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聖属性魔力がありあまる  作者: 羽蓉
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寝具から降りると、足元が急激に冷たくなる、肩に羽織る物を探し自身を抱きしめるように立ち上がる。


肌寒い日の朝、ミヨンに手伝ってもらいながら、シュロールは早めの身支度をしていた。

季節を考えるならば、暖色のドレスを選ぶべきなのだろう。

だが今日は頭をすっきりさせたい、そして優しさを忘れないように…そんな思いを込めて、オパールグリーンにクリームイエローとホワイトの刺し色のドレスを選ぶ。

化粧もいつもより入念に、ほどこしてもらった。

最後にゆっくりと、唇へ薄く紅をのせる。

自身で化粧の仕上げをすることは、シュロールなりの気持ちの引き締め方だ。


あれからそう経たずに、シュロールは起き上がれるまでに回復した。

そして今日はエンジュより、「あの時の事で話がある」と執務室へ呼ばれている。


ベッドルームを出て自室を見渡すと、あの時の光景が頭に浮かんでくる。

皆が綺麗に掃除してくれ、辛い思いをしないようにと、敷物も明るい新しいものに交換してくれている。


あれは…シュロールを狙っていた。

あの時は動揺でよくわかっていなかったが、今になると思い知らされる。

シュロールを狙ったからこそ、この部屋であんな騒動が起きたのだ。

数日の間…邸の中がざわざわと落ち着かない雰囲気だったのも、シュロールが監禁に近いような護衛をつけられていたのも、なにか近い情報を手にして警戒していたに違いない。

自分には人に命を狙われるような、人の道に外れるような事をした覚えがない。


「確かめなければ…。」




   ◇◆◇




エンジュの執務室、ソファにはエンジュが座り、シュロールも隣に座るよう勧められる。

向かいの椅子にはアリストロシュが、グルナードとガルデニアは立ってその様子を見守っていた。


「彼も今は意識が戻っていますが、いまだ傷は大きなものでほとんどが眠って過ごしております。もう少し時間が必要でしょうね。」


最初にアリストロシュが医師として、ハルディンの状況を教えてくれた。

シュロールが知りたがっていると、察してくれたのだろう。




「話をする前にまず…私は貴女へ謝罪せねばなりません。心からの謝罪です。」


そう言うと、アリストロシュはシュロールに向かって悲しい微笑みを向けた。

数日会ってなかっただけだというのに、顔は青白くやつれた印象だ。


「その前に…私の話を聞いていただくことになります。エンジュ様にはすべてお話しておりますが、貴女には辛い話かもしれません。それでも聞いていただけますでしょうか?」


何かが起こっている、それだけは間違いない。

そしてそれはシュロールに、深くかかわっているのだろう。


「私は…私の事すら把握できていない為に、他者を巻き込んでしまう。たとえ自身で対応ができないとしても、知らねばならないと思っています。」


アリストロシュはシュロールの目をじっと見つめていた。

それは以前の悪意がこもった眼差しではなく、シュロールの中の決意を見極めようとする目だった。

再び悲しそうに微笑むと、小さな溜息をつく。


「私は…貴女の中の何を知ったつもりになっていたんでしょうね。こうやって相対してみると、貴女はとてもまっすぐだ。とても聞かされていた印象とかけ離れている。」


アリストロシュは目頭を押さえ、自分を振り返った。

愚かだった…自分の力で暴いてやるなど息まいていたが、まずはこの方をきちんと見るべきだった。


「エンジュ様には端折りましたが、貴女に話すにはまずは私の生い立ちからお聞きいただこうと思います。」


   ・

   ・

   ・


アリストロシュは、王都にて生まれた。

パルミエ伯爵の愛人である子爵家令嬢、その息子がアリストロシュだった。

愛人である子爵令嬢の母はアリストロシュが小さな頃に、別の男爵位の男性へ後妻として嫁いでいき、アリストロシュはそのまま伯爵家へ引き取られた。


その頃からすでに頭の良いアリストロシュは、自分がパルミエ伯爵家の子息のスペアであることを理解していた。

引き取ってもらった恩を返さねばならないと、幼いころから教育され育つ。

伯爵家の子息より優れることなく、妹と呼べる令嬢から兄弟以上の好意を受け流し、伯爵家の役に立つようにと慎ましく過ごしていた。


ある時伯爵より呼ばれ、子息の爵位継承が決まったのでお前はどうするのかと聞かれた。

当然のように子息の手足として、伯爵家を支えていくものだろうと思われていた。

しかしアリストロシュは、自分自身を表に出せないこの伯爵家から逃げ出したかった。


アリストロシュは懇願し、学費をどうにか出してもらい医師になることができた。

医師になってからは他国を転々とし、知識を吸収しながら流れ、医師を必要としているフェイジョアへたどり着いたのだった。


   ・

   ・

   ・


自分の生い立ちを話すアリストロシュは、顔に翳りを帯びどこか自虐的な笑みを口元に浮かべていた。


「貴女がここへ来てすぐ、パルミエ伯爵家より連絡がはいりました。それは現在の王都の状況と、いかに貴女が非道を犯したかと言うことでした。」


申し訳なさそうにそう口にすると、シュロールと視線が合う。

シュロールと交わした、あの時のやり取りが頭に浮かんでくる。


「現在の王都は陛下が退位し、王太子が戴冠するのを待っている状態です。そして公爵位を持つ四家全てが、爵位を返上するか取り潰されるかのどちらかとなっております。」


「えっ…。」


何を言っているのだろうと、シュロールは理解ができなかった。

王都をでてから数か月、そんなにも状況が変わっていると、すぐには信じることができなかった。

ティヨールという王国は、王とその臣下である四公爵が、公平であるようにと国を導いてきたのだ。


「そしてその内の一つ…シネンシス公爵は、爵位を落とした後お亡くなりになっております。かなりひどい状況だったようで、現在も多方向からかなりの恨みをかっているそうです。」


シュロールは胸に重苦しいものをかかえ、手を握りしめていた。

あのシネンシス公爵が…お父様が、亡くなっていた。

王都を離れどれくらいになるのか、あの時は理不尽に対し怒りをもって突き放したが…死んでほしいと思ったわけではない。

しかも人に恨みをかって死んでいったという、自身だけが大事だという性格は治らなかったのだろう。


「エンジュ様、クロエは?」


「それは後で話そう。」


シュロールは頷き、アリシュトロシュを見て続きを促した。


「王と公爵位が不在となり、国が機能しておらず、経済が立ち行かなくなっております。王都の財源は極限まで落ち、そのうち民は飢えていくでしょう。」


そこでアリストロシュは言いにくそうに口を開き、また閉じた。

ガルデニアがグラスを渡し、飲み物を口にする。

ほっと、一息つくとグラスを両手で握ったまま、じっとその手を見つめながら話を続けた。


「王太子を聖女と言う肩書で誑かし、公爵家をも操り王都を混乱に導いている。貴女が王都を去る前に引き入れたという、どこかの国の間者が国の財産や備蓄していた資材を港より持ち出した形跡があるということ。かなりの財政が悪化し、その全ての状況を作ったのが、シュロール様…貴女だと。この国の『傾国の毒婦』だと言うのです。今も辺境で、隣国と手を結び、国を売ろうとしている…それが、王都にて真実かのように囁かれているのです。」


「そんな…そんな私、知らないわ。私じゃない。私はなにも知らないのよ?」


「わかっております、今ならば私とてわかります。…まず前提の『聖女のなりそこない』から違うのですから。貴女は間違いなく、聖女かそれに連なる者だ。」


シュロールははっとしたと同時に、唇を噛んだ…肯定はしたくない。

聖属性魔力が使えるだけで、聖女などにはなりたくないのだ。


アリストロシュは目を細めその様子を微笑ましく見つめていた、シュロールの意図を汲んだのだろう。

そしてまた、話を続ける。


「現在はっきりしているのは、王太子の証言のみ。そしてその王太子より、次代公爵になりたければ『傾国の毒婦』を生きたまま連れてくるようにと、侯爵位を持つ貴族へ通達が届いているとのことです。私の実家であるパルミエ伯爵も、上位貴族に取り入る為にこちらの情報を流すよう…今こそ育てた恩を返す時だと、連絡をしてきた次第です。私の実家が侯爵家であれば、貴女を拉致してくるように指示をされたのでしょう。今回このような惨事を引き起こした者…あの者は間違いなく、どこかの侯爵家所縁の者か、王家より命を受けた者だと思われます。」


話を聞き、シュロールは黙り込んでしまった…呼吸が早く、指先に感覚を感じない。

何故自分が王家を誑かし、家を操り、他国を引き込み、悪事を働いたことになっているのか。

そして今もまた、辺境にて隣国へ国を売る計画を立てていると思われているのだ。


「王太子一人でこの筋書きを書けるのか?シュロールに罪をかぶせ、なにかを目論んでいるとみるのが妥当だろう。生きたまま連れてくるように、とは…執着か、それとも他になにか?」


エンジュは自分に問いかけるように呟き、答えを探す。


「それにしてもわからないのは、あの剣だ。あれほどの呪いを込めた剣など、聞いたことがない。」


あまり聞いたことのない声にシュロールが力なく顔をあげると、その声の主はグルナードだった。

剣についての知識に自信があるのだろう、口調が力強い。

グルナードの意見に、エンジュはいくつかの対策を考えまとめる。


「まずは自領内部のあぶり出しと、捕まえた者への聞き取り、先生との話のすり合わせを早急に行うように。シュロールの警備もそのままにしておいてくれ。」


「…加えて剣の出処と、その呪いについて調べよう。」


「私はネニュファールの方へ、情報を探ってみようと思います。」


そこまで言うとグルナードとガルデニアは、振り返り足早に執務室を出ていった。


「貴女には本当に申し訳ないことをしました。私などが謝罪をしても、しきれないほどの無礼を働いたと思っています。私は医師を名乗りながら、命を救うことを半ば諦めてしまった。貴女が救ったのです。この後の処分はいかようにも、貴女に委ねたいと思っています。」


アリストロシュは立ち上がり、シュロールに向かい深々と頭を下げた。


シュロールは頭を振る。

最初に出会った時は、悪意しか感じられなかった…シュロールが悪であるという確信をもって、糾弾したのだろう。

しかしその後も監視の目はあったかもしれないが、害を及ぼされたことはない。

この人もこの人なりに、国を想い、フェイジョアを想い、守ろうとしていたのだ。


「懲罰はもう決めてある。本日よりフェイジョア領から外へでること、他領との接触を禁じる。王都へ帰りたくとも、家族から呼ばれようともけっしてフェイジョア領からは出ることは許されない。そして内部のあぶり出しにも、協力してもらおう。」


「あの私からもひとつお願いが。お忙しいのは理解しております…必要な方だけでかまいません、往診をお願いできないでしょうか?」


フェイジョアの名を持つ二人からの優しい罰を受け、罪悪感で痛む胸に、強く拳を押し当て頭を下げる。


アリストロシュは自分を自分として受け入れてくれた、フェイジョアを愛している。

そして今…フェイジョアそのものを感じる二人に、改めて心より謝罪と忠誠を誓った。

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