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実際に今回の事は、隣国のコニフェルードからの縁談がきっかけとなった。
婚約者のいるオルトリーブにブロンシュが一目惚れをし、国交として縁談を持ちかけたのである。
ティヨールの王族たちは、「聖女になるかわからない令嬢」と「隣国との友好を結べる王女」を天秤にかけ、より有利になる方を選択した。
またオルトリーブは華やかなブロンシュを見て、「あの地味でオドオドした令嬢と結婚するよりは…」と二つ返事で承諾した。
そしてブロンシュもまた、オルトリーブの外見に懸想し「聖女のなりそこない」と呼ばれる令嬢からの略奪は簡単だと思っていた。
誰もが「聖女のなりそこない」と呼ばれる令嬢が、これほどまでに美しく成長しているとは思っていなかった。
◇◆◇
「ごきげんよう。貴女のことは…かねがねオルト様から、色々伺っておりますのよ。」
最初に発言したのは、ブロンシュだった。
「畏れ多いことでございます。」
「私などが、ブロンシュ王女と対話できる立場にあるなどと…思ってもおりませんわ。」
瞳を伏せ、シュロールがさりげなく対話を拒否する姿勢をみせると、ブロンシュは驚いたとばかりに目を丸くする。
「まあ、そんなことはありませんのよ。」
「でも、そうおっしゃるのなら…ここでのお話は、何があっても不問に付すと約束いたしましょう。」
そう言うとブロンシュは、王陛下を振り返り軽い礼をとる。
王陛下が頷き、ブロンシュが微笑みを返したところで改めてシュロールに向き直る。
ブロンシュには自信があった。
王太子が婚約者よりも王女である自分を選び、今回の婚約破棄を計画してくれたのだと。
実際にオルトリーブはシュロールの事を「役に立たない」など、愚痴をこぼしていた。
「前々から、貴女の噂を聞いておりまして…色々な呼ばれ方をしているようですのね。」
「皆様が呼ばれているお名前も素敵ですけど、私共は貴女の事を『あがき姫』…そう呼んでおりますのよ。」
にっこりと微笑むと、親しみを込めた目でシュロールを見つめている。
知り合ったばかりの友人のようになごやかな雰囲気である。
周囲が一瞬、しんと静まり返った。
こころなしか、空気も冷たく感じる。
「聖女になるためのお勉強を…今もなさっているのでしょう?」
「なれるかどうかもわからないのに、その努力を無駄になさるんじゃないかと…私、心配しておりますの。」
悲しそうな口調で、ブロンシュは話す。
そう、聖女になれもしないくせに無駄な努力をする…「無駄なあがき」だと言っているのだ。
シュロールは少しだけ瞳を伏せ憂いた表情をみせた。
今回の件が『国外追放』『修道院送り』『拘束』『投獄』のどれかならば、計画は成功である。
「聖女のなりそこない」と呼ばれる貴族社会からも抜け出せ、自由を手に入れられる。
その条件をふまえたうえで、この対話を不問にしていただけるのであれば、受けて立つのも悪くはない。
顔をあげ、口元を扇子で隠し、眼だけで微笑みながらシュロールは返す。
「もったいないお言葉でございます。」
「望んだものではございませんが、求められるということに喜びを感じ努力してまいりました。」
「聖女を目指しているわけではありませんが、おかげ様でたくさんの方々に研究の成果としてお返しすることができています。」
そういうと斜め前方にいた、共同研究者の教授に向けて微笑み会釈する。
教授もそれに気が付き、礼をして返してくれる。
いつもシュロールに意見を求める教授は、高位貴族のひとりでもあった。
「(あら…。)」
視線を戻すと、ブロンシュの目が驚きのあまりこちらを凝視している。
きちんと思惑が届いているらしい。
誰からも求められない貴女にはわからないかもしれないけれども、私の努力は人々の役にたっているわ。
さあ、あなたはどうなのかしら?
そんな意味を含めて、シュロールは返したのだった。
「(面白いわ。)」
ブロンシュは可憐な装いとは別に、挑戦的なまなざしでシュロールを見ていた。
一方的に「聖女のなりそこない」「無駄なあがき」と揶揄して終わるつもりが、思うように進んでいくことはなかった。
それどころか、私に対して切り返してくるとは…。
「それを聞いて安心いたしましたわ。」
「ただ…『求められる』ということについて…私、思いますのよ。」
「女性にとって、男性に求められることこそが幸せなのだと。」
「このようなことになってしまって…シュロール様には大変残念に思い、ご同情申し上げますわ。」
同情をしていると言うには、あまりにもあどけない様子で小首をかしげながらブロンシュは言う。
求められるといっても、婚約者からは求められなかったようね。
婚約破棄、ご苦労様。
間髪入れず、もったいないとばかりにシュロールは答える。
「それこそ、私には不釣り合いでございましたわ。」
「王太子殿下は素敵なお方、眩いばかりの容姿に憂いを帯びた瞳。下睫毛までもが殿下の美しさを完璧になさっておいでです。」
「私などより、ブロンシュ様のようなお方となら…。」
「いえ、差し出がましいことを申しました。」
これにはブロンシュどころか、オルトリーブまでもがあっけにとられた。
先程シュロールが自身に王太子の色を身に着けていないことで、これが素直な気持ちではないことはわかっていた。
オルトリーブの顔が、どんどん赤みを帯びてくる。
それこそ、私には必要ありません。
そもそも王太子殿下の容姿、下睫毛だけはどうしても受け入れられませんもの。
ブロンシュ様だったら、大丈夫なのでしょうね。
あぁ…それも含めての婚約破棄。
そしてブロンシュ様のエスコート、といったところでしたね。
『地味な令嬢』と、見下していた者からの拒絶…。
意味を解釈したオルトリーブは、シュロールに向かって声を張り上げた。
「ふっ、不敬である。」
「即刻、国外へ「ならん!」追…。」
これは、オルトリーブの失態であった。
表面上ではあるが、シュロールは王太子に対して不敬な発言はしていない。
あくまで貴族として控えめに、会話を整えている。
「オルト様、これは私が望んだ対話でしてよ?」
ブロンシュが扇子を広げ、口元を隠しながら告げる。
余計な口出しはしないでいただきたい、そう目が語っている。
「そして陛下…私は先程『約束』を取り付けたはずですが?」
オルトリーブの発言を遮ったのは、王陛下だった。
ブロンシュは自分の約束を反故にされたのかと、扇子の上からのぞかれる視線で訴えた。
「…わかっておる、ここでのことでシュロール嬢に対し不利になることはないと宣言しよう。」
「そして、この話は私が預かろう。」
「ですが父上、この者は私共を騙し、今も不敬を働いております。」
「国外へ追「ならん!それだけはならん!」放するべき…。」
「何度も言わせるでない、この話は私が預かる」
そう言うと王陛下は、立ち上がり手を挙げ、斜め下に振り下ろした。
皆が陛下に対して、礼を取る。
この話はここで終わることが、決定した。
皆の視線が、ルトリーブでもなく、ブロンシュでもなく、再びシュロールに集まる。
少し困った、それでいて悲しい表情でシュロールは別れを告げる。
「皆さま、私は皆さまの邪魔にならないよう、失礼いたします。」
綺麗な礼をとり、シュロールは広間をあとにした。
残されたものは溜息をつきつつ、視線を離せないでいた。