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聖属性魔力がありあまる  作者: 羽蓉
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邸のエントランスの中心は、時間が止まったかのような雰囲気が漂っていた。

誰もがその女性の、次の言葉を待っている。

お父様の前で、口元だけで笑みを浮かべている女性は…重い空気を発したまま、言葉を発さずに、黙ってお父様を見つめていた。


お父様が何かに気づき、家令に向かい目線だけで指示を送る。

慌てた家令がシュロールに近づき、手を貸して起こしてくれる。

それを見て何人かのメイドが、こちらにかけてくる。

乱れたドレスや髪型を最低限に整え、腫れた口元へ、冷やした布を添える。


その様子を見届けると、ようやくその女性は口を開いた。


「久しぶりの王都だが、今日はね、用事があってきたのだよ。」

「なにせ、急ぐ用事だったからね。」

「楽しそうなのはわかっていたが…夜会には参加できなかった。」

「残念だよ。」


言っていることと、表情が噛み合っていない。

口元はいまだ、張り付けたような笑みを浮かべている。

とても残念そうには見えないどころか、この女性は、夜会にでることを毛嫌いしているに違いない。

ただ問題はそこではない…この女性は「楽しそう」と言った、夜会で何が起きたか、すでに知っているのだ


「それで用事というのはだね、シュロールをうちにもらうよ。」

「うちに養子として入り、あとを継いでもらう。」


「エンジュ殿、それはあり得ません。」


このままでは、まずいとばかりにお父様が口を挟む。


「何故?私に後継者はいない。血縁があるシュロールをもらうことに、何の問題が?」


「シュロールは我が公爵家の、大事な令嬢です。」

「すでに婚姻を求める手紙が、何通か…。」


お父様の言葉に、息を飲んだ…すでに婚姻の相手を、探していたのだ。

公爵を賜っているだけはある。

今夜の夜会で何が起きてもいいように、お父様もまた、いくつか先を見通し策を練っていた。




「ジェッローーーーーーーーーーム!」


ガシィィンッ!

女性はお父様の言葉を遮り、声を上げ、持っていた剣で床を突いた。

大理石にあたったそれは、周囲の人間の動きを竦ませた。


「あぁ、ジェローム、可哀そうに。」

「言葉の意味を、正しく理解していないようだ。」


最初から変わらず、女性の表情は乏しいままだった。

可哀そうだと言っている…にも関わらず、表情が伴っていない。

いや…どちらかと言うと、先ほどより少し口元が楽しそうですらある。


「私は、提案しているのではない。」

「結果を伝えているのだよ。」


女性は片手で持っていた剣を、両手を添え自身の前で持ち、再び大理石の床へ突き立てた。


「哀れな、ジェローム。」

「お前が策を練っている間、私の耳に入るとは思わなかったのか?」

「オルタンシアの娘を、そんな目にあわせて…私がほっておくとでも?」


「私は辺境へ…シュロールを連れて帰る。いいね?」

「すでに王への許可はとっているよ。」


今度はお父様が、足元から床へ崩れ落ちて行った。

顔を青くし、目には涙が浮かんでいた。

この女性がもたらした結果が、我が身の破滅だと言わんばかりの表情だった。




「エンジュ伯母様、ですわよね?」


この沈黙を破ったのが、妹のクロエであった。


「何故、お姉さまに罰を与えないのです!」

「お姉さまは、この公爵家に恥をかかせたのですよ。」

「どこかの貴族の慰み者になるくらいが、ちょうどいいとは思いませんか!」


憎々し気に、シュロールの不幸を願う妹。

さらに当然とばかりに、伯母に対して同意を求める。


「…ジェローム、随分と生意気な犬を飼ったものだな。」

「キャンキャンと無駄に吠え、躾がなっていない。」


片眉を上げ、今度は口元にも笑みがない。


「なっ!」

「伯母様にとって、私も姪ではありませんか!」

「犬だなどと…失礼にもほどがあります!」


顔を真っ赤にして、扇子を握りふるふると震えながら叫ぶ。

そんなクロエを見て、シュロールは「なるほど」と思う。

よく吠える犬だと思えば、周りで騒いでいても気にもならない。


「お前はオルタンシアの子ではない。よって、私の姪でもないな。」


当然のことと言わんばかりに、女性は呟く。


「よくも…よくも、そんなひどいことを!」

「お父様!」


お父様を見ると、力なく女性を見上げていた。


「私が…わからないとでも思ったか?」

「姉妹を欺いて、このまま社交界をも欺けると…そう思っていたか?」


女性は続けて、お父様に向かって告げる。

女性の口調には、屈辱がにじみ出ていた。


再び力をなくし、項垂れたお父様は力なく声に出す。


「クロエ…お前はオルタンシアが臥せっている時に、メイドとの間にできた平民の子だ。」

「メイドの女がお前を置いて逃げてしまったので、オルタンシアがお前を生んで亡くなったことにしたんだ。」


クロエはその事実を聞き、顔色を悪くし立ち尽くしていた。

両手に力はなく、扇子を落とし「わからない」とつぶやきながら頭を振っていた。

クロエは公爵令嬢には違いない、ただ平民との間の子だとしたら…。

クロエの望んでいた、高位貴族との婚姻は無理だろう。


「嘘…嘘よ、何故…私が?」

「お母様が、お母様ではない?」

「わからない、わからないわっ!」

「そんなの嘘よ…嘘、う…そ…っ」


「嘘ではない、オルタンシアの姉である私が言うのだ。」

「おまえに、フェイジョアの加護はない。」


そう言い切る女性の視線は、クロエをかすめもしない。

心底興味がないのだと、わかる。


「(フェイジョア?)」


フェイジョア…王国の最北端にある、砦のある都市だ。

代々戦闘における能力が飛びぬけており、国境の守護する者として一目置かれる一族。

今代は、女性であると聞く。


「…フェイジョア辺境伯…。」


そう呟くと女性はこちらを向き、改めて名乗る。


「正しくは、エンジュ=フェイジョア辺境女伯である。」

「オルタンシアの姉であり、そなたの伯母にあたる。」

「聞きたいこともあるだろう…詳しいことは、そなたの部屋で話そう。」


顔を覗き込んできた女性は、目だけが優しく細められていた。

装いも、髪も目も、表情だって違う。

なのにどう見ても女性の表情は、肖像画のお母様の微笑みにそっくりだった。

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