『王太子の一度もみたことのない婚約者』として、値踏みしてくるだろう。
だが、それがなんだと言うのだ。
きっかけこそ強要されたものであるが、5年間学び培った様々なものがシュロールを強くしなやかにしていった。