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聖属性魔力がありあまる  作者: 羽蓉
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「エンジュ様、シュロールです。」


ノックをして少し待ち、執務室のドアが開くと、そこには壁があった。




いや壁だと思ったのは、人間の胴体の部分で…視線を上に向けるとそこには、大きな熊とも、狼とも思えるような、人間が立っていた。

無言でシュロールを、見下ろしている。


「おい、いつまでそうしている?中に通せ。」


エンジュの声が聞こえると、ようやく壁(?)はシュロールを中に導き入れ、自身もまたエンジュの側に戻っていった。


少しの間、シュロールは固まっていた。

シュロールの知っている大人の男性とは、大体が高位貴族であった。

優雅で気品があり、紳士を常として…それでいて狡猾。

一番大きいと思っていたプラタナス公爵でさえ、この男性とは目線が異なるだろう。


あまりじろじろと見つめることは、令嬢としてのマナーに反する。

シュロールは目線を下げ、なにもなかったように振る舞うが…意識が分散してしまう。


「わざわざ、足を運んでもらって申し訳なか…。」


エンジュが机から顔を上げ、シュロールに話しかける。

しかしそれは途中で途切れ、片眉を上げながらシュロールを観察する。


「怯えている、が一番当てはまるというところか。」


腕を組み、手を顎に添え、考えるそぶりでエンジュは呟く。


「お前が原因だろうな。」


そう言うとエンジュは、顎で男性へ指示を出す。

指示を出された、男性は眉間に皺を寄せながら一歩前にでた。


「………グルナード=ローワンだ。」


唸るような声で、名乗ると簡易な礼を取る。


「昨日こちらに参りました、シュロール=フェイジョアと申します。」


慌ててシュロールも、名乗り礼を取る。

そこまでしてようやく、エンジュは納得したように頷いた。


「側近はあと一人…今は王都にいるが、近々会うことになるだろう。」


腕を組んだまま、ふっと口元だけでエンジュは微笑む。


「信頼のおける者たちだ、よろしく頼むよ。」


シュロールは、エンジュの気遣いに心が温かくなるのを感じた。

室内に入り、怯えが隠せなかったシュロールの気配を感じ、その不安を取り除いてくれた。

言葉は少ないが、大事に思われている。




問題が解決したと察すると、エンジュはシュロールをソファへ促した。


「仕事が溜まっていてね、食事でも一緒にとれればいいのだが…。何か困ったことはないか?私に聞きたいことや、話したいことでもいい。」


エンジュがシュロールを執務室へ呼んだのは、シュロールを心配しての事だったらしい。

シュロールは少しためらったが、先延ばしにしてもしょうがないと…口に出すことにした。


「では、少し。」


目を閉じ、息を吸い込む…求めてもらえるのであれば、何にでもなれる。


「私はここで、なにをすればいいのでしょうか?」


そう言い切ると、真っすぐにエンジュを見つめた。

その視線を受け止めるように、シュロールを眺めるエンジュは再び腕を組み、押し出すように答える。


「それは、正解ではないな…。」


そう言うと周りに、少し席を外してほしいと皆を執務室の外へだした。


   ・

   ・

   ・


エンジュはシュロールの隣に移動し、シュロールに背中を向かせると…おもむろにシュロールの髪を梳きだした。


「私は、姪御殿のような若い女性と話す機会などあまりなかったのでな…顔を見ずに話すことを許してほしい。」


まあ照れ隠しのようなものだ、とエンジュはおどけた声で話す。


「姪御殿は私の養子になったことに、責任を感じているのだろう?前にも話したが、あれは王都から連れ出すのに一番早い方法だったからだ。もちろん、姪御殿が辺境伯を継ぐというのであれば、反対はしない。ただ、私としては…どちらでもよいのだ。」


告げられた言葉に、思わず振り返ろうとするシュロールを、エンジュは肩を掴んで制止する。


「言い方が適切ではなかったね…姪御殿がどうでもいいというわけではない。爵位はどうとでもなる。ただ姪御殿には、自分で考え、自分がどうしたいのかを見つけてほしいと思っている。」


シュロールの後ろでしゅるしゅると滑らかな布の擦れる音が聞こえる。


「家族だからね、幸せになってほしいじゃないか。」


両肩をポンポンと叩かれ、髪の毛を触ってみるとサイドに軽く結われ、リボンのようなものがつけられていた。

振り返ると、優しく微笑んでいるエンジュと視線が合わさる。


「幼子のようなことをして、申し訳なかったね。少し、考えてみてはくれないだろうか?」


これほど大事に思ってくれている…感謝で胸がいっぱいになるが、言葉が追いつかない。

喉にからまる、言葉を飲み込んでシュロールは頷いた。

髪の毛の出来上がりに、納得できたエンジュも一緒に頷き、シュロールの頭を撫でた。




頭を撫でられる気持ちよさに、身を任せていると…ふと、気になることに思い当たる。


「エンジュ様は、私の事を『姪御殿』と呼ばれるのですね。」


ん?と片眉をあげ、しまったという顔をしたエンジュに続けて話しかける。


「…どうか、シュロールと。私もエンジュ様のことをお名前で呼んでいるのですから…。」


「…あー、悪かった。いや、しかし…あー………努力しよう。」


手の平で目を覆い、困ったように悩みこむ。

なんとか答えがもらえたが、エンジュにとってはハードルが高いらしい。

その様子を見て、眉毛を下げながらもにこにことシュロールはエンジュに微笑むのだった。




和やかに話が終わる、シュロールは自身の在り方をもう一度見直してみようと思った。

エンジュにエスコートされ、執務室の扉まで行くと、外には先程のグルナードとヴィンセントが待機していた。


エンジュはグルナードに入室する様にいい、ヴィンセントにシュロールを部屋まで送るように言いつける。

軽く挨拶をし、部屋へと戻る廊下を進む。


ヴィンセントも後を続こうとするところに、エンジュに肩を掴まれ耳元で囁かれる。


「報告はいい、あれを頼む。」


ヴィンセントはシュロールに気取られない様、エンジュに向かい真っすぐ頷いた。

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