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深い冬が終わり、春の訪れを感じる。
降り積もった雪の表面を陽の光が照らし、きらきらと光を反射している。
フェイジョアを立ち、自分の事を悪意でしか捉えない王都へ戻ってきた。
味方はいたが公爵令嬢として一人、王宮で貴族としての戦いを経験したのは少し昔の思い出だ。
でも今回は違う、こんなに心強い味方がたくさんいる。
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「…趣味が悪い。」
エンジュが表情の筋力を思い切り遣い、鼻に皺をよせ思い切りの悪態をつく。
おおよそ、女性のする表情ではなかった。
シュロール達一同は、昔のシネンシス公爵家の前に立っていた。
たしかに王都ではどこに滞在するのだろうとは、疑問に思っていたが…。
「何故です?合理的かつ、こんなにも権威をみせつけられるのです。悪くない案ではないですか!」
元シネンシス公爵家を仰ぎつつ、片手を大きく振り上げ、芝居がかった様子でガルデニアは言う。
フェイジョアに立つ時、あんなにここには戻らないと固く誓ったというのに、一年とたたないうちに戻ってくるなんて…複雑な気分だ。
フェイジョア辺境伯家のタウンハウスとなった邸に足を踏み入れてみると、中の装飾はかなり大きく変わっていた。
同じ家とは思えない造りに、シュロールは胸を撫でおろす。
拠点となる場所があるということは、とても安心ができる。
これもきっとガルデニアの言う、『三点の約束』のひとつなのだろう。
「王宮からの招待は三日後です、今日はとりあえず荷をほどき旅の疲れをとってください。エンジュ様へは王都の貴族から、数通お手紙が来ております。ハルディンはこちらへ。隊長クラスも今後の指示を出します。シュロール様は、そちらのメイドに部屋まで案内してもらってください。」
慌ただしくそう言われ、振り返ってメイドを見ると昔シネンシス家に仕えてくれていた懐かしい顔があった。
◇◆◇
エンジュは自室となる部屋で、手紙に目を通し大きく息を吐いていた。
扉を叩く音さえもうっとおしく感じる。
「失礼します、エンジュ様。」
返事もしないうちに入って来たのは、ガルデニアだった。
「手紙の内容はなんと?」
きっと予想ができているだろう手紙の内容を、確認してくる。
これも今後のガルデニアの動きに関わってくる作業なのだから仕方がない。
「貴族からの茶会の誘いや、フェイジョアとの交易を結びたいとか…そういう内容だ。なんとかこちらと接点を持ちたいらしい。」
「目的は、姫ですか?」
「だろうな、中には縁談や忠告、脅迫まがいなものもある。」
ガルデニアの動きがとまる。
先程まで浮かべていた口元の笑みが深くなる。
細い月を連想させるその目元は、狙った獲物を確実に追い詰める方法を練っているのだろう。
「そっちはどうだ?」
「ラヴァンド侯爵からの話を元に、探ってみましたが…たしかに胡散臭い者が王太子の側にいますね?」
エンジュは予想できた答えに、視線を向け続きを促す。
「ジャサントと言う男らしいのですが、表向きにはコニフェルード王国の王女の側近としてティヨールに入ったとの話ですが、一向に素性が割れません。王太子の命で現在は王太子付きの側近としてティヨールの子爵を賜っているそうです。」
エンジュは話を聞き、頷く。
報告がそれだけではないと、わかっているので静かに待つ。
「どうやら事実と噂をうまく合わせて流しているようですね。噂にある姫が引き入れたという他国の間者、それはジャサント本人でしょう。そして財政の悪化については、大金をつぎ込み、かなりの魔術師を国に呼び寄せております。当初は城下町でかなり見かけたらしいのですが…ある時を境に全く見なくなったとの話です。」
「どうみる?」
「まだ何とも言えませんね、なにより情報が足りません。」
そうか、と呟き手紙に視線を落とす。
ここまでしても、情報が集まらないとなるとやはり、夜会へ乗り込みこちらから仕掛けるしかない。
ふと思いつき、エンジュはガルデニアに問いかけた。
「ところで、シュロールの約束の三点は仕上がったのか?」
問われたガルデニアは、今更と言う顔をしてエンジュに答えた。
「一点はこの邸。二点目はハルディンを護衛として、使える段階まで仕上げました。…最後の一点は姫の自衛の手段ですが、明日お渡しする予定です。あと少し、保険もかけておこうと思います。」
そう言うとガルデニアは、自分の話は終わったとエンジュの意思を確認せずに部屋を去ろうとする。
エンジュもいつもの事なので、何も言わずに見送った。
扉の手前で、ガルデニアが立ち止まる。
気がついたエンジュは、何事かと片眉を上げ成り行きを見守る。
「んん?そう言えば、伝言をお預かりしておりました。コニフェルードの王女から接触があり、夜会の前に一度、話し合いの場を設けてほしいそうです。」
物のついでのように、大事な事を最後に言う。
ガルデニアの性格はよくわかっているつもりだが、いつもイライラするやり方を選ぶ男だと思った。