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サンルームでの淡い日差しの中、シュロールとカメリアが同じソファに座り、楽しそうに話し込んでいる。
その姿は寄り添う花々が、漂う風によって揺り動かされ、囁き合うかのようだ。
「鈴の鳴るような声というものは、こういうものなのだな…。」
サンルームの入り口に立ち、数人の騎士と一緒に中の様子をと伺う。
エンジュは眩しそうに、その光景を見つめていた。
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入り口に騎士を残し、エンジュとガルデニアがサンルームへと入ってきた。
「ご招待いただいたと聞いて、こうして話に加えてもらおうとやってきたのだが…お邪魔じゃなかったかな?」
エンジュが空いた椅子に座り、ガルデニアがそのすぐ後ろに控える。
「お受けいただき、ありがとうございます。」
カメリアが立ち上がり、礼を取ろうとするのをエンジュは片手を挙げて制止する。
堅苦しい形式をなしにしようという意図を汲み取り、カメリアはエンジュに視線を合わせて軽く会釈する。
侍女達を下げ、ガルデニアが全員分の紅茶を入れる。
少し赤みがかった琥珀色の液体をじっと見つめ、漂う香りをゆっくりと吸い込む。
「甘い香り…これ、ローズですね?」
カメリアがガルデニアにそう尋ねると、満足そうに口元を上げる。
「私の実家であるネニュファールで、ブレンドされているものです。もうひとつ、香りの中に隠されているものがわかりますか?」
「ローズの爽やかな甘い香りの中に、少しだけ重厚感のある甘さ…もしかして、ヴァニーユ?」
シュロールが答えると、ガルデニアは一瞬目を見張り嬉しそうに微笑んだ。
よほど嬉しかったのだろう、素直に表情に出すガルデニアは初めてだ。
「この紅茶とても美味しいわ…ドラン様にも飲ませてあげたい。」
「グランフルールの王太子のお口に合うかはわかりませんが、少し包ませましょう。」
それぞれが紅茶を楽しむ。
エンジュは甘すぎる香りはあまり好きではなさそうだったが、シュロールとカメリアはよほど気に入ったのか、楽しそうに味わっていた。
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「それで…こんな辺境まで足を運んでいただいたのだ、シュロールとは色々話せたのかな?」
エンジュがカップを置き、話を進めてきた。
カメリアが王都で耳にしたことと、ガルデニアが王都で手に入れた情報は、最初にアリストロシュが話した噂と、おおよそ同じものであった。
ガルデニアが情報を得るためにネニュファール伯爵家へ戻ろうとすると、伯爵家に見たこともない馬車と馬が繋がれており、王都より手を回されている気配があったという。
そこで無理をするよりはと、情報の入手先を王都へ切り替えた時に、カメリアからの接触があったのだという。
「それにしても、一人でここまで来るなんて…。」
「大丈夫よ。来るときはガルデニア様と一緒の方が安全だと思ったし、そろそろグランフルールの従者もこちらに着く頃だから。」
大丈夫ではないのだろうな…追いかけてくる従者の人達の事を思い、シュロールは困りながら曖昧に微笑んだ。
結局ここでの話では、最初の噂以上の物が出てくることはなかった。
それだけラヴァンド侯爵の話がとても貴重だったのだと、改めて足を運んでくれたことに感謝を捧げる。
「…それとシュロの話を聞いて、気になることがあるんです。エンジュ様、あの剣を見せてもらえないでしょうか?」
カメリアは剣について、心当たりがあるという。
エンジュは片眉を上げた、どう対処するべきか見極めているようだった。
やがてカメリアの真剣さに打たれ、本来なら危険なものであるとの前置きを付け、剣を運ばせた。
「やっぱり…これは、数代前の聖女様の為に作られた剣です。」
剣の柄にある細工の一部はグランフルールにある貴族の紋章からとられたものだという。
数代前の聖女様は、その魔力の性質から出自や本名その姿まで、全てを神殿により秘匿されていた。
その理由は魔力の発動方法にあり、その代の聖女様は発動時に自身の血が一滴必要だったのだという。
体に流れる血を狙われてはいけないと、今まで神殿の者以外には隠されてきた。
そして聖女様の持つ魔力を含んだ血を扱うのに相応しい剣ということで、その時代にできうる限りの魔力が詰まった鉱石を加工し作った剣なのだという。
やがてその聖女様も天寿を全うし、今はグランフルールに歴史として伝わっているのだという。
まさか歴史として伝わる剣が、神殿以外の場所にあるなんて…。
「…どういった巡り合わせなんだか…。」
エンジュは深いため息をついた。
「この剣にはとても強大な呪いがかけられていた。今は神殿で鑑定をしてもらい、呪いの解呪は成功しているんだが…。」
歯切れの悪いエンジュは珍しい、それでも続きが気になりカメリアとシュロールは静かに待つ。
「これは所有者を選ぶ。現在の所有者はあの男だ。」
エンジュは顔を上へ向け、片手で目を覆う。
受け入れがたい事実から、抗うように思考を止める。
その行動が無駄だとわかっていても、今は考えたくはなかった。
「あの男?」
カメリアもシュロールも、それが誰を指すのか見当がつかない様子だった。
「多分、ハルディンの事でしょうね。あの剣によって最後に大量の血をあびせた…それが引き金となったのでしょう。」
「えっ、所有者はシュロじゃないの?」
カメリアは驚いた…聖女様の持ち物だった剣だから、てっきりシュロールが所有者だと思っていたからだ。
しかしシュロールはなんとなく、前回の解呪の時から所有者が自分ではないことがわかっていた。
「そう…ハルディン様だったの。」
あの時の声は、きっとハルディンに向けられたものだったのだろう。
ゆっくりとした心のずっと深いところからかけられている声は、なにかハルディンに伝えたいことがあるのだと思った。
「エンジュ様、あの者を下働きより外し、私に預けてはいただけませんか?」
先程から顎に手を当て、静かに考え込んでいたガルデニアは訝し気な表情でエンジュへ申し出た。
エンジュはかけられた言葉に覆っていた手を外し、視線をガルデニアへ向ける。
その視線はとても好意的とは言い難かった。
「お怒りはわかります、ですがどうか…。」
ガルデニアには珍しく、その言葉に必死さがこもっていた。
「もしかして、理由はないのか?」
「ええ…ですから、どうしてもお願いしたいのです。」
「…好きにするがいい。」
会話のやり取りが見えない令嬢二人は、不思議そうにそのやり取りを見つめていた。
「遠い先祖に星見だったものがおり、その血が混じっているのだそうです。その場に居合わせると断片的に『こうする方が良い』と、思うことがあるというだけです。」
そう言うとガルデニアは、持っていた紅茶を口に含む。
湖面のように揺れる更にその先を見通すかのように、じっとカップを見つめていた。