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聖属性魔力がありあまる  作者: 羽蓉
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唇に果実のほんのりとした甘みと爽やかさを感じ、冷たい水が喉を潤す。

皆が落ち着き、冷静さを取り戻すと、シェスは今回の経緯から話し始めてくれた。




   ◇◆◇




シェスはエンジュの邸の近くで、魔石の採掘の仕事をしている父親と、勉強をしながら食堂の手伝いをしている妹との3人で暮らしている。


エンジュの邸では、主に食事の給仕と清掃が担当だが、最近はシュロールの必要な時にお世話をする仕事が追加された。


基本的に水を扱う仕事が多く、皮膚が弱いシェスは特に手荒れがひどく、毎年の悩みだった。

それがここ最近何故か、何日かに一度の割合で症状が緩和しているように思える。


心当たりがなにも思いつかないまま、日々を過ごしていく。

その間にも、手荒れはひどくなっては改善していく。


ふと…思い当たることが浮かんできた。

普段のお嬢様は、夜間にお一人でお風呂に入られる。


ただお客様をお迎えするときに、何回かミヨンと一緒にお手伝いをして、磨き上げたことがある。

髪の毛に艶を出す香油や、肌に潤いを与える果実を配合した水に、滑らかにする蜂蜜のように濃厚な美容液、そして仕上げに光を纏う粉をはたく。

その時に使った物の中に、手荒れによく効くものがあるのではないかと思った。


何度か注意深く観察して、やはり手荒れが改善するのはお嬢様のお手伝いをした日であった。

その時には「さすがに貴族のお嬢様は良い物を使っているのだな」くらいにしか考えていなかったが、そうではなさそうだった。


ある時に、急なお客様を迎えるために入浴だけをすませ、磨き上げを省くことがあった。

それでも普段から、お手入れをかかさないお嬢様はとてもお綺麗で、艶やかな髪の毛やお肌の美しさを損なうことはなく、ミヨンと一緒に誇らしく胸を張っていた。

やがてお客様がお帰りになり、後で気が付いたことだが、この日も手荒れは改善していたのだった。


「何が…どうなってるの?」


いっそお嬢様に話してみようかと思った。

しかし話すとなれば、自分の手荒れの話からしなくてはならない。

お嬢様のことだ…話の主旨を聞かないまま、手荒れの心配をしてしまうに違いない。

確信が持てるまで、もう少し黙っていようと思った時だった。


   ・

   ・

   ・


「何故…こんなになるまで、放っておいたの!」


家に帰って夕飯の支度をしていた時に、帰宅した父親の異変に気が付いた。

足を怪我しているかのように庇って歩く父親を見て、シェスは半ば無理やりに腰かけさせ靴をはぎ取った。


数日前、鉱山の坑道で横穴ができ水が流れ出るという出来事があった。

幸いうまく横穴はふさがり、大きな事故にはならなかったが、その際に数人が驚き体勢を崩した挙句に倒れこんだ。

その時運悪く、シェスの父親は足が下敷きになってしまった。

さらに悪いことに、下には採掘したばかりの尖った小さな魔石がたくさんおいてあり、酷い傷跡になってしまっていた。


「すぐにお医者様のところへ行かないと…。」


「そんな暇はねぇよ。」


「でもっ!」


「怪我したとなりゃ、仕事から外される。幸い俺の今の仕事は、採掘した魔石をより分ける仕事だ。力仕事でなければ、このままでも大丈夫だ!」


「…せめて、薬だけでも。」


「薬はもらってる、大丈夫だ。少しきつめに布を巻きつけてくれ。あと、当然だがアイツには言うなよ。」


とても大丈夫には思えなかった、傷口も父親の体も熱を持っているように感じた。

言われたとおりに傷口を水で綺麗に流し、もらっていたという匂いのきつい薬を塗る。

最後に、大きめの布で少しきつめに巻き上げた。

終わった時に見た、父親の顔には汗がにじんでいた。


シェスには痛いほどよくわかる…シェスも父親も、妹を学ばせたいのだ。

その為に、少しでも割のいい仕事を求めている。

父親が仕事を休みたくない理由もそこにあった。


   ・

   ・

   ・


お金に困っているわけではない、今のまま父親が仕事を休んでも、生活自体はシェスの給料でなんとかなる。

ただ妹には才能がある、今学ばなくてはその才能も埋もれてしまうのだ。


ぼうっと考えを巡らせながら、掃除をしているところにミヨンが近づき声をかけてくる。

大きな瓶を抱え、ぱたぱたと忙しくしていることからまた来客が来るのだろう。


「ごめんなさいシェス、他には断りは入れてあるから少し手伝ってくれない?」


シェスは「わかったわ」と声に出したが、意識はそこになかった。

意識を飛ばしつつも、なんとか仕事をこなしていく。

お嬢様がお風呂から上がったら、ミヨンはすぐにお嬢様につきっきりになる。

残ったお湯を捨てるのは、もっぱらシェスの仕事だった。


今日も、手荒れは改善している。

瓶に入れたお湯を捨てるために、大浴場の排水に来ていたシェスはそのお湯を眺めていた。

確信はない…でもこれを持って帰っても、誰も困る人はいない。

そこまで考えると、シェスはもう迷ってはいなかった。

踵を返して台所に行くと、使っていない口の広い水差しを探す。

大浴場に戻ると、残り湯を水差しに入れ、瓶を物置の陰に隠してシュロールの元に戻った。


父親の傷がみるみる治る…なんてことはない、だが残り湯を使って傷を洗うと赤みが引き熱が収まる。

シェスは翌日もまた、残り湯を持って帰ろうと物置まで水差しをもって移動していた。

その途中に、ミヨンに声をかけられたのだった。

昨日から明らかに様子がおかしかったシェスは、ミヨンに声をかけられただけで罪悪感から泣き出してしまったのだった。




   ◇◆◇




「ちょっと待ってちょうだい。」


シュロールがそういった瞬間、シェスの体がびくっと震えた。


「あぁ、違うの。シェスのことは大丈夫…なにも咎めたりしないわ。むしろちゃんと話してくれてありがとう。お父様が心配なのだけど、ここの医師のアリストロシュ様は往診はしてくださらないし…よかったら、他のお医者様へお手紙を書かせてちょうだい?」


そう言うと、少し考えてシュロールは言葉を続けた。


「そこで、こっちが本題なんだけど…私の考えであっていると思う?」


シュロールは顔をあげ、ミヨンを見る。

ミヨンも難しい顔で、シュロールのことを真っすぐ見つめていた。

ヴィンセントも近くまで寄り、ミヨンの肩を叩き頷く。




「私の魔力…発動したんじゃないかしら?」

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