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午後を少し回った頃、シュロールは自室へお客様を招く為、忙しく動き回っていた。
紅茶とお菓子の指示や、資料にしようと思う本、同じ事を何度も繰り返し確認しては時計を見る。
やがて、ノックの音が聞こえてきた。
ミヨンが扉を開けに行くのを見送り、最後に自分の身だしなみを確認する。
「(おかしなところは、ないわよね?)」
今日のシュロールはアイボリーのブラウスにオーキッドピンクのスカートを使ったラフな装いに濃い目の赤のリボンを髪の毛に使っている。
季節を考え、相手に合わせてラフな装いを選んだのだが…やはりシンプルなラベンダーのワンピースの方が良かっただろうか。
ミヨンにはグレーの瞳に良く似合うと言われたが、シュロールは華やかな色があまり得意ではなかった。
そうしているうちに、ミヨンは扉を開けお客様を迎え入れていた。
居住まいを正し、両手を胸の下で軽く組み合わせる。
「今日は招待を受けてくれて、ありがとう。」
感情が溢れそうになるのを堪え、澄ました笑顔でそう話しかけると、お客様であるハルディンは居心地が悪そうにしていた。
「お招きありがとうございます、お嬢様。」
ハルディンは手を胸に置き、軽く頭を下げる。
再び顔を上げた時に、シュロールと視線が合う。
何故か胸が締め付けられる、ハルディンに「お嬢様」と呼ばれたのは初めてだった。
「赤か…昔の俺だと、勘違いしていただろうな…。」
目を細め、遠くを見るようにシュロールのつけているリボンを見てハルディンは言う。
「あ、えっ!違うの、そういう意味では…。」
「わかっている。話を聞かせてもらおう。」
会話を遮り、ソファへ移動するハルディンに続き歩みを進めるシュロールは、恥ずかしさで混乱の中にいた。
ハルディンを迎え入れるのに、ハルディンの色を身に着けるなんて…そういう風にとられてもおかしくはない。
ハルディンは、赤く少しクセのある髪の毛をしている。
貴族の令嬢の中には、ハルディンの髪の毛の色と同じ色の髪飾りを作り。飾ることが流行していた。
何故気が付かなかったのかしら、ミヨンも何も言わなかったし。
でも…わかっているって、そこに何の意味も存在していないとわかっているという意味…なのよね。
そう…そうなのだけど…だけど。
「おい、はじめるんじゃないのか?」
「待って今、ヴィンセントが来るはずだから。」
そういうと紅茶を勧める、ハルディンは黙って紅茶に口をつけた。
再びノックの音がし、ミヨンが出迎える。
「ヴィンセント、忙しい中ごめんなさい。」
シュロールは労いと、時間を割いたことへの謝罪を口にした。
「大丈夫ですよ、お嬢様。これも任務なんですから。」
そういうと人懐っこい笑顔で、紅茶を飲んでいるハルディンを見た。
ソファに座るハルディンは、姿勢が良く、さりげなく足を組み、綺麗な手つきで紅茶を飲んでいた。
「お前そうしていると、俺よりも貴族っぽいな。」
「そうか?」
「ああ、なんというか…綺麗というか、優雅というか…。」
「あっ、私もわかる気がします。ブレシュールさんって気品がありますよね?」
ヴィンセントもミヨンもハルディンが公爵子息だということを、知らないのだから無理はない。
本来ならこんな風に気軽に話せる立場ではないのに…きっと、これもシュロールに対する償いということなのだろう。
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「そういうことか。」
今までのいきさつを話し、ハルディンは思考にふけっていた。
「ヴィンセント、ミヨン、少し席を外してもらえないかしら?少し離れてくれるだけでいいの。」
シュロールはそうお願いすると、二人は困った顔をした。
未婚の貴族の令嬢を、男と二人きりで部屋に残すことはできない。
シュロールもわかっていて、離れるだけでいいと言っているのだろう。
ヴィンセントは、ハルディンに視線を合わせる。
ハルディンも困ったようにシュロールを見るが、シュロールにも引けない何かがあるようだ。
「大丈夫だ、俺が誓おう。」
ハルディンは軽く両手を上げて、目を閉じた。
「最初に、貴方に言っておかないとと思って…。」
シュロールとハルディンは、窓際に二人で立っていた。
ヴィンセントとミヨンは入り口の前で待機している。
「私の魔力が発動したことを、王都へ黙っていてほしいの。また王太子の婚約者とか、側室とか言われるのは嫌なの。」
ああ、とハルディンは答える。
「それと貴方にも…その昔、婚約すると貴方に利益があると言われたのだけど。私は聖女になる気なんてないの。だから…その婚約は。」
ハルディンは呆れたように、返した。
「その話はもう、なくなっただろう!」
「そ、そうよね。私なんて聖女にならないと価値がないから…。その、ごめんなさい。」
「そうじゃない!」
シュロールはびくりと身を固くする。
入り口のヴィンセントがじっと、こっちを見ている。
ハルディンは溜息をつきながら、窓枠にもたれかかると話を続けた。
「悪かった…ちゃんと説明されてなかったんだな、あの女がお前に説明しているはずだと思っていたんだが。今の俺は公爵家の人間ではあるが、爵位をつぐことはない。お前にしたことがあの女や父上に知れて、放り出された。貴族社会から離れてみてやっと、自分の愚かさがわかったよ。今はもうこのままでいい、このままお前に償いができればと思っている。」
貴族社会に戻らず、下働きのままシュロールに償いがしたいとハルディンは言う。
「でも、なにもなかったわ。」
「ああ、結果としてな。あの時だって、なにかをするつもりはなかった。ただそういう風に見られて噂が立てば、俺と婚姻を結ぶことになるだろうとは思っての行動だ。」
ハルディンは悲しそうな顔を向け、話を続ける。
「普通に出会い、普通に求婚していればと考えたこともある。だけど何度考えてもダメだった。貴族の俺は打算や策略のない婚姻は選ばないし、お前もまた、そんな貴族の俺を嫌悪しただろう。」
だから…とハルディンは微笑む。
「だから、自分に価値がないなどと言うな。ハルディンはもういない、下働きの男がいるだけだ。」
下を向くシュロールの頬を、触れない位置で手を止める。
自分の手を握りこみ見つめるハルディンに、シュロールは言葉をかけることができなかった。