16
私達は二人で涙を流し、身を寄せ合った。
お互いの顔を見合わせ、涙を拭い、微笑み返す。
涙が引く頃には、心の距離がぐんと近くなっている気がした。
「ありがとう、リア…。」
心からそう思っていた、感謝がまっすぐ伝わるといい。
だけど私のそれは、まだぎこちない。
「私こそ…ありがとうだわ、シュロ。」
涙で顔を赤くして微笑むリアは綺麗というよりは、可愛い人だった。
先程までの大人びた顔とはまた違う、微笑みだった。
普通貴族の女性、それも公爵を賜る令嬢であるならば、こんなに感情をさらけだすようなことはしない。
しかもリアは王妃教育を受けている、次期王太子妃…そんな彼女がここまで心を許してくれているのが不思議だった。
「私ね、断罪を受けた時…泣けなかったの。」
「その後嬉しいこともあって、その時の自分の感情を、押し込んでしまったのね。」
「だから今、涙を流せたのもシュロのおかげなの。」
「私と同じ貴女だから、この後に幸せになってくれることが私の幸せ。」
驚いた…こんなに素直で優しい貴族がいるのだろうか。
あのハルディンとやり合ったときの、無邪気な顔、すました顔、そして私の為に怒ってくれた顔…どれも仮面だったのだろうか。
「リア、貴女は今幸せなの?」
「えっ、ええ…幸せなの。」
リアは涙で赤くなっている顔を更に赤くし、髪の毛を触りながら少し顔を伏せた。
きっと婚約者の事を、思い出しているのだろう。
「そう、なら私は幸せだわ。」
「だって貴女が、幸せなんだもの。いつかあなたの旦那様になる人に会ってみたいわ。」
「絶対会ってね、約束よ。」
「ええ、約束するわ。」
この先、約束がかなう日はこないかもしれない。
シュロールには、その予感があった。
多分その時、シュロールは貴族ではない。
王太子妃になっているリアとは、身分に差が出来てしまう。
それでも、リアと繋がっていたい。
「そうだ、私の知ってる約束の儀式やってみる?」
リアの手を取り、小指を絡ませる。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。」
リアが驚いて、目を瞬かせている。
「恐ろしい内容の儀式ね。」
「ふふっ、約束を破ってはダメってことよ。」
「私、きっと飲めないわ。」
「飲まなくていいと思うわ。というか、飲まないでよ?」
二人でふふふと、笑いあう。
ふと先程、リアに持たされたものが気になってきた。
手を開くとそれは指輪だった。
「それ…私の物だとわかる、特殊な加工がしてあるの。」
「良かったら身に着けておいてほしいんだけど…。」
そっと手のひらに置き、指でなぞってみる。
「多分…お父様に取り上げられるわ。」
リアは少し眉を寄せ顔をしかめたが、色々考えてその可能性もあると思いついたのだろう。
「そういうことも、あるのね…でも、もしかしてだけど…そのブレスレット、アイテムボックスじゃない?」
リアはシュロールの手首についている銀の鎖細工がほどこされているブレスレットを見た。
百合の花の飾りに菱形のオニキスが埋め込まれている。
一見それとはわからない、今日のレースの手袋にも溶け込むような造りだった。
「すごい…よくわかったわね。」
「見たことない人の方が多いものね。私は似た物を、王宮でみたことがあるの。」
「それにしても、かなり希少なもののはずだけど。」
「ひとつの国に1個、あるかないか…位には希少だと思うわ。」
リアはまじまじと、私の手元に顔を寄せてくる。
好奇心が旺盛なところも、高位貴族らしくなく可愛らしい。
シュロールはくすくすと笑いながら、話した。
「私が『聖女のなりそこない』って呼ばれているのは知ってる?」
リアが不本意そうに、こくんと頷いた。
「私を鑑定してくれた神殿の方が、ずっと私の事を気にかけてくださっていて。」
「人生を翻弄してしまったお詫びにって、贈ってくださったの。」
今回の計画を助けてくれたのは、アシュリー様とユージンだった。
夜会への呼び出しがきてからすぐ、ユージンは神殿に戻っていた。
有事の際にはシュロールが公爵家を出るつもりでいるという事を、アシュリー様へ報告するためだった。
ユージンもまたシュロールが公爵家を出てしまうと、神殿に戻らなくてはならない。
少しでもシュロールの力になりたい、と思っての行動だった。
そして戻ったユージンから渡されたのが、アシュリー様からの謝罪の手紙と、細工の綺麗なブレスレットだった。
細く目立たないそのブレスレットには、オニキスの石の部分に公爵家の広間ほどの空間を持つ。
使い道は、ユージンに習った。
すでに必要なものは、このブレスレットの中にある。
「じゃあ指輪は、この中に入れて持っていてね。」
私の手のひらから、リアは指輪をつまみあげオニキスの上へかざす。
指輪はすっとオニキスに吸い込まれるように、消えていった。
そして二人で微笑みあうと同時に、御者が公爵家へ到着したことを告げた。