力という病-2
俺が———なぜ煽りに煽ってまで、ノレイと未樹を追い出すようなことになったのか———。
正直に述べる。
出来心……に近いものだろう。
俺は……どうにも気に食わなかった。俺がべらべら喋った内容は、ほとんどが口から出任せで、何らかの目的のためでも無かった。
付け入る隙だらけだった。未樹のやっていたこと、やろうとしたこと、その動機。滅茶苦茶で、感情任せで、矛盾だらけだ。本当に自分と同じ「新世代の子供達」のためを思うのならば、大会に対して嫌がらせなどしてはならない。少し考えれば分かることだ。
そりゃそうだろう? あの大会は、いわば世間的に唯一「新世代の子供達」や、マナリミスの人間達が活躍できる場所だ。それを邪魔するのはバカだ。そのことを世間様が知ったら、余計俺達みたいな存在に当たりが厳しくなる。
ノレイも同様。大体俺があいつへの煽りに使った言葉だが、それらは同時に事実だ。
殺されかけた際に分かった。俺の二倍や三倍強かったって、気づかれずに俺を殺しかけるというのは不可能だ。どうやったって、殺される直前くらいには気づく。まあ、あいつらが寸止めしてくれたお陰で俺はそんな状況に気づいたわけだが……。
だが、やろうと思えば出来た。
俺の推測だが、ノレイは既に復讐するつもりはない。だが、おそらくあいつは復讐以外の生きる目的でも無くしたんだろう。復讐に疲れて、上手い具合に新しい人生の目的なり、広い人間愛にでも目覚めて生まれ変われりゃあ良かったんだが、それは出来なかったんだろう。なんでそこまで分かるのか? 決まってる。
それが出来ればパーソナリアには来てねえ。
そもそも、パーソナリアっつー場所は世界の掃きだめだ。
パーソナリアにはあらゆるものが集まる。富や技術。武力に人材、文化、思想、低俗なエロ本に国宝レベルの骨董品。異世界のものも含めて、ここで揃わないもんはない。
パーソナリアで価値のあるものは、力だ。
それは武力であり、財力であり、人脈であり、技術である。それがあれば、力の共通規格である金を手に入れるのは難しい事じゃねえ。
「そうだろ?」
「……そう、でしょうか。だとすれば、わたしは、ここで最も価値のある人間になってしまいます……」
「その通りだ。お前は一番強い。だからここで最も価値のある人間なんだよ。何が不満だ?」
「実際に……私はそんな人間ではないから……矛盾が生じてしまいます……」
俺は牢屋ごしに宵鳴と話している。やはりネガティブである。話しにくい。
「そりゃ違え。矛盾なんて何処にもねえさ。お前は実際に一番価値のある人間だ。少なくとも、パーソナリアじゃあ、な」
「……わたしは、口説かれているのでしょうか……? もしかして、彼女募集中、ですか?」
「よく分かったな、お前も応募かけてみるか?」
「……魅力的ですけど、止めておきます。私は、その、えっと……。奈桐さんこと、あまりよく思えないから……」
「……え? マジで? な、なあ、宵鳴。お前、俺のことどう思ってる?」
俺は恐る恐る問いかけた。俺はこいつのために結構骨を折っている。そりゃあ、純度百パーの善意って訳じゃねえ。だが、それにしたって……。さっきも旨そうに俺の弁当食ってたはず。毎朝早めに学校に来て、こいつに朝昼晩の弁当を渡している俺の努力とは。
「……正直に、言います。大っ嫌い、です」
宵鳴は混じりっけなし心からのマジトーンでそう言った。俺は泣きたくなった。
「……そうか。———そうか。マジか。マジで俺のこと大っ嫌いか」
「はい……。その、奈桐さん、えっと、わたしのこと、利用しようとしていますよね……? わたしは、精霊の加護があるので、分かります……。奈桐さんは、いい人じゃありません……」
俺は完全に見透かされていたことを悟った。ある種純粋な瞳でこちらを見る宵鳴から、無言で目を逸らした。
全て事実だ。俺がこいつを利用しようとしていたことも、俺が「いい人」じゃ無い事も、全く以て事実。俺は開き直った。
「……バレちまっちゃあ仕方がねえ。そうだ。俺はお前の力が欲しい。そのための好感度稼ぎにいろいろやってたが、その様子じゃ最初から分かってたのかよ」
宵鳴は頷いた。こいつはある種純粋だから、むしろ俺に軽蔑的な視線を向けることはない。ただ、素直に意思表示をするだけだ。
「……はい。でも、わたしに取り入ろうとする人は、初めてだったから、少し驚きました。……でも、止めてください。わたしに、戦わせないでください。わたしは、わたしに力を求める人間が嫌いです。大っ嫌いです。死ねばいいと、いつも思っています」
俺は嘆息した。素直なヤツだぜ。
「分かんねえな。死ねば良いって思ってんなら、殺せば良い。そうだろ? そのための力が、お前には常にあったはずだ。俺を殺せば良い」
「……奈桐さんは、性格が悪いです。ゴミです。分かって言ってますか?」
「何言ってんだ、当たり前だよ。そりゃそうだよな、「二万人殺し」を後悔してるのか?」
俺は軽く問いかけた。
宵鳴莉々亜は、マナリミスで二万人を殺した。僅か十分間の出来事だ。その後の行方は知れず、まさかパーソナリアに来てるなんて思っちゃ居なかったが……。
実際、二万人殺しはの犯人は、世間的には不明だ。証人となり得る人間が全員殺されちまったからな。一個人がやったと言うことだけが判明している。殺し方は派手だった。とある地点、人間一人分くらいのスペースを中心として、破壊の跡が広がっていた。その場所だけが無事だった。その場所以外は、破壊され切っていたからな。
まだマナリミスに戦争があった頃の出来事だ。
「聞いて良いか? なんだってそんなことをした? 当時は何たら王国と何たら国が戦争をしていたらしいな。んで、そこは何十回も繰り返された、死者の居ない戦場だったらしいじゃねえか。治癒魔術の進歩は目覚ましく、また戦士達もお互いを殺したいほど憎んでた訳じゃねえ。だから、より多く相手に治癒魔術を使わせ、疲弊させて撤退させた方が勝ち。当時の戦争はそういうルールだったらしいな」
俺は歴史の授業で習ったことを口にした。
「……エル・ミアル王国と、ナナリア国です。もし、わたしを利用したいのなら、それくらい覚えてください……」
宵鳴はそれだけ俺に言って、口を閉じた。
「……言いたくねえ、か。まあそれでもいいさ。が、もしも。もしも、だぞ? お前さんが、二万人殺しに罪悪感覚えてんのなら、大勢の人間を残らずぶっ殺したことに罪悪感を覚えてんのなら、そりゃあ見当違いだ」
「……今、なんと言いましたか」
宵鳴がこちらを向く。こちらを睨んでいる様にも見える。
なんか最近こんなことばっかりしてる気がするな。女を怒らせてばっかりだ。
「治癒魔術の進歩は目覚ましかったらしいな。手足がちぎれてても死なせねえっつー話なんだろ? しかも呪文をちょいと唱えるだけで効果を発揮できるというお手軽さ。それも、そんなに難しいことじゃないんだってな。そんな治癒魔術は、異世界から戦死者を無くした———が。欠点が一つあるな」
「……欠点? それは、なんでしょうか」
「死んだ人間には効果がねえってことだよ」
俺は大真面目に宣ったが、宵鳴は俺がバカだと思ったらしい。失笑した。こいつが笑ったの初めて見たぞおい。
「……バカですね。頭の方は、結構良い人だと思ってました。死んだ人は、蘇りませんよ」
「何言ってんだ、転生者のお前が言えたことか、それ。それに、お前にとっちゃあ、お前が殺した人間は蘇ってくれた方がいいんじゃねえのか?」
「……ッ!」
「まあいいや。んで、俺にとっちゃあ不思議でならなかったことなんだが———マナリミスじゃあ、相手を即死させるような攻撃方法は無かったのか?」
「ないはずが、ないでしょう……?」
「じゃあなぜその方法が主流になって、一撃で相手をぶっ殺す戦争になっていなかった? 仕留め損ねれば、回復されるんだろ?」
「……効率が、悪いのでしょう……。一撃、というのは難しいです。そもそも、相手側に損壊を与えるとしたら、まず治癒魔術のできる人間を狙うのが当然です……。ですが、当然術者には護衛が付けられています……。だから、最終的には、お互いに大した被害は出ませんでした……」
「――じゃあ質問だ。マナリミスに、重火器はねえな?」
そう。全く無いわけではないが、一般的なものではなく、普及もしていない。それは、地球内部での取り決めだ。マナリミスに重火器を輸出するのは禁止だと。平和のために、そういうことになったらしい。最近のことだ。
「……それが、何か」
「何かじゃねえよ。今でこそマナリミスに重火器を持ち込むメリットがねえから、地球人はそうしてねえが、戦争があったら、間違い無くマナリミスには銃とか、その辺の兵器が、その概念が、製造方法が持ち込まれていた。そうなっていたら、どうなっていた?」
「……まさか」
「戦争は泥沼化するだろうな。死人の数はもっと増える。現代の人間はロクでもないやつが多い。治癒魔術がどんだけ優秀かは知らんが、誰にでも扱える遠距離武器が登場する戦場で、死者を出さないで居られるか? 多分無理なんじゃねえか?」
「……適当なことばかり。いい加減にしてください」
「おっと、こいつは失礼。だが、あながち的外れじゃねえ。戦争ってのは金になる。そこに現代人が飛びつかない訳がない。マナリミスの人間に戦争をさせて、自分達はがっぽり。そうなりゃ死人はどんどん出るだろうな。それからは泥沼だ。憎しみが憎しみを生み、その裏で金持ち達は大笑い。――そうなるんじゃねえか」
「ですが……」
宵鳴はまだ何か言いたいことがあるらしいが、俺は構わず続けた。
「だが、マナリミスで戦争は起きていない。それはなぜか。なぜだと思う?」
「……やっぱり、奈桐さんはクズです」
「そうだ。お前が「二万人殺し」をやったからだよ。それが抑止力になっている。世界同士が繋がってから、そういうヤツが現れるようになった。たった一人で戦争を変えちまう存在。俺達はそいつを「転生者」と呼んでいる。……まあ、お前のことなんだがな」
宵鳴は口を閉じた。嬉しそうではない。そう呼ばれることは、宵鳴にとって楽しいことではないらしい。
「とにかく、総合的に見ればこっちの方が最終的に死ぬ人間の数は少ない。もしお前が「二万人殺し」をやってなけりゃ、結果的にはもっと多くの人間が死ぬことになっていた。悪意と金に振り回されてな」
マナリミスで戦争が起こっていないのは、間違いなく宵鳴の功績だと俺は思っている。どういうつもりでやったか、なんて知らないし、手段だって褒められたものじゃないが、世界を平和にするというのは、とんでもない手柄だと思っている。
「それでも……」
宵鳴は、まだ反論でもあるらしい。自分がやったことを後悔しているらしいからな。
「それでも! わたしがやったことはただの大量虐殺なんですよ! 止めてくださいっ! そんな風に、綺麗に飾らないで……! わたしが殺したあの人達を、死んで良かったって言うなぁっ!」
「……めんどくせえ。じゃあ何て言って欲しかったんだよ?」
「決まっています! そんなの、そんなの……。わたしは……ッ!」
泣きそうな宵鳴を俺は牢屋の前の椅子に座って眺めている。俺は二万人も殺したことが無いから、こいつの気持ちは分からない。ついでに言えば、分かる気もないし、ましてや慰めるつもりなど毛頭ない。
「……もしかして、許して欲しいのか? 無かったことにでもしたいのか? 殺したことを? お前が殺した奴らのことを? ……おいおい。まさかとは思うが、本当にそう思っているんじゃ無いだろうな。はっきり言うが、んなことを考えるヤツは全員並べてバカでアホだ。お前はどうだ?」
「……バカで、バカで悪いですか……! 許して欲しいって思って悪いですか。それは罪ですか、愚かなことですか! あの場所にいた人達に謝りたいって思うのは、バカですかぁっ!」
宵鳴は泣き叫んだ。ともすれば謝罪の声にも聞こえる。
謝りたくて仕方が無くて、謝れなくてどうすることも出来ない人間の声だ。
「滅茶苦茶だ。まともに筋も通ってねえ。自分本位な感情に過ぎねえじゃねえかよ。そんな風に後悔するんなら、どうしてんなことをしたよ。アホらしい」
「わたしだって、わたしだって……。殺したかった訳じゃありません……。やりたくてやったことじゃ無いんです、違うんです……!」
「違う。俺が言いたいのはそんなきれい事とか、建前じゃねえ。責めるつもりなんざかけらもねえよ。さっきから言ってる。お前のやったことは罪じゃなく、むしろ良いことなんだよ」
「違います、違います……そんなんじゃ」
「良いかよく聞け。お前はなにか分かっていねえようだから教えてやる。お前には力がある。お前は強い。だから――お前には権利があるのさ」
「……何が、言いたいのですか……。奈桐さんは、一体わたしにどうして欲しいんですか」
結局、俺は何が言いたいのか。
少し、イラついている。俺のことだ。
パーソナリアに来る人間――とは、平たく表現して、弱い人間のことだ。肉体的な意味じゃない。その意味とは、詰まるところ。
生まれた世界での痛みや苦しみに耐えかねて逃げてきた臆病者どものことだ。
自分の現実と向き合えず、立ち向かえず、逃げ場を求めた腑抜けどものことだ。
そういう奴らは往々にしてクズだ。自分の心も守れない、現実と戦うことから逃げた人間達だから、まともに生きることが出来ない。
「いいか。力に付随するのは責任や義務なんかじゃあねえ。それだけは勘違いしちゃいけないんだよ。強いヤツの権利ってのは、自由だ。自分より弱え奴らをどうするかっつー決定権だ。お前の、死ねっつー一言で、そいつを殺せる自由だ。お前がやるのなら、それは罪じゃない。権利ってのはそういうのだ。それはお前の責任じゃない。お前の自由で、権利だ」
特に「転生者」ってのは折り紙付きの弱者だ。
心があまりに弱すぎて、強く「ここではないどこか」を願いながら死ぬ人間の中から、たまに発生するらしい。そいつは違う世界に生まれ直す。どういう理屈かは知らないが、心の弱さと反比例するような超々強力な「力」を持って。
そのときの、前世の記憶ってのはいろいろなケースがあるらしい。すっぱり無くなったり、一部抜け落ちたり、全部覚えてたりする。
「だから、なあ。……ああクソ。さっきからなんなんだよ。ムカつくんだよ。なんだってそんなに受け身でよ、どうぞ殺したいなら是非殺してくださいってなツラしてんだよ。ムカつくんだよ」
そうだ。こいつはずっと怯えている。お願いだからこれ以上わたしをいじめないでっつー顔でこっちを見ている。
それが堪らなく苛立つ。
「……やめて、ください。……ごめん、なさい。ごめんなさい、ごめんなさい……わたしが悪いんです。わたしが弱いからいけないんです――。いつだってわたしが弱かっただけです。ほんとうに、ごめんなさい、ごめんなさい――」
何だって、こんなにも苛立つ。心がざわつく。
さっきから、古い鏡を見せられている気分だ。
親父に逆らえず、何も言えず、ただ染みついた恐怖が過ぎ去るのを待つ日々。心の表面では親父を憎んで、その実ただ怖がっていただけの、俺――が。
さっきから、うるせえんだよ。本当に――
「うるっせえんだよッ! 謝るんじゃねえッ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい……っ」
俺は、結局あの時どうしたかった。決まっている。
俺は変わりたかった。
だが出来なかった。俺は弱かった。
俺はどうしたかった? どうして欲しかった?
「てめえは、――てめえは何も悪くねえッ!」
「――ちが、わたしが、わたしが――っ」
「黙れッ! てめえが弱えことは、てめえが悪いってことの理由にはならねえ! てめえに罪なんか何も無え、無ねえんだッ!」
「――ちがう、違う! わたしが悪いんです、いつだって、わたしが――」
そうか。俺は――。
宵鳴の表情には、見覚えがあった。自分に原因を求めている人間の顔だ。だが、本当に自分に原因が無い場合、おかしなことになる。矛盾が生じるからだ。
そういう人間は、ちゃんと言われないと分からない。
「黙れっつってんのが聞こえねえのかぁッ! クソが、よく聞け、いいかよく聞け!
――胸を張れッ! ちゃんとしろッ! 自分を責めるな! てめえは悪くない! ……てめえは、生きてていいんだよ、……だから、ちゃんと背筋を正せ。小さくなる必要なんざねえんだからよ……」
誰かに認めて欲しかった。誰かに許されたかった。
「わたしが、生きてて、いい……?」
「そうだ。誰にも、それを拒む権利はねえ。その権利があるのは、お前より強い人間だけだ。んで、お前は一番強い。だからお前は生きて良い。……それでいいだろ。そもそも理屈なんて要らねえよ。誰も、他人が生きることに理由を求める権利はねえんだ」
「……わたしが、生きていて、いいのですか……?」
「いいんだよ。逆に、駄目な理由があんのかよ。人が死ぬべき理由はない。生きるべき理由もな。なら、好きな方を選べ。お前はどうだ?」
俺は牢の向こうに手を伸ばした。
「わたし、は……」
しかし、なかなかその手が取られることがない。……まどろっこしい。
俺は鉄柵の隙間に手を通して、その向こうに手を伸ばし、未だ床に座り込んでいる宵鳴の手を取った。
「いいから俺と来い。お前がお前を許せる日が来るまで、付き合ってやるからよ」
「……はい」
確かに、宵鳴は小さい声でそう返事をした。
感想、評価など、待っております。
と言うかこの主人公ェ……。