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聖属性魔力がありあまる  作者: 羽蓉
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騎士達の癒しの場である大浴場は、その雰囲気にそぐわない緊張感でぴりぴりと張りつめていた。

淡く立ち昇る湯気を横目に、誰一人として動く者はいない。

騎士達がエンジュに気圧され、下を向いているうちに、湯面はみるみる白く染まっていった。


一瞬エンジュの視線が柔らかくなる、シュロールの魔力を綺麗だと感じているようだった。


   ・

   ・

   ・


今回のエンジュとグルナードは騎士達を見張る為に参加したわけではない、もちろん目的は別にあった。

ただ前回の報告をアリストロシュから聞いた時、品定めにと手渡されていた魔石を握り砕いてしまう位には、怒気を滾らせていた。

せっかくの機会だ…令嬢と同じ風呂に入るという浮かれた状態の騎士達に、その後の危険を予見するということが、どれほど大事なのか思い知らせてやろうと人の悪い笑みを浮かべる。


エンジュはミヨンの隣まで来ると籠の中身を手に取る。

ぽんぽんと軽く手の上で投げては、その堅さを確認しているようだった。


「ガルデニアめ、生温いな。」


片方の眉を上げ、忌々しそうにそう呟くと手に持ったタオルの球をミヨンが持つ籠に戻した。

そして再び騎士達へ向き直ると、アリストロシュへ回復の経過を問う。


アリストロシュは慌てて、湯面へ近づきひとりの騎士の傷を確認する。

驚いたことに直前まで、掌ほどの傷とその周囲に焦げ跡のような呪いが残っていた、その全てが回復していた。


「素晴らしいですね…心なしか精度が上がっているように感じます。お嬢様の魔力はどこまで強力なのか…。」


アリストロシュは騎士達の存在を忘れ、傷があったと思われる場所を眺め、感嘆の声をあげた。

あまりの心酔ぶりに、騎士の腕だということを忘れ、傷だった部分を執拗に撫でまわす。

しばらくは大人しくされるがままにされていた騎士も、だんだんと顔色がおかしくなっていく。


「せ、先生…他のヤツも診てやってください。」


そう言われ我に返ったアリストロシュは、ようやく騎士の腕を撫でまわすことをやめた。

解放された騎士はいそいそと湯面の中央へもどっていったが、他の騎士達もアリストロシュへ近づこうとしない。


エンジュは持っていた剣を持ち替えると、湯面に近づき大きく振りぬいた。

水の斬撃とでもいうのだろうか、薄い水の刃が弧を描き、騎士達に襲い掛かる。

これでも手加減はしてあるのだろう、皮膚を割くことはなかったが当たった部分は大きく腫れた。

だがこれも湯につかると癒えてゆく、赤くうっ血していた部分は、桃色からやがて跡形もなく消えていく。


「愚図愚図するな、後が閊えている。」


エンジュの声に、騎士達はアリストロシュの前に整列する。

一通り診察が終わったアリストロシュは、ハルディンとハルディンを庇い腕に傷を負った騎士以外は完治だと断言した。


エンジュは視線でミヨンをカーテンの向こうへ控えさせると、改めて騎士達に告げる。


「今完治したと言われた者達は、念のため今から上がって神殿へ行け。呪いの効果も消失しているかを、確認するよう頼んである…戻ったら報告を上げる様に。人数がいるのだから鑑定にも時間がかかるだろう、急げ!」


そう言うとエンジュは腕組みをして、目を閉じた。

騎士達はミヨンがカーテンの向こうへと下がったことで安心したのか、いそいそと湯から上がり準備を進める。

タオルを渡すアリストロシュは、不思議に思っていた。


「あの…エンジュ様も女性ですが、気にならないのですか?」


言われた騎士達はアリストロシュが決定的な何かを口走ったかのように、目を剥き沈黙という威圧をかけてきた。

せっかく無事にこの場を去れるというのに、余計なことを…その場にいる騎士達の総意だった。

だいたいあの領主を女性として見るなどと、無理に決まっている。


「…早く行かないか…。」


エンジュの低く抑えた声が、辺りを静寂へと変えていく。

再び騎士達は瞬く速さで身支度を整えると、大浴場を出ていった。


   ・

   ・

   ・


「シュロール、人数は減った。私もいるのだ、訳の分からないことをする奴はいないはずだ。気を楽にしてくれ。」


「はい、エンジュ様。」


シュロールの安心した声が聞こえていた。

大浴場にはエンジュとグルナード、シュロールとミヨン、そしてアリストロシュとハルディン、騎士が一人残っているだけだった。


残った騎士はシュロールの声が聞こえると、ぎゅっと目をつぶり湯で顔を洗い始めた。

ハルディンも堅く目を閉じ、組んでいる腕に力を入れる。


その様子を呆れる様に見ていたエンジュは、一応制御ができていると判断して次の段階へ進む。

本来の目的…シュロール襲撃に使用された剣の解呪だった。


「グルナード。」


「…あぁ。」


グルナードは自身の後ろに置いていた布で厚く巻かれた剣を、手に取った。


「シュロール…そなたには見えてないと思うが、今日はあの時の剣を解呪してみたいと思っている。」


エンジュは現状をシュロールに伝える…シュロールからは、息を飲む音が聞こえてきた。

シュロールは剣の事はよく覚えていない、ただ禍々しい存在があるとは認識していた。


「少しだけ解呪を意識して、魔力を発動してみてくれ。なにかあれば私が護る。」


エンジュは視線を、ミヨンに送る。

ミヨンも力強く頷いた。


「…わかりました、できるだけやってみます。」


その言葉が合図であったように、残りの騎士はハルディンと同じ側へ移動する。

アリストロシュも万が一に備えて、後ろに下がる様に促される。

グルナードだけが広い浴槽の中央にいた。


「では。」


グルナードは持っていた剣を勢いよく、湯につける。

その瞬間からハルディンを包んだ時のような黒い靄が、色濃く立ち昇っている。

シュロールはあの時の黒い靄の存在を思い出し、誰も傷つかないようにと一心に祈った。


シュロールの祈りは形を持った。

グルナードの周囲の白い液体はいくつもの大きな花となり、黒い靄を包んでいく。

大きくゆっくりと包む込み蕾のような形になると、少しだけ綻び黄緑色の粒子を放出し水飛沫に戻り落ちていった。


「…解……て…………い…ひと……け願…を…………う…。」


どこか奥深いところで、ゆっくりと声が聞こえた気がした。

だがそれはシュロールへ向けての言葉でないことは、なんとなくわかった。


「…終わったのか…?」


恍惚と見つめていた中、エンジュの声に一同我に返る。

グルナードは湯から剣を引き上げ、布を取り除く。

剣の周りに施されていた装飾がいくつも剥がれ、脆く崩れていた…外側を加工することで本来の姿を隠したのだろう。


それはほとんど鍔のない、儀式用の短剣であった。

周囲は綺麗な柄と鞘で覆われ、柄の根元には細工が施されている。

どこから見ても禍々しい気配はなく、それどころかどことなく高貴な印象を与えてくる。


グルナードは短剣を鞘から抜き、今一度湯につける。

今度は何も起きなかった、解呪されたということなのだろう。


「これでこの剣の出処もわかるだろう、念の為これも神殿へ持っていけ。」


そういわれるとグルナードは、無言で立ち上がった。

そのまま湯から上がり、手早く身支度をするとそのまま大浴場を出ていく。

今日はここまでなのだろう、エンジュは皆に撤収を命じ、シュロールの方へと駆けていく。

シュロールの方もメイドの人数が増えたのだろう、少しばかり慌ただしい雰囲気が伝わってくる。

アリストロシュに湯から上がり、傷を診せるよう促される。


ただハルディンだけが、湯につかったまま身動きもせず一点を見つめていた。

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