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聖属性魔力がありあまる  作者: 羽蓉
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閑話 カレイドとアディング

王宮からの呼び出し、しかも陛下直々に時間を指定しての呼び出し…更に事が事な後の呼び出しを受けた。


緊張した面持ちで、呼び出された先へ向かう。

通された執務室の先へ入った瞬間に謝罪の意を示すため、最高位の礼を取る。


しかし通された先に呼び出した本人の陛下はおらず、一人の護衛騎士が待ち構えていた。


   ・

   ・

   ・


「やあ、アディング…こちらだ!呼び出してすまなかったね。」


シャツにズボンという、すべての装飾を取り払い、リラックスした服装で私を招き入れたのは陛下本人だった。


王宮の奥…広大な庭の更に奥にあるガゼボに、私は案内されていた。

白く上質な装飾を施されたその建物へは、高い垣根と、人工的に作った小川を大きく迂回しないと近寄れない造りになっていた。


案内してくれた護衛騎士に、軽く片手を上げ離れた位置に控えさせる。

落ち着いた表情で柔和な佇まいの、その高貴な身分の男は、自然の風を楽しんでいるように見えた。


軽く礼をして、回り込み、隣に腰を落とす。


たしかに風が心地よい、隣に流れる小川から涼しさが伝わってくる。

息を吸い込むと、瑞々しい土の香りがする。

さわさわという葉擦れの音と共に、目に映る緑は、光を通し様々な色をみせてくる。

こんな気分になったのはいつぶりだろう…と自分に問いかける。


「疲れているようだな、アディング。」


声をかけてくる陛下に、溜息をつきつつ目頭を揉みながら、宰相であるプラタナス公爵は答える。


「その名前で呼ぶのはやめてくれ。」


私の返しに微笑みで返す陛下を見て、この会合が完全なプライベートなのだと理解する。


「…エンジュ殿に、会ったそうだね。」


「…耳が、早いな。そうだな会ったよ。お前もだろう?」


身分が上の者に対して「お前」と言ったにもかかわらず、その男は嬉しそうに微笑んだ。

昔に戻ったようにお互いを呼ぶ、時間が戻ることもまた郷愁なのだ。


「私はね…全てが整うと同時に、退位しようと思っているよ。」


建物のヘリに肘を付け、体重をかけ、呟くように語る。


心臓が大きく鼓動を打った。

目を見開き、口を戦慄かせながら言葉を探していると、その男…陛下であるカレイドウェア=ティヨールは片手でそれを制した。


「私たちは償わなければならない、過去を、現在を…。」


そう言い遠くを見つめる、その男の瞳には悲しさがあった。




   ◇◆◇




私とカレイドは、同じ騎士団に所属していた。


王太子として教育を受けていたカレイドは、騎士としての教育を実地という形で行っていた。

最初こそ、鼻につく男だと思っていた。

顔が良く、品があり、物事に動じない。

私たちと交わる気すらない態度に、誰もが閉口した。

だが、段々とトゲはとれ、可愛い後輩とも呼べる存在になってきた。


そんな時、辺境で戦争が勃発した。

私達も国の役に立つのだと、士気をあげ出兵を待つばかりとなった。

当然そうなるのだと、家族に言葉を残し、命令を待つが…いつまでもその命令が下らない。


次第に、辺境の凄惨な状況が耳に入る。


「援軍を出さないのですか!」


血気盛んな騎士たちは、心が張り裂けんばかりに叫ぶ。

しかし上官である団長もまた、命令がなければ動くことが許されない人物であった。

カレイドにも同じ言葉をかける、しかし彼もまた悲痛な表情をしたまま首を振るだけだった。




困惑と焦り、わけのわからない状況から抜け出せない私達は、気持ちの悪いなにかに包まれたまま、ただただ出兵の命令を待ち祈り続けた。


やがて、それはフェイジョア軍と敵軍の相打ち…ほぼ全滅という形で幕を落とした。


それからの国の対応は、早かった。

敵国との休戦、フェイジョア復興への支援、オルタンシアの婚姻。

すべては計略の上で…私たちは砂を噛む思いを抱えたまま、戦争は終わった。




しばらくし、王都の人々から戦争の恐怖が薄れつつあったある日。

それは王宮へやってきた。


騎士の装いをした女性、左足から血を流し足を引きずり、凄まじい殺気を放ち王宮の入り口で騎士達を振り払い前進してくる。

鞘に入ったままの剣を振り、風圧にて人を薙ぐ。

止めに入る人間の声を聞くことをしないその女性は、どんどんと王宮を奥へと進んでいく。


やがて恐怖を感じた高官より騎士団が、捕縛の命を受けた。


騎士が説得しようとするが、話が耳に入っていない。

ならばと捕縛を試みるが、3人の騎士が同時に振り払われ、力では敵わなかった。

正面から6人で形成される一個隊が、剣を構える。

陣形を取り、囲みながら捕縛を試みるが、それをも鞘に入ったままの剣に全て阻まれてしまった。

足止めができぬまま、謁見の間まで侵入される。

もう…なりふりは構っていられない。

前後左右、人数を使って足止めを行う。


なんとか動きを止めた時点で、その侵入者は叫ぶ。


「聞け、王よ!家族を…家族を返せ、民を返せ、夫を返せ、妹を返せ、両親を返せーーーーーーーーっ、うわあああぁーーーーー!」


慟哭と共に、力を振り絞り暴れ出す。

驚き震え、今まで安全な所へ身を潜めていた高官が声を上げた。


「オルタンシア嬢が、どうなってもいいのですか!」


そういうと、女騎士を蔑むように見下ろす。


「貴様、貴様、貴様ーーーーーーーーーー!」


そこで初めて、数名の騎士はこの女性こそがフェイジョアのエンジュ嬢だと知る。

抑えつけるその下で、エンジュは呟く。


「お前たちを殺してやる。妹に何かしたら、お前たちを殺してやる!」


そう言い終わると、十数名乗りかかっている騎士がわずかに浮かび上がる。

エンジュが持ち上げようとしているのだ。


その様子に恐怖すら感じたが、その瞬間エンジュの意識がなくなった。


「この者を牢へ、叩き込みなさい!」


こめかみに血管を浮かべながら、高官は言う。


「この方は…私が責任を持って、牢へお連れします。」


そういうと涙を流したまま、カレイドが倒れたエンジュに膝をついた。

その場にいた騎士たちは皆、カレイドに倣い…膝をつく。

私もまた膝をつき、自分たちの無力と共に心に誓う。


「この償いは必ず…貴女方へ敬意を払います。」


国の為に壊滅したフェイジョアへ、自身を犠牲にし婚姻を決めたオルタンシアへ、そして全てを失ってしまったエンジュへ。




   ◇◆◇




「私は結局、エンジュ殿に償いはできなかった。」


少し伸びをしながら、目の前のカレイドは言う。


「国の王などという、大層な身分をもってしてもできることは限られているものだよ。あれから私はエンジュ殿に償いをするどころか、更に傷を抉るようなことしかできていない。シュロール嬢の婚約にしてもそうだ。王妃がアレに、立太子として、後押しをしようとしてね。」


肩をすくめながら、呆れた口調で話す。


「結局婚約破棄を策して、エンジュ殿の元に返すのが精一杯さ。」


「そうだな、やっと…家族を返すことができた。」


「あぁ。」


私達の顔には、ようやく少し前進したとばかりに憂いの表情が浮かんでいただろう。


「それで、カレイドは退位してどうするんだ?」


また建物のヘリに肘をのせ、遠くの緑を見つつ風を感じている男に尋ねた。


「そうだな…遠くにある領地にでも引っ込もうかと思っているよ。」


顔の角度を少しだけこちらに向け、微笑む。

光に透け、輝く髪の毛はまるで女性のように線が細く感じた。


「ならば俺も引退するかな、もう宰相やっても、お前がいなければやりがいもないしなぁ。」


「いや…お前は無理だろう?」


「すぐには無理でも、やってみせるさ。」


「跡継ぎはどうする?ハルディンに譲るのか?」


「いや、アレには継がせない、娘に婿を取らす。…アレは修行に出すよ、エンジュ殿の所に!」


「はあっ?」


いやいやいや、とカレイドは慌ててとりなそうとするが…私にはそれ以上の名案がないと思った。

アディング=プラタナスという人物も、カレイドウェア=ティヨールという人物も、昨日ハルディンの仕出かした失態は、もう理解している。

それでもなお、エンジュの気のすむように鍛えなおしてくれと思わずにはいられない。

他力本願ではあるが、ハルディンがエンジュの所でどれだけ持つのか、楽しみで口元が緩む。


「アディングばかり、ずるくないか?エンジュ殿やシュロール嬢と繋がりがもてるというのは…。」


少し拗ね気味に、顔を反らすカレイドに対して私は立ち上がり彼の頭に手をのせぐちゃぐちゃと掻きまわした。


「羨ましいだろう!」


そう答え、二人で昔の様に腹を抱え笑いあった。

喉を潤すために置かれた飲み物の中の氷が、楽しそうにカランコロンと鳴っていた。

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