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聖属性魔力がありあまる  作者: 羽蓉
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今日も大浴場には、重厚で色の濃い紺色のカーテンが張られていた。

完全なる立ち入り禁止を張り巡らせ、騎士達は傷を癒すためにお湯につかる。


前回の事があり、誰もがもう癒しの力を受けることは難しいと思っていた。

魔力があふれているお湯につかれば、少しずつでも傷はいえていくが、それがなければ彼らの傷は抉れたままだ。

焦げたような呪いの残滓が、自然治癒さえも妨げているようだった。


   ・

   ・

   ・


袖と裾をまくり、前回同様にアリストロシュが騎士達に説明する。


「皆さん…よく心に刻んでください。貴方達の傷は呪いの効果が残っているもので、治そうと思って治るものではありません。そのままでは騎士としてだけではなく、通常業務や日常生活にも影響があるでしょう。真面目に…真面目に取り組んでください。そしてどうか、好意で魔力を施していただいているお嬢様に、感謝を捧げてください。」


お願いしますとばかりにアリストロシュの言葉には、悲壮感が漂っていた。


前回以降に何があったのか…騎士達は想像しようとして、ある思いに至り、途中でその思考を掘り下げる作業を放棄した。

お湯につかっているのに、背筋に悪寒が走る…このまま考えても良いことはない、いやむしろ命の危険があるかもしれない。


なにより今回は前回と違い、とても楽しめそうにない存在がある。




大浴場の浴槽は、一般的なものとは比べられないほど、広い面積を使用して造られている。

カーテンを引き、仕切りをしていてもなお、騎士達が十数人入りゆとりがあるくらいだ。

その浴槽が今日は狭く感じる…たった一人の異質な存在がその大半を占めていた。


「先生、あの今日は…どういった意向で…。」


一人の騎士が尋ねると、アリストロシュは今思い出したかのように説明を付け加えた。


「申し上げ忘れておりました、今回はグルナード様もご一緒いただきます。」


「はっ?」


騎士数人が湯船より上がり、アリストロシュへと詰め寄った。

小声でアリストロシュへ抗議の声が上がる。


「何かあったら…俺たち、殺されるじゃないか!」


「何かあったりしたら、次は私もただではいられないんですよ!」


小さな攻防戦がはじまりつつあった…自分自身の保身の為にどちらも引くことはできない。

何故こんなことになったのか、そしてこのまま始めてしまってよい事なのかと口論を繰り広げている。


「……まだ、なにかあるのか?」


浴槽の中で湯につかりながら、珍しくグルナードが言葉を発する。

びくりと肩を揺らしながら、騎士達は大人しく湯船へと戻っていった。


グルナード一人が増えることで、一気に浴槽が狭くなる。

自然と半円を描くように背を向け、騎士達は湯につかっている。


前回と変わらずにハルディンはカーテンの前に陣取っていた。


「皆さん、準備が整ったようですね。」


アリストロシュがそう言うと、カーテンの向こうからミヨンが現れた。

籐で編んだ籠を抱え、アリストロシュの側までくると隣に立つ。

その籠の中には、渇いたタオルが丸められ紐で縛られたものがいくつか入っていた。


騎士達は疑問に思いながらも、湯に深く浸かる。

今はまだ、湯は透明だ…だからといって、グルナードの手前騒ぎ立てることもできない。

しかしその中の一人があまり考えもせずに、ぼそりと呟いた。


「『聖女の煮汁』の子じゃないか…。」


それまで俯き加減にいた、ミヨンは顔をあげ呟いた騎士を確認すると大きく振りかぶる。


ばしんっ!


わけもわからないまま、横面に衝撃が走る。

何事かと思えば、それはミヨンが抱えている籠の中身の物だった。


「なにを…?」


顔に手を当て呆然と問いただすと、ミヨンはうっすらと微笑ながら返す。


「前回の騒動で、何も学習されていないようなので。禁句という言葉をご存じでしょうか?私の行動にご不満かもしれませんが、もちろん許可はとってありますよ?…ガルデニア様に。」


騎士達は更に聞きたくない名前を出されて、顔から表情を失くしていった。

これ…湯の中なんだよな?

ちっとも暖かく感じないし、緊張ばかりで癒されないのだが…全員がそう思っているところだった。




カツカツカツカツカツ…バシャーン、バシャーン、バシャーン!


靴音が聞こえたかと思うと、突然カーテンの向こうからお湯の柱が立ち昇る。

その光景に見とれていると、そのまま大粒の水滴が騎士達の頭上に降り注いだ。

勢いのある大きな水滴という凶器が、継続的に降り注ぐ様に、皆慌てふためき叫びをあげるが、グルナードとミヨンがいる手前湯から上がることができない。


ひとしきり湯をかぶり、手で顔をぬぐい見上げると、そこには不敵に笑うエンジュが立っていた。

その表情は笑っていない、だが眉は下がり片方の口元は愉快とばかりに持ち上げられていた。


「…はじめようじゃないか。」


一斉に騎士達の動きが止まり、唾を飲み込み視線を奪われる。


「あー…もう一つ申し上げ忘れておりました、今回はエンジュ様もご一緒いただきます。」


アリストロシュは視線を斜め上に逸らしながら、告げる。

騎士達は湯面近くまで顔を沈め、アリストロシュを睨む。

絶対に確信してやったに違いない…最初に言えば騎士達が参加しないと思って黙っていたのだ。


そして今一度、エンジュを見上げる。

腕を組み、片手にはいつもの様に剣を鞘に収め固定したものを、杖代わりに携えていた。

先程はこれをスイングして湯を、掬い上げたのだろう。

見下ろす視線には、力がこもっており、湯の中にいる騎士達を威圧し続ける。


そして今回のこの準備万端な様子から、前回の事を相当に怒っていることが伺える。

騎士達は傷の回復より、呪いの解除より、この場をどう切り抜け、無事に風呂から上がることができるかを考えていた。

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