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「これはこれは。」
「グランフルール王国からお越しの、カーマイン公爵令嬢でしたか。」
ハルディンは鷹揚に、礼を取る。
自分をよりよく見せることを知っているのだろう、流れる様な美しい動作だ。
「お初に、お目にかかります。」
「グランフルールのカーマイン公爵が娘、カメリアでございます。」
「この度は次期王太子妃として、人脈を広げるため、外交の役目を仰せつかって参りましたの。」
「プラタナス公爵が子息、ハルディンでございます。」
「シネンシス公爵が娘、シュロールでございます。」
その場にいた皆が名を名乗り、挨拶をする。
「そうそう、シュロール様!」
「私…シュロール様とお話がしたく、探しておりましたのよ。」
優しく柔らかく微笑み、シュロールの元へ近づいてきたと思ったら、手を伸ばしてきた。
「カ、カメリア様?」
カメリアはシュロールの隣に並び、腕に自身の腕を絡ませてきた。
親し気に腕をとったと同時に、数歩下がる。
そこで初めて気が付いた、カメリアはシュロールを助けてくれたのだと。
今のカメリアの行動で、シュロールとハルディンの間に少し空間ができた。
その一連の流れを見ていたハルディンが、片眉を上げながら問う。
「女性の仲睦まじい仕草は、目の保養になりますね。」
「まるで二つの花が、寄り添っているようだ。」
「しかし…黒く艶やかな花を、先に愛でていたのは私なのですが?」
手振りをつけつつ、大げさに振る舞う。
先程とはまるで違う口調で、ハルディンは言った。
「(この男、嫌な言い回しをするわ。)」
「(この言い方だと、私とこの男が睦んでいた様じゃない!)」
シュロールは落としていた扇子を拾い上げ、口元を隠しながら鋭い視線を投げた。
「まあ…私もハルディン様と同じ時に、シュロール様を追い、広間を出ましたのよ。」
「しかしさすがに殿方の速度にはかなわず、後れをとってしまいましたの。」
「隣国から来た身ですから、時間は限られております。」
「どうか今回は、私に譲っていただけません?」
おっとりと上品に…かつ、お願いを申し上げるという口調でカメリアは言う。
自分のことであるはずなのに、冷静に見つめてしまう。
先程まで窮地に立たされていたにもかかわらず、味方ができ落ち着きを取り戻してきた。
そしてようやく、カメリアという人を見る。
綺麗な額に優雅に髪を後ろに流して、ハーフアップにまとめている。
まとめた髪の毛には赤いカメリアの髪飾り、長い髪の毛によく映えている。
深い赤の色を基調にしたドレスだが、重くなりすぎないように白を切り替えにしている。
所々に派手になりすぎないよう、紺色のラインがあしらわれている。
アクセサリーも深い青のサファイアで統一されていた。
今現在、組まれている腕は柔らかく、花の香りがシュロールをくすぐる。
「(この方を花に例えたくなる気持ちがわかるわ。なんて綺麗な方なの…。)」
そう思い隣をのぞき込んでいると、気配を感じたカメリアは視線を合わせそっと微笑んだ。
そんなやり取りを待つつもりもない、ハルディンはその声色に不機嫌さを載せてきた。
「私も焦っているのですよ。」
「私が愛でていた花は、夜会にいた皆が美しさを知ってしまった。」
「今を逃すと私の元に、戻ってこないのではないかと不安なのですよ。」
そう言うと、ハルディンはシュロールの方へ手を差し伸べてきた。
色々説明を付けているが、カメリアに譲る気はなく、戻ってこいと言っているのだ。
シュロールは反射的に体を強張らせ、足を後ろへ引いてしまった。
もちろん腕を絡めているカメリアに、その緊張は伝わっていた。
カメリアは、すっと表情をなくすとハルディンへ向かって言い放った。
「そうだとしても、その行く末は花に委ねるべきです。」
口調は穏やかだったが、はっきりと力強くカメリアは言う。
「シュロール様は私が責任を持って、シネンシス公爵家へ送り届けます。」
「もちろんここで何もなかったことは、グランフルールの国の代表として明言いたしましょう。」
「ごきげんよう、ハルディン様。」
「改めてシネンシス公爵家へ、お手紙を書くとよろしいわ。」
柔らかく、花がゆっくりと咲き開くかのような微笑みを向け、広間へ向かう廊下へ向けて腕を指し示した。
カメリアは、ハルディンを退けたのだった。
…一瞬で空気が、重くなる。
一番最初に状況を読んだのは、ハルディンだった。
ここで自分の要求を押し通したとして、カメリアは納得するはずがない。
それどころか、他の権力者に助けを乞うことも考えられる。
シュロールが抵抗し、カメリアの発言次第では、本当に外交問題になりかねない。
苦々しい顔をしたハルディンは、礼を取りすぐに振り向き引き返していった。
「だから知恵のまわる女は嫌なんだ…。」
去り際に小声で、嫌みを言うのを忘れずに。