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聖属性魔力がありあまる  作者: 羽蓉
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外の空気は冷たいのに、日差しはとても柔らかく感じる。

窓から見える暖かな光に、部屋の空気を換えようとシュロールは少し窓を開けた。

薄いカーテンが揺れ、冷たい冬の空気を運んでくる。

部屋に新鮮な空気を取り入れていると思うだけで、胸がすく思いだ。


シュロールはベッド際の窓に近い位置に椅子を置き、そこに臥せっている者の胸部へ掌をそっと置いた。

規則正しく隆起する様に、安堵がこぼれる。

そのまま再び窓の外を見て、降り注ぐ日差しに感謝を捧げていた。


「…軽々しく、男に触れるなと言っただろう。」


薄く目を開け、眩しそうにシュロールを見るハルディンの声はかすれていた。

飲み物を渡そうと、立ち上がろうとした時に手を引かれる感触がする。

ハルディンがシュロールでも振り払える位の力で、手を握っている。


こちらを向かずに、なにか言いたげな表情をするハルディンに、シュロールは黙ってそのまま待つことにした。

振りほどかれないことに安心したのか、大きく呼吸をしたハルディンはシュロールの手を持ち口元へ寄せ、掌にキスをした。


「ん…!」


掌に柔らかく、熱い感触が広がる、そのままシュロールの頬にも熱は移り、赤く染め上げた。

数秒押し当てられた唇が離れる時、ハルディンの吐息を感じた。

それもまた燃える様に熱く、シュロールを震わせる。


「…こういうことになる。」


そっと手を離し顔を背けるハルディンの頬にも、熱は移っていったようだった。


令嬢として等と…人には色々と言うくせに、こういうことをさらりとやってしまう。

世間に疎いシュロールにはわからないと思ったのか、それとも教訓としての師事であるのか…真意はハルディンにしかわからない。


それ以上なにも話さないハルディンを、シュロールはこっそりと伺うように見る。

ハルディンからは、これ以上はなにも聞けないようだった。

耳まで真っ赤に染め上げているシュロールは、恨めしく睨みながら返す。


「貴方こそ…こんな思わせぶりなことを、そちらの方面で免疫のない令嬢になさるなど、勘違いされても知りませんわよ?」


シュロールなりの精一杯の強がりだった。

胸を反らし、聞き分けのない子供に言い聞かせるように、少し強めの口調で諭す。


「ははっ、違いない!」


シュロールが本気で怒っていないということを感じて安心したのか、天井に向かいハルディンは笑っていた。

シュロールは胸が苦しくなる思いで、この場をやり過ごせたことにほっと息を吐く。

いくら疎いシュロールでも、一応は年頃の令嬢である。

掌へのキスには意味があり、「愛を乞う」だと言うことくらいは知ってた。




   ◇◆◇




「おい、ブレシュール…お前、さっそく旦那気取りかよ。」


にやにやと隠し切れない笑みを浮かべながら、騎士達はハルディンへ声を掛ける。


「うるさい、お前らこっちを見るな!」


ハルディンは普段から口が悪いと評判だが、これだけは絶対に譲るつもりがない。

自分の力がどれほど通じるかわからないまま、威嚇を続ける。


   ・

   ・

   ・


あのアリストロシュに話を聞いてから、数日が経っていた。

あの日捕まった者は、元々からフェイジョア領の民だったが、王都のどこかの侯爵に雇われていた。

概ねアリストロシュの予想が当たっていたが、剣の出処だけはわからないままだった。

それ以来、内部のあぶりだしは続いている。

グルナードとガルデニアも、あまり姿を見ることはない。


そんな不安な日々を過ごしている中、アリストロシュからたっての頼みを受けた。

あの日に傷や呪いを受けた者たちのその後は、一応といって傷はふさがり、呪いは止まったように見えた。

ただシュロールの魔力に触れるまでに時間がかかったせいか、傷となった部分はおおきく抉れたまま…しかも傷の周辺には黒い焦げた跡のようなものが残り傷の回復を妨げているということだった。


「無理を承知でお願いいたします。今一度、騎士たちの傷を癒してやってはもらえないでしょうか?」


これにはエンジュが猛反対をしたが、シュロールは自分のせいで騎士たちが傷を負ったということを十分理解していた。


「エンジュ様、令嬢としてありえないとわかっています。ですがこれは私の為に負った傷なのですから。」


エンジュは心で泣きそうになった。

何より大事にしたいと思っている存在なのに、自分から危険に飛び込んでいってしまう。

思い出すと、妹のオルタンシアもそうだった。

自分を犠牲にしても、信念を曲げることはない。


「…いくつか条件がある。」


そう言って諦めたエンジュは、しぶしぶと頭を抱えるのだった。


   ・

   ・

   ・


「良いですか、これはお嬢様の好意によって、施されるものです。必ず誓いを守り、騎士としての誇りを失わないように。また同時に、貴方達は護衛の任務にもあたります。ここにいる間、お嬢様にもしものことがないようにしっかりつとめてください。」


袖と裾を捲ったアリストロシュが、湯につかる騎士達へ、注意事項とばかりに説明している。

それもそのはずである、シュロールは快く受けくれたがあの時のエンジュといえば、条件を出している間中不穏な空気を纏っていた。

アリストロシュはこの条件が守れなければ、どうなるか…想像したくもない。


そうとはわかっていない騎士達は、すでに大浴場の湯につかり、開放感からかハルディンをからかっている。


大浴場ではその風景に似合わない、重厚な紺色のカーテンが湯船を隔てていた。

アリストロシュは最初、壁でも作ろうかと思ったくらいだが、魔力の効果が発揮できなければ意味がない。

隔てている半分に騎士達とハルディンは湯につかり待機をしているのだが、湯につかると同時にハルディンが、カーテンを背に腕を組み睨みを利かせている。


「お前まだ腹に大穴が空いてるんだろう?無理するなって。睨まなくても、お嬢様のお姿を拝見しようなんて思ってないからさ。」


「黙れ、こっちにくるな。」


「可愛いやつだな~、そんなにお嬢様に抱きかかえられたのが良かったのか~?」


「なんなら、俺が抱きしめてやろうか?この厚い胸板でな。」


「もう一度、死にたいらしいな…。」


そんなやりとりを傍目に聞いていたアリストロシュは、顔の表情をすっかり失くしてしまい、子供の様だと頭を抱えた。


「いい年齢をした男どもが…なにをやっているんだ、こっちはエンジュ様に睨まれてまで、こうして付き合っているというのに。」




そうしているうちに、カーテン越しに人が動く気配がしてきた。

数人の足音が聞こえ、小声で囁く。


一瞬にして大浴場に、静寂が訪れた…耳が冴え、聞こえるのは雫の落ちる音だけだった。

それすらも反響し、胸の鼓動が早くなる。

そのうちに、布がしゅるしゅると擦れ合う音が聞こえてくる。


ハルディンは目を力を込めてぎゅっと閉じ、組んでいる腕を握りしめた。

騎士達は先程の余裕もどこへ消えたのか、そわそわと互いを見てはごにょごにょと呟き、顔を背けていた。

心なしか、照れているように顔を赤くしているようだ。

皆一様におとなしくなったと思った、その時だった。


…ちゃぷん…。


ハルディン以外の騎士達は、無言で目を見開き、カーテンの奥を凝視していた。

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