15
シュロールはカメリアと共に、馬車に乗っていた。
当初の約束通り、カメリアの馬車で邸に送ってもらうことになったのだった。
助けて頂いただけでもありがたいというのに、重ね重ね…申し訳なさがつのる。
カメリアの馬車はこの国の物とは違い、豪勢な作りだった。
シュロールは奥へ腰をかけると、きょろきょろと周囲を見回した。
外の音は馬の足音さえ聞こえず、内側は振動を感じさせない。
中は広く作られ、令嬢が二人対面で座っていてもドレスをかすめることもない。
なにより圧迫感を感じないよう、内壁を明るく整えてある。
「音と明るさ、それに振動に対しては少し魔石を使っているの。」
カメリアはシュロールが物珍しそうに眺める様子をみて、そう答えた。
緊張していたのか、優しく話しかけられ、ほうっと息を吐く。
「少し…落ち着いたかしら、良かったらくつろいでね。」
「公爵家へは、少し時間がかかるから。」
送ってくれる側のカメリアが、気遣ってくれる。
先程までのハルディンとのやりとりとは違い、少し口調がくだけていることが嬉しい。
王宮から公爵家へは、王宮の外周を半周迂回してから、向かわなくてはならない。
同じ王都内にあっても、時間はかかる。
「ありがとうございます。本当に、なんとお礼を言ったらいいのか…。」
シュロールは少し眉毛をさげながら微笑み、カメリアに対して感謝を伝えた。
あの時…カメリアが来てくれなかったらと思うと、今でも鳥肌が立つ。
元々王太子に対しての嫌悪感はあったが、あのハルディンに対してはそれ以上だった。
シュロールを利用しようとすることを、隠しもしない。
意思を確認するつもりもなく、拒否すれば力づくで従えようとする。
なにより、肩に感じたハルディンの吐息を思い出すと、体が震えだす。
ブロンシュの悪意など、可愛いものだった。
世の中には避けられない悪意もあるのだと、あの時学んだ。
なにより、声が出せなかった自分に、対処ができなかった自分に腹が立った。
「顔色が悪いわ、どうか楽にして。」
カメリアがシュロールの隣へ移動してくると、手を取ってくれる。
暖かく柔らかい感触がした…どうしてこんなにも、親身になってくれるのだろう。
同じ位の年齢の友人がいないシュロールは、カメリアのスキンシップが恥ずかしくてたまらなかった。
頬を赤くして、おどおどと緊張を隠せないでいると、カメリアが「貴女、可愛いわ」と、笑いながら寄りかかってくる。
「貴女とお話がしたい…と、いうのは本当なの。」
手を取ったまま、カメリアが視線を向けて微笑んでくる。
「私もあなたと同じで…大勢の人の前で、婚約を破棄されそうになったことがあるのよ。」
「(この方が?こんなに綺麗で、優しい方なのに?)」
シュロールは驚きのあまり、カメリアを凝視してしまった。
カメリアは申し訳なさそうに話を続ける。
「断罪…と言うのだそうよ。」
「私の場合は、心無い者に婚約破棄を促されただけで、実際には破棄せずにすんだのだけど。」
カメリアはシュロールの怒っている顔を見て、慌てて訂正をした。
「あの時の私は…無力で、強がる姿を見せる事しかできなかった。」
「きっと、あなたの気持ちが一番わかるのは、私なのではないかと思って…。」
はにかんで、なお少し悲しそうにカメリアは、シュロールをのぞき込んで言った。
そこにはシュロールを通して、過去の自分を見ているカメリアがいた。
この方も…同じなのだ。
努力して、相応しくあろうとして、なお求められなかった苦しさがそこにはあった。
婚約を破棄されるということは、貴族にとって、それも令嬢にとって、最上級に不名誉なことであった。
しかも、王族よりもたらされた破棄。
体裁を重んじる社交界において、それは死を意味する事に等しい。
破棄をする側にどんな思惑があろうとも、される側にとって縋ってでも回避したいに違いない。
「でも、あなたはそれを迷わずに受け入れた。」
「もう何か、覚悟ができているのね。」
そういうとカメリアはシュロールの手をそっと降ろし、自分の指からなにかを取り外していた。
「これから先、貴女の為になにか、できることがあるかもわからないけど…。」
「グランフルール次期王太子妃として、友として、何かがあれば頼ってほしい。」
「まずは、リアと呼んでくれるかしら?」
そう言いながら、私の手のひらに何かのせてそのまま握りしめた。
シュロールはそっと、カメリアの顔をみる。
花が綻ぶように微笑みながら、目の端に涙を浮かべている。
今日…王宮についてからずっと、気を張り続けてきた。
失敗してはいけない。
後れを取ってはいけない。
自分を叱咤し続けた。
思わぬ恐怖もあった。
自分の考えの至らなさにも、悔しさが溢れかえる想いだった。
でも今、同じ境遇に立ったことのある人から友になってほしいと。
頼っていい、味方でいてくれると…。
気が付けば、私は涙を流していた。
「…っわ、たしの事は、シュロ、と…。」
「シュロ…シュロ、可愛い名前ね。」
「私、シュロのことが好きよ。きっと仲良くなれる。」
私を抱きしめながら、カメリアは囁いた。
幼い子供を、あやすように。