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フェイジョアのエンジュの邸に着いて早々に、大騒ぎを起こしたシュロール達は周囲の注目を集めた。
エンジュの邸は、辺境伯に相応しい大きさであっった。
双塔のある門をくぐると、整えられた緑の庭園が目に入る。
庭師のセンスがうかがえる揃えられた垣根と、ポイントになるよう等間隔に白い鉢に植えてある観賞用の木が置いてある。
庭園に沿い、緩やかなカーブを馬車で走ると、やがて白く輝く邸が目に入る。
邸の入り口には、騎士や側近、使用人達がエンジュと新しく主人となる令嬢を出迎える為、少なくない人数で待機していた。
まず馬車より自分で降りてきた邸の主、エンジュ。
いつも通り、形式的なことを嫌い一同の挨拶を一言ですます。
しかし騎士や使用人たちが注視したいのは、その後に降りてくる人物であった。
『王都シネンシス公爵家令嬢、オルタンシア様の忘れ形見』
護衛騎士に手を差し出され、馬車から降りてくる令嬢を待つ。
その姿は白いケープを可憐にまとい、オルタンシアの面影を色濃く持つ少女であった。
皆こっそりと感嘆の息を吐く、目頭に涙を浮かべる者もいる。
お戻りになられた…オルタンシア様のご息女が…。
フェイジョアの民として生きる者なら、誰もが待ち望んでいた令嬢がそこにいた。
そんな感傷にひたっている間に、なにやら騒がしくなったっと思ったら…最近邸内で話題の少女が、令嬢に向かって叫びながら走り寄った。
何が…と思う間もなく、ご令嬢に突進してしまう。
鈍い音が、控えている使用人達にも聞こえていた。
「えっ…。」
一人の使用人が声をあげる。
私達の…オルタンシア様の忘れ形見に、フェイジョアの民が待ちに待ったご令嬢に、何をするのだと怒りが込み上げてきた瞬間、周囲の空気は一変した。
神々しいまでに整った雰囲気をかもしだしていたご令嬢が、一人の少女として堪える事なく、泣き出したのだ。
再会を喜び、感情を隠すことなく涙を流す。
その可愛らしい主に、騎士や使用人は気が付かないうちに笑顔で出迎えるのだった。
◇◆◇
「…ということは、ミヨンは元々フェイジョアから、シネンシス公爵家へ来ていたの?」
成り行きを聞いたシュロールは、驚きで目を丸くしていた。
先程の恥ずかしい行動に、我に返ったシュロールは、場所を変え客室を借り、ミヨンとミヨンの兄ヴィンセントから話を聞いていた。
部屋へ案内する従僕や、紅茶を運んでくるメイド、はじめて会うはずのその人達は、なぜかシュロールに生暖かい視線を送る。
やはり先程の醜態をみられたのだと、恥ずかしくてたまらない。
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ヴィンセントはブッドレア男爵家の次男で、爵位を継ぐ立場にはない。
元々考えていた騎士になろうと、強さに定評のあるフェイジョアに仕えていた。
そこへある時、王都にいるシュロールの為に、内密にメイドを派遣するという話が上がった。
頭に浮かぶのは、昔から自分に憧れ、騎士を目指していた妹…ミヨンの顔だった。
まっすぐな性格のミヨンは、騎士に向いてはいるかもしれない。
ただ何か予感めいたものが、ヴィンセントにはあった。
「あいつの才能は、騎士だけには収まらない。」
色々考えをまとめ、一度ミヨンに話してみようとブッドレア男爵家へ戻った。
ミヨンは、やはり乗り気ではなかった。
それもそうだろう、騎士を目指しているのにメイドの募集なのだから。
メイドの募集には、ある程度教養があり年齢も淑女のそれに当たる女性が何人か選出されていた。
大人としての余裕を持ち、そして令嬢として慎みがある…騎士を目指し、男勝りなミヨンとは正反対だった。
ただヴィンセントはどこかで確信していた、この人選はミヨンでなくてはならないと。
そこで心を決め、ヴィンセントはミヨンに真実の「辺境の雷鳴」の話を聞かせることにした。
騎士として、守るべきものはここにあるのだと。
ミヨンは真剣な眼差しでその話を聞き、最後には覚悟を決めたかのように、目に光が宿っていた。
そこからのミヨンは凄かった…教養、所作、マナーとは別にメイドに必要な知識、そして必要ない知識までぐんぐん吸収していった。
ミヨンは決めてしまったのだ、まだ会ったこともない守るべき主を。
やがて選出の日が来た。
エンジュと側近、選ばれた騎士が審査をする。
求められたのはメイドとしての資質だけではない、護身・教養・忠誠、これが主な審査基準となっていた。
候補として上がる淑女達が誰一人として、年下の男勝りなミヨンの足元にも及ばない。
そうしてフェイジョアの後ろ盾の気配を隠し、ミヨンは新しいメイドとしてシネンシス公爵家へ送り込まれたのだった。
「私が必ずお嬢様をお護りし、いつの日か…お嬢様が望むのであればフェイジョアへお連れいたします。」
心にひとつ、信念と言う炎をともして。