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本棚に向かい、目ぼしい本を何冊か手に取り、皆の元へ戻る。
なにも勉強と言っても、学校のような授業をするつもりはない。
答えを出すのは簡単だ…しかし、その為に何が必要かを考えてほしい。
数冊の本をテーブルに置き、ガルデニアはにんまりと微笑んだ。
「さて皆さんには、質問に答えていただきます。」
真剣に話を聞こうとする、シュロール。
目をキラキラと輝かせて見る、ミヨン。
自分にわかるか不安になる、シェス。
そして…なんでこんなことをしないといけないのかと不満に思う、ヴィンセント。
「んんー?なにかご不満の様ですね、ブットレア君。」
「いえ……いや、ガルデニア様には、すでに答えがわかっているように思います。ならば、このようなことをなさらなくても…。」
「わかっていませんね。何故か、と問われれば…貴方が嫌がるからですよ?」
がたんっ、と顔を赤くし席を立つヴィンセントを背にして「冗談はこのくらいにして」とガルデニアは仕切り直す。
「ブッドレア君以外の皆さんは、必要なことだとわかっていらっしゃるようで、大変結構です。それでは皆さん、フェイジョア領での主な収入と言えば、何かわかりますか?」
シュロールは小さく手を上げ、ガルデニアに向け首を傾げた。
「フェイジョアでは魔石と石材が、豊かな資源として採掘されていると聞きました。」
「その通りです、さすがは姫!きちんとお勉強ができてらっしゃる。その他にも隣国との国境にある為、交易での収入や領地特有の織物などが主な収入となっております。」
ガルデニアは、両手で惜しみなく、シュロールに拍手を捧げる。
それに倣い二人の侍女も一緒に、シュロールに向け拍手をする。
シュロールはあまりにも大げさに褒められるので、恥じらいながら皆に笑顔を向けた。
「それでは今回は、石材に的を絞っていきましょう。フェイジョア領では、グラニットと呼ばれる石材を採掘しています。皆さんにも邸や家の外壁に使われているので親しみがあるでしょう。」
皆が顔を見合わせ、頷く。
シュロールもフェイジョア領にはじめて足を踏み入れた時、その美しさに目を見張った覚えがある。
この頃にはヴィンセントも、話に参加しているようだった。
膝に肘をつけ、太々しい態度ながらも耳を傾けている。
皆の反応をみて、ガルデニアは続ける。
「グラニットの性質として、見目が良く適度に強度があり、加工もできるという利点があります。グラニット石材がどのようにして形成されて出来るかを、ご存じの方はいらっしゃいますか?」
皆一同に、視線を彷徨わせる。
石材として認知はしていても、どうやってできるかまでは把握していない者が多いのも事実なのだ。
「一説として…グラニット石材は、火山の中心にある物質が長い年月をかけ冷却し形成されたと言われています。フェイジョアは連なる山々に沿う国境に、砦を構えております。その山の中には火山が含まれているということです。」
「待って!」
火山と聞いて、シュロールが慌てて、ガルデニアの話を止めた。
ガルデニアはその反応を興味深そうに、うっすらと目を開けてじっとシュロールを見つめる。
「もしかして…フェイジョア領には、温泉があるの?」
シュロールのひらめきに、ガルデニアは満足がいったとばかりに、胸に手をあて軽い会釈をする。
フェイジョア領へ初めて来た時、遠くの岩場に煙のようなものが上がっているのが見えた。
シュロールはそれを、採掘に必要なエンジンの煙か、蒸気であろうと思っていた。
今考えると、あれば地熱や温泉特有の湯気の類であったのだろう。
「でも、あの独特な臭いがしないわ。」
「おや、姫は温泉についてお詳しいので?そうですね…あの臭いについては不得手な者も多く、そのせいで温泉自体が敬遠されても意味がないので、魔石を使いぎりぎりまで臭いを抑えるよう工夫をしております。」
前世での記憶で当然のことだと思っていたのに、ここでは温泉は一部の人にしか知られていない知識だったらしい。
シュロールは我に返ると慌てて取り繕ったが、ガルデニアは特に気にしてはいないようだった。
「そうか…騎士棟にある、大浴場か!」
ヴィンセントも思い当たることがあるようで、下顎に手を当て考えをまとめているようだった。
エンジュの邸の別棟には、騎士専用の宿舎がある。
そこには国境警備や訓練などで疲れた体を癒すようにと、温泉のお湯を引き込んだ大浴場があるのだという。
もちろん大半が男性で構成されている騎士団の為、男性専用である。
「お湯の質の違い、広さの違い、温度の違い、色々なことを試せる良い案だとは思うけど…さすがにこれは…。」
シュロールは困り果ててしまった。
少し考えただけでも、顔が赤くなるのがわかる。
「姫…姫は、すべてを一度に考えてらっしゃるのでは?」
気が付くとガルデニアは、シュロールのすぐ隣に来ていた。
「なにもすぐに騎士棟で入らずともよいのです。」
「でも…どうやって…。」
シュロールが、そうガルデニアに問いかけるとガルデニアはシュロールの手を取り、ちょんちょんとブレスレットを触る。
「えっ?これが何か…知っているの?」
シュロールは驚き、手を引っ込めるとガルデニアを凝視する。
ガルデニアは当然とばかりに、口元を上げ穏やかに微笑んでいる。
そう…固定観念が邪魔をして、液体を入れるという発想を思いつかなかった。
アイテムボックスの中に液体を入れるということを。
シュロールは自分だけでは決して思いつかなかったであろうことを思い、ガルデニアに深く感謝していた。
「ありがとうございます、ガルデニア様。私…色々とやってみたいことが出来ました。」
「いえ、姫の為になるのであれば。そしてヴィンセント君より役に立つと、わかっていただけて嬉しく思います。」
綺麗な笑顔で微笑むガルデニアに、ヴィンセントは微妙な表情でその場に立ち尽くしていた。