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「シネンシス公爵家、ジェローム=シネンシス様。」
「ご令嬢、シュロール=シネンシス様。」
「ご令嬢、クロエ=シネンシス様。」
「ご入場!」
広間へつながる扉が開くと、別世界かと思うような明るさの世界が広がる。
先に入場していた貴族達が一斉にこちらを見て、ささやきあっている。
お父様へ続き、クロエと二人ゆったりとフロアへ足を進める。
入場してすぐは囁きがうるさいほどに感じられたのに、徐々におさまりそして静まり返っていった。
その代わりに注がれる、視線が痛い。
「(皆が一生懸命がんばってくれたけど、私…なにかおかしいのかしら?)」
妹のクロエの花開くかのような可愛らしさの装いとは違い、私の衣装はシンプルにまとめてある。
マダムとミヨンの納得いく形として、出来上がったドレスはとても美しかった。
明るめで光沢のある、シルバーのマーメイドライン。
裾に向かい濃くなるように、グラデーションの刺繍がうっすら施されている。
胸の下には、黒いシルクに銀糸の刺繍や小さなアメジストを散りばめたリボンで切り替えている。
ネックレスとイヤリングも、お揃いのアメジストだ。
艶めく黒い髪の毛は、高めにゆったりと結い上げ、黒いレースに縁取られたカクテル帽を斜めに飾ることで色香を漂わせている。
手元には帽子とお揃いのレースで作られた、ショート丈の手袋と扇子。
細身の体ではあったが、姿勢が良く存在感がある。
誰もがその美しい佇まいや容姿に、魅入られていた。
色合いに華やかさはない…しかしそこにいるだけで、凛と咲く一輪の花のようだった。
やがてフロアに、囁きが戻ってくる。
「この花に惑わされてみたい」
「あの手をとるのが、なぜ私ではないのだろう」
「どこの仕立てを、使っているのかしら?」
「美しい黒髪、どうやればあそこまで艶を出せるのかしら」
そして貴族たちの一番の関心は、シュロールが着るそのドレスや装飾に『王太子の色』がひとつもないことだった。
婚約者の色を纏わない令嬢…それだけで、貴族達の関心を高めていく。
もちろんシュロールは、あえて王太子の色を使わなかった。
今日の招待に関して、いくつか予想をしていたからだ。
◇◆◇
やがて、王族の入場となった。
「ティヨール王国王太子、オルトリーブ=ティヨール殿下」
「コニフェドール王国第三王女、ブロンシュ=コニフェール殿下」
「ご入場!」
シュロールの婚約者である王太子のオルトリーブ殿下が、隣国の王女ブロンシュ殿下をエスコートして入場してくる。
仲睦まじい様子は、はたから見れば恋人同士のようだ。
オルトリーブ殿下は、美しかった幼少期をそのまま成長させたかのようにみえた。
少し長めのハニーブロンドの髪の毛が、顔の輪郭に沿って輝きを放っていた。
一緒に入場した、ブロンシュ王女は華やかな女性だった。
プリムローズを思わせる光沢のあるイエローに、白のレースと金糸を使ったドレス。
ふんわりと巻いた髪の毛に、オレンジとイエローの花のヘアコサージュ。
そしてアクセサリーは、王太子の目の色に近いアクアマリンで統一していた。
陛下と王妃の入場も終わり、王族が全員揃うと陛下の開会の宣言がある。
「皆、良く集まってくれた。今宵を楽しむがよい。」
陛下の宣言が終わると同時に、楽団が音楽を演奏しようとしたその時だった。
「お待ちください、私より皆に報告があります。」
王太子であるオルトリーブ殿下が、陛下に礼を取り発言の許可を取り付ける。
振り返ったオルトリーブ殿下はフロアに良く通る声で、呼びかける。
「シネンシス公爵が令嬢、シュロール=シネンシス…前へ!」
今から何が始まるのかと、人々の視線はさざ波のようにシュロールに注がれている。
準備もしてきた、起こりうる予想も立ててきた。
最悪の事態さえ回避できれば、なんとかなるはず。
視線を伏せがちに、ゆっくり…ゆっくりと前に足を踏み出した。