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聖属性魔力がありあまる  作者: 羽蓉
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お互いに気まずい再会になったことは、間違いない。


「どうして…貴方がここに。」


シュロールはどうしても、あの悪意が記憶から離れない…口元を押さえ、身を竦め、1歩後ずさる。

しかし相手はそれ以上に、この再会に絶望を感じ、顔色が一気に悪くなっていくのがわかった。




   ◇◆◇




ガルデニアは、騎士棟までの同行をあっさりと辞退した。

てっきりシュロールにべったりと付き従い、あれこれと世話を焼いては、まわりくどく説明をしてくるものだと誰もがそう思っていた。


「少々…言いつけに背くことになりそうなので。」


そう言うとガルデニアは騎士棟までの先触れとして騎士を呼びつけ、ガルデニアの名前で大浴場を少しの間、貸し切りにするよう申し付けた。


ヴィンセントに案内をしてもらうにしても、騎士棟は男性がほとんどだ。

ガルデニアの配慮によって、騎士棟にシュロールが訪れる事、そして大浴場に用事があることは伝わる。

最悪の事態になることは、避けられるだろう。


同時にシェスも、持ち場に戻らなければならないと、ここで別れることになった。


   ・

   ・

   ・


本棟から中庭を抜け、騎士棟へ入る。

ガルデニアの先触れのおかげで、必要以上に騎士とすれ違うことはなかった。

通路の奥へ向かうと、うっすらと水音が聞こえる。

大浴場の入り口まで来ると、ドアは閉まっていた。


「ガルデニア様の使いが来ているだろう?ヴィンセントだ!開けてくれ、ブレシュール!」


そう言うと、ドンドンドンと扉を叩いた。

シュロールは扉を叩く音を聴きながら、ヴィンセントは待てない性格なのだな…などと、ぼんやり考えていた。


「うる、さいっ!」


がちゃりとドアを開けたブレシュールと呼ばれる男性は、ラフなシャツとズボンをめくり上げ、汗が髪の毛から滴り落ちる…ハルディンだった。




「なんでお前が?…くそっ、会わせないんじゃなかったのかよ!」


シュロールを見たハルディンは、扉を乱暴に開け放つと、忌々しい態度で奥へ入っていった。


あの態度…間違いない、ハルディンだ。

なぜこのフェイジョアへ…まだシュロールとの婚姻を、諦めていないのだろうか?

そして何故こんなところにいるのか。

公爵子息が辺境の、しかも大浴場でなにをしているのか…まるで見当がつかない。

そして何故、ブレシュールと呼ばれているの?


怯えているシュロールを見て、ヴィンセントが問いかける。


「お前、お嬢様と知り合いなのか?」


明らかに言葉に棘がある、眉間に皺をよせながら視線を外さない。

その問いかけに、ハルディンはこちらを向かずに答える。


「王都で少し、な。俺は中には入らないから、勝手にやってくれ。後で洗うから、靴のままで入っても構わない。」


そういいながらも、ハルディンは脱衣所であろう場所の片づけを続けていた。


ハルディンを警戒しつつも、貸し切りの時間が惜しい一同は奥へ進んでいく。

中に誰もいないことを確認しに、ヴィンセントが先に入る。

ミヨンはシュロールのドレスの裾を心配し、先回りをして持ち上げている時だった。


視界が悪く、浴場だというのに靴で入っているということを軽く考えていたシュロールは、足を滑らせ体勢を崩してしまった。


「…バカっ!」


シュロールの下に滑り込み、クッションになってくれたのはハルディンだった。


助けてもらったはずなのに、再びハルディンに抱きすくめられた時の…あの恐怖が蘇る。

首筋のすぐ後ろに、ハルディンの吐息を感じる。

体を固くして、恐怖から身を守ろうとするシュロールにハルディンは叫んだ。


「早くどけっ、俺に触るな!汗まみれなんだよ、汚れるだろうが!」


シュロールは驚きのあまり、きょとんとハルディンを見た。

あの時は、抵抗しても離してはもらえなかった。

どれだけ嫌だと思っても、声さえも出せなかった。


それなのに、今度はこの人が私に「触るな」ですって?


「ふふっ、貴方にそう言われるなんて。なんだか可笑しいわ。でも…助けてくれてありがとう。」


シュロールは安堵から目じりに涙を溜めながら、微笑んだ。




「…お前…そんな顔で笑えるのか。」


ハルディンは王都での出来事を、思い出していた。


夜会での煌びやかな光の中で、王太子や他国の王女と対等にやりあった時の、あの澄ました表情。

シネンシス公爵家で、実の父親に打たれた痣を見せた時の諦めの表情。

どちらも公爵令嬢に相応しい立ち振る舞いで、貴族らしい表情だった。


あの時もし…自分がこの女を一人の女性として見ていたならば…誠意をもって求婚していたならば、この笑顔は自分の物になっていたのか?


いいや、違う…自分もまた、貴族の中の一人だった。

あの時点では決して、利用価値がなければ婚姻まで結ぼうなどとは思わなかった。


ただ…貴族という、感情が抜け落ちた枠組みの中で、初めて婚姻を結んでもいいと思えた女。

どんな女に言い寄られても、どんなに条件が良く整えられたとしても、そんなことは一度もなかったのに。


特別だと、気が付いた瞬間に自分との差を思い知る。

今の自分からは、もう手が届くことはない。




「いいから、早くどけ。」


ふっ、と力が抜けた瞬間に笑みがこぼれる。

ハルディンのそんな表情を見たのは、これが初めてだ。

シュロールは戸惑っていた。


ヴィンセントが駆け付け、手を差し出して立ち上がるのを手伝ってくれる。

ミヨンが慌てて、ドレスの埃を落とすよう整えてくれる。


倒れた格好のまま、シュロールを見上げるハルディンの目には、羨望という優しい光が宿っていた。

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