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聖属性魔力がありあまる  作者: 羽蓉
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王都から強行し、最短でフェイジョアへ戻る…領に到着してからが、忙しかった。


エンジュはシュロールの話から、オルトリーブが使用した砂や呪いの特定、、失踪したと言われている魔術師の裏付け、そして対抗しうる手段となる情報を集めることに奔走した。

同時にグルナードに命じ、騎士達へ警備の強化と、極秘裏に出兵の準備も行っていた。

これは王宮から突然消え、領に戻ったエンジュたちへ、兵を挙げる絶好のチャンスを渡してしまったからだった。


「すまないな、シュロール。本当ならばそなたに寄り添い、話を聞き、側にいてやりたい。…しかし領の民を護る為、今この時に、私自身が動かねばならない。大事な時にそなたを選べない私を…許してくれ。」


そう言うとエンジュはシュロールを、そっと引き寄せて頭を抱え込んだ。

その様子はどこかぎこちなく、愛情をどう表現して良いかわからないエンジュにとって精一杯の行動だった。


シュロールは、頭を振る。

エンジュがいかに、シュロールのことを想い行動しているかは理解しているつもりだった。

今回の事も、シュロールを取り巻く環境が起こしたことだ…エンジュに申し訳ない感情しかない。




   ◇◆◇




王都での出来事から、数日がたっただろうか…シュロールは誰とも会おうともせず、部屋から出ることがなかった。

最低限をミヨンに取り次いでもらい、今はそっとしておいてほしいと伝える。


部屋を明るくすることもせず、一日を無気力で過ごす。

時間と共に記憶が薄れてくれればと願ったが、それも反対に克明に蘇り、シュロールを苦しめる。




考えなければならないこと。


人の命を顧みずに自分の手段としたオルトリーブ、婚約を破棄された時にはそんなそぶりは見られなかった。

ブロンシュが倒れた原因も、これと同じなのだろうか。

何故このようなことになったのか、そしてこれからどうなっていくのか。


オルトリーブの執着…婚約を破棄し、新しい婚約者を迎えたはずのオルトリーブは思った通りに事が運び、幸せだったはず。

シュロールのことなど、役に立たないと捨て置いてくれればよかったのに。

まだ…聖女としての可能性を信じているのか、側室や愛人として近くに置き、利用しようとしているのか。


あれ以来…避け続け、会っていないハルディンの事。

互いに関心を寄せていたことは確かだと思う、好意もあったと今は断言できる。

でも、もう会えない…シュロールには、その資格がない。


   ・

   ・

   ・


一日のうちで、夜は特にシュロールの精神を不安定にした。

周囲の喧騒がない分、自身の意識が内側に集中してしまう。

ほんの少し横になっては、涙を流し目を覚ます…何度か繰り返して、シュロールは寝ることを諦めた。


そんなことが続き、月の明るい夜には部屋の前で護衛をしてくれているヴィンセントに無理を言って、騎士棟の裏側にある外庭を散策する。

エンジュもグルナードも、本邸で生活をしている。

ハルディンもそちらに移ったので、騎士棟の裏側を歩いていても誰に見られることもない。

ヴィンセントは気をきかせ、何も聞かずに少し離れて後ろをついてきてくれる。


昼間の太陽のそれとは違い、月の光は静かに柔らかく降り注ぐ。

静寂の広がる中、清廉な白く浮かぶ月を見て、想い人以外に唇を奪われた…汚れた自分を、浄化してくれているように感じていた。

それ以来シュロールは度々、月の光の中をただ真っすぐと歩き続ける。




青白い世界の中を歩くシュロールの前に、人影が動いたように感じた。

誰かいるのかと、鼓動が跳ね、後ろにいるヴィンセントを確認する。


「やっと、顔が見れた…。」


人影はシュロールが一番会いたくない人、ハルディンだった。

大き目な植木鉢を逆さまにして腰かけ、来るかどうかもわからないシュロールを待っていたようだった。

今は顔を見るだけで胸が苦しくなり、目に涙が浮かぶ。

シュロールは慌てて数歩下がり、踵を返して逃げ出そうと振り返った。


「待て!逃げ、ないでくれ…。もう、避けられるのはつらい…。」


ハルディンは自身の前髪をぐしゃぐしゃに掻きまわしながら、絞り出すような声でシュロールを引き留めた。

シュロールはゆっくりと歩みをおとし、やがて足を止めた。

ハルディンにもつらい思いをさせている…そう思うと、逃げ出すことが出来なかった。

しかし向き合う勇気も持てない、シュロールはその場で立ち尽くす。


「俺だけが…お前に会えないなんて、酷いことをする。」


視線だけを向け、その表情を伺うとハルディンは今にも泣き崩れそうだった。


「…ごめんなさい。」


シュロールはハルディンに、謝る。

しかし、何に対して謝っているのか…たくさんありすぎてわからない。


「…悪い、そうじゃない。そういうことが言いたいわけじゃない。」


ハルディンもシュロールに伝えたい思いがあるのだろう、考え、言葉を選び、伝えようとする。

しかしどうすれば、シュロールが傷つかずに伝えることが出来るのだろうか。


「ついこの間まで…お前は、俺の手を取ってくれていると思っていた。」


少し前までのハルディンとの幸せな記憶が、浮かんでくる。


「シュロール?」


気がつくとハルディンは、シュロールに向かい手を差し出してきていた…ダンスに誘うように。

シュロールは差し出されたハルディンの手を見つめ、揺らいでいた。

ハルディンの傷を治す時に、手を繋いだこともある。

夜会へ行く前に二人で話したときには、ハルディンが手を取り彼の胸へあてたこともある。


「(この手を取ることが出来るのならば…。)」


シュロールは考えて、頭を振る。


「…ごめんなさい。」


再びシュロールは謝罪を口にした、何に対してかはわからない。

ただただこの手を取ることが出来ない自分が、悲しくて仕方なかった。


ハルディンの顔が歪んでいく、謝罪を拒否ととったのか…ハルディンは絞るような声でシュロールへ問いかける。


「…あいつに、惹かれたのか?」


シュロールはハルディンの言葉の意味が分からず、夜の庭で立ち尽くしていた。


「(あいつ?…誰…誰の、こと?)」


浮かぶのは、愉悦に歪むオルトリーブの顔だった。

瞬間にシュロールは自身の顔を覆い、激しく動揺を現した。


「違うっ…そんな訳ないっ!、そんな…そんなっ!」


大きく見開いた瞳に大粒の涙が溜まる、口の奥で歯を噛みしめ、追いかけてくる悪夢を振り払うように頭を振った。


「シュロール!…やめろ、わかった、から…。」


ハルディンがシュロールに駆け寄る、肩を掴もうと手を伸ばすと、シュロールの激しい反応が返ってくる。


「いやっ、いやなのっ!」


「大丈夫だ、触れはしない。大丈夫だ…。」


そう言うとハルディンは触れるか触れないかの距離で、シュロールを自分の腕で囲んだ。

シュロールが落ち着けるようにと、触れないように、覆い包む。

声を殺して涙を流すシュロールは、おそるおそるハルディンが組んでいる手にそっと自分の手を重ねた。


「…優しくしないで。」


触れた部分をほどき解放してほしいとシュロールは、ハルディンに願った。


「無理だ。」


ハルディンは、即答で返す。

俯いているシュロールの頭に、触れないようにハルディンは頬を寄せる。

できることなら、この腕から離したくはない…シュロールを包む、柔らかな繭になることができるなら。

ハルディンもまた、目に涙を浮かべていた。

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