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フェイジョアの気温は、王都のそれと違い、少し肌を刺す寒さを感じる。
季節は秋にさしかかったばかりだというのに、指先が寒さで少し冷たくなっている。
寒さを感じるたびに、エンジュにもらったガーネットのついたアクセサリーを、右足をちょこんと上げて確認する。
たしかにシュロールの装いは、足元が寒さに耐えれるものではなかった。
足元に着けたアクセサリーは、その部分からじんわりと暖かさを感じる。
エンジュがシュロールの為を想い、選んだ大切な宝物。
しゃらしゃらと、足首につけた絡まる二つのガーネットに、自然に顔が緩んでいく。
◇◆◇
フェイジョア領に入り、初めてフェイジョアの街を見る。
最初に驚いたのは、綺麗な白い街並みだった。
石造りで連なるそれらは、滑らかに磨き上げられ、夕日に反射し、きらきらとゴールドの輝きを放っている。
フェイジョア領ではグラニットと呼ばれる白い石が、採掘される。
ほとんどの民家や邸が揃えて、そのグラニット石材を家の外観に使っている。
石造りの家は、耐久性にすぐれている。
一度戦争で住む家や家族を失った者たちには、外せない条件の一つだった。
次に目に入ったのは、フェイジョアの人々だった。
王都より離れたフェイジョアには、豊かな鉱山資源と魔石の採掘場がたくさんある。
騎士を含め体格のいい者が多く、線の細い貴族の姿はほとんど見られなかった。
夕刻の時間のせいか行きかう人々は多く、皆が笑顔で活気があり、力強い。
暖かな家族の団欒が想像できる…そんな街だった。
街並みを進んでいくと、都市の最北に砦のような建物があり、そこにエンジュの住まいがあるとのことだった。
邸に着くと、数名の騎士の出迎えがあった。
馬車から最初に降りたエンジュは、騎士に向かい声をあげる。
「出迎えごくろう、ブッドレアを呼べ!」
すぐに対応され、呼ばれた騎士が駆け寄ってくる。
「お呼びですか…って、ええっ!」
ブッドレアと呼ばれる騎士は、私をまじまじと眺める。
覗き込む、目が力強い。
アッシュブロンドの髪の毛に、どこか既視感を覚える男性…それがヴィンセント=ブッドレアと呼ばれる騎士の第一印象だった。
「これ、俺じゃないですよね…エンジュ様?」
ふいっと顔を背け、片眉を上げながらエンジュが答える。
「…名前を、覚えておらん…。」
そう言われてヴィンセントと呼ばれる騎士は「えー…」と少し引き気味に答えた。
その時、遠くから私を呼ぶ声が聞こえる。
「シュロール様、シュロール様、シュロール様ーーーーーーーーっ!」
全力で走ってきた同じ年位の女の人…近づくにつれ、見覚えのある人の顔にみえる。
まさか…でも…。
あまりの驚きにぼうっと見とれていると、その女の人は両手を広げ頭から飛び込んできた。
ドンッ。
頭から突っ込まれ、胸部を打ち、一瞬呼吸が止まる。
苦しさから胸を抑え、体制を崩すシュロールを、エンジュは片手で支える。
年頃の女の子二人を片手で支えるエンジュにも驚いたが、飛び込んできた人を見てさらに驚きが増す。
見慣れたメイド服でもない、頭にホワイトブリムも乗っていない。
ただ…いつも側にあった。見覚えのあるアッシュブロンドの髪の毛。
「ミヨン…なの?本当に?…顔を、ねぇ、顔を見せて…ねぇ、ミヨンなの?」
早く顔をみて、本人かどうか確認したいシュロール。
ミヨンを間違うはずがない。
貴方のその、力強く真っすぐな眼差しを見せてほしい。
確信を持ちたくて、一生懸命に覗き込もうと、必死に首を左右にかしげる。
対してミヨンの方は、シュロールに抱き着きながらも、泣き顔が恥ずかしく俯き頭を振る。
「ミヨン、お願い!顔をみせて!」
「……。」
ふるふると、シュロールに押し付けたまま、頭をふる。
「ミヨン!お願い!」
「……。」
「ミヨンってば!」
しばらく続くと思われたこの攻防は、ヴィンセントがミヨンの頭を掴んだことで終わりを告げた。
「お嬢様を困らせるんじゃない。」
掴んだまま、ミヨンの顔を私の方にぐいっと向けてくれる。
そこには涙でぐしゃぐしゃの、あの懐かしいミヨンの顔があった。
「私…待ってました…ぐずっ、ずっと。…一緒に行けなくて、ずっ…悔しくて…。」
ああ…涙をながしていても、ミヨンだ。
鼻を赤くし、涙は止まることなく。
それでも伝えたいことはたくさんある。
目から涙を溢れさせながらも、ミヨンの視線は漂うことなく真っすぐにシュロールを見つめている。
それに応えたい。
声を出そうとしても、涙と鼻水で呼吸が苦しく、うまく伝えられない。
頭が言葉でいっぱいになる、そしてまた涙が流れる。
「わ、わた…私もなの、ミヨン…私も…ずっ…会いたかった!」
泣きじゃくるミヨンを見て、感情の壁が崩れてしまった。
シュロールもまた、子供の様に顔を隠すことなく泣き崩れた。
泣きじゃくる二人の頭を、ヴィンセントがポンポンと宥めてくれていた。