街角に潜む悪魔達へ-5
二限と三限は普通に座学。異世界の歴史と物理工学についてである。マジで何の学校かわかんねえなここ。
この学院———ロスマリアという場所は、主に異世界の人間と「新世代の子供達」を対象にした場所だ。目的としては、力の訓練や、それを生かして社会に必要な人材を育成する———とか、そういうの。俺はそんな感じのやつに興味が無いのであんまり知らない。
学院とは名ばかりで、ここは研究機関だ。地球側の人間と異世界側の人間が協力して作り上げた場所。研究成果が一体何に生かされているか———は、知らん。というか、一体何に生かすんだ、こんなの。
技術棟や魔術棟、訓練棟やら学生棟やらサークル棟やら、この学院は広い。縦にも横にも広い。人はめっちゃ居る。各棟から一週間に一回は煙が上がる。マジで何やってるんだろう。
俺は研究棟へと向かった。
研究棟とはいうものの、俺はここで何をやっているのか正直よく分かっていない。ほぼ全期間で治験のアルバイトを募集していたり、人体実験の被験者を超高額で募集していたりする真っ黒の場所であることは知っている。
そんな頭のおかしい場所に俺が訪れるには、目的がある。正面から入ると、清潔な白い空間と案内版が目に入る。ジャグリー教授の研究室とか、耐熱実験室とか、立ち入り禁止、とかそういう場所の案内をガン無視して、左へ。通路をあるいてしばらくすると、立ち入り禁止の文字を無視してドアを開け、階段を降りる。
というか立ち入り禁止とか書かれている割りに鍵はかかってないのか……。ガバガバセキュリティーじゃん。隠す気あんのか。まあ、特に無いのだろうが……。
俺はパーソナリアで結構な数の奇縁を結んだ。それはソートクランや折宮もそうだし、八法院や日々屋ともただのクラスメイトという間柄でもない。タオさんについてもそうだ。
まともな出会い、とは何だろう。人と人との出会い方というのは人それぞれだろうが、その中でまともな出会いと呼べる出会いをした人間はどれだけいるのだろうか。
俺はそんな風に人と出会ったことはない。パーソナリアに来てからは尚更。
「宵鳴―。居るか。居たら返事しろ」
階段を降りて、照明がないはずなのに薄ぼんやりと明るい部屋へ降りる。縦と横に狭く、奥に広い部屋。椅子やテーブルがあり、その他には自販機があったりする。そしてその奥には———牢獄。鉄格子の向こうには人が最低限度生活可能なスペースがあり、ベッドの他には一切何もない。彼女一人を除いては。
「……あぁ、奈桐さん。こんにちは」
「よう」
彼女は強固な手錠を嵌めていて、部屋の隅で体操座りをしていて———おそらく、戦いというカテゴリにおいて彼女に敵う人間は、兵器は、生物は、存在は、ない。
彼女は宵鳴莉々亜。
世界間転生者である。
「久しぶりだな。元気か? ちゃんと飯食べてるか?」
「わたしは精霊の祝福を受けているので……。ご飯は必要ありません……」
そうだった。気まずくなる前に俺は言葉を続けた。
「それでもだ。ちゃんと飯は食べねえと気持ちは良くならんだろ。飯は良いぞ。旨ければそれだけで幸せな気分になる」
「そう……でしょうか。でも、わたしには必要無いのに、わたしが食べるということは……それは、ご飯を無駄にしていることにならないでしょうか……?」
そうだったこいつ死ぬほど後ろ向きなんだった。陰鬱に、小さい声で喋る宵鳴はかなりヤバい精神状態であり、なかなか重たい過去を背負っている……多分、知らんけど。
「無駄じゃねえっての。いいか、お前の為にも、飯はちゃんと食え。その方がいい。何なら俺が作ってきてやる」
「奈桐さんが……? いいのでしょうか……」
「お前がそうして欲しいならな。どうだ?」
俺が彼女とこうして話すようになったのは、偶然だ。俺のバイトで一度この場所に配達をすることがあった。俺は指定の場所、研究棟まで来たのだが、依頼人が見当たらなかった。依頼人は研究に夢中で、荷物のことはさっぱり忘れていたのだ。
俺は依頼人を探すことにした。そして最初に探したのが、この部屋。関係者以外立ち入り禁止の文字は俺にとってなじみ深く、避ける理由にはならなかった。それに、依頼人を探すという目的にかこつけて、俺はこういう場所を見てみたかったのだ。
俺が階段を降りていって、牢屋に入っていたのが彼女。それがまあ、出会いと言えば出会いだろう。
改めて依頼人にブツを渡し、彼女のことについて質問してみた。依頼人は立ち入り禁止の部屋に俺が入ったことをさして咎める風でもなく、こう言った。
『彼女のことは、我々も扱いかねていてね、何なら君が引き取ってくれても構わんのだが』
彼女の素性を知ってから、俺は彼女のところによく訪れて、話をするようになった。つっても宵鳴は滅茶苦茶ネガティブで、暗いので俺も頑張っている。
「奈桐さんのご飯……。少し、興味があります」
「よっしゃ決まり。じゃあ明日の朝飯から弁当作ってきてやる。ちゃんと早起きしろよ」
ちなみに、彼女は手錠をされているが……。手錠というか、「新世代の子供達」用の超強力な拘束具だ、が。宵鳴にとってはファッションのようなもので、その気になれば発泡スチロールのように千切る。
彼女は転生者であり。
二万人を僅か十分間で殺した個人である。
その後バイトに励み、俺は憂鬱になりながら我が家に帰ってきた。
「…………ただいまー」
「お帰りなさーい!」
折宮未樹である。ポニーテールを揺らしてわざわざ玄関先まで。俺は引きつった笑みを浮かべた。
「なっとーなっとー、今夜は私達から大事な話があるのよ、ちゃんと聞いてね?」
「……おう。そうか、分かった」
俺は靴を脱いだ。帰り際買ってきた食材を冷蔵庫に仕舞う。あることに気づいた。
「折宮、プリン食ったか?」
「うん。ダメだった?」
「いや、ダメじゃない。ここはお前らの居場所だ……。別に好きなようにすればいい……」
俺は確かにそう言った。別に勝手に何をしようと食べようと構わない……が。
馴染みすぎでは?
「……うん! 分かったわ!」
そう言い残して折宮はパタパタと寝室———あいつらの部屋だ———へ走って行った。何だったんだろう。
居間ではソートクランが読書をしていた。ソートクランはこちらに気づいたふりをすると———気づいたふりというのは、こいつならば俺が返ってきた瞬間に俺の存在に気づいているはず———こちらを向いて、
「おかえりなさい、ツルギ」
おかえり、とそう言った。
「………………おう、ただいま」
俺はそう返すしかなかった。
晩飯はコロッケである。前まで飯の時に会話は一切無かったが、今は違う。
「あたしねー? マナリミスの方のエリアに今日行ってみたんだけど、やっぱりアレだね。文化が違うよねー」
「すげー今更感があるな、その台詞。まあ確かに、マナリミスの方とか用事でもねえと全く関わらねえし。まあ俺はよく行くが」
「私にとってはこちら側の方が驚きの連続だったけれど。なぜ建物をこんなに高く建てるのだろう、とずっと疑問だったわ」
「そりゃあまあアレだろ。バカと煙はなんとやらってやつ」
「……聞いたことのない言葉ね。どういう意味なの?」
「あー! あたし知ってるよ! バカと煙は高い場所が好きだーって意味なんだよね」
「まんまそのままだな。バカと煙は高いところが好き。ことわざかどうかは知らんが……。まあ普通に考えて、ビルをんな高く作る意味なんかほとんどねえよな。まあ、目立ちたがり屋のヤツが作ったんだろ」
たぶん。
唐突だが、マナリミスとは異世界の名前である。以上。
「そういやソートクラン、お前読書してたみたいだが、何を読んでたんだ?」
適当に話を振ると、ソートクランが不満げな顔をした。
「……その、ファミリーネームで呼ぶの、止めて貰っていい?」
「あ、あたしもそれやだ。折宮じゃなくて未樹でいいよぉー」
「……そうか。ならそうするが……」
以降二人の呼び名をノレイと未樹に改めることにする。下の名前で呼んで良いってんなら遠慮無く。その方が仲良くなれそうだが……なんでこいつらこんな心開いてんだろ。むしろ怖えよ。
ぺちゃくちゃと喋りながら、夕食は終わった。
正直に言えば、楽しかった。誰かと楽しげに話ながら晩飯を食べたことは、俺にとって初めての体験だった。
「それで?」
皿を洗い終え、テーブルに座る。二人とも同じように座っている。
「んー?」
「いや、大事な話があるっつったのはお前だろう。話してみ」
「ああそうだった。あたしったらうっかりさんだなー。……その、一応ね。話しておこうと思って。あたしたちのこと」
「それと、あなたのことも。居場所となる人のことくらい、知りたいわ」
「ああ、そういう話か。分かった」
そうして、俺は二人の身の上話を聞いた。
「じゃあ、まずあたしから行くね。
あたしがパーソナリアへ来たのは、捜し物を求めて。
パーソナリアにとある物を探しにきたの」
……うん、思ったより普通のことだった。
なっとーってたぶん、あたしと同じ第三世代だよね。じゃあ分かると思うけど、だいたいの子っていろいろ面倒なことになるじゃん。捨てられたり、いじめられたり、迫害された子の話も聞いたことある。
あたしもそういうのがあったんだけどね、家族はちゃんとあたしのことを受け入れてくれてたんだ。あたしが七歳くらいまでのころはね。
あたしね、弟いたんだ。可愛い弟でね。すごく素直な弟だったんだけど———あたしが一緒に遊んでるとき、ちょっと力加減間違えちゃってね。大怪我しちゃって、そのまま死んじゃった。
子供って簡単に死んじゃうんだって、そのとき理解したんだけど、後悔したって遅かった。
それでついにお父さんとお母さんに罵声浴びせられて、あたしは県外の施設に行くことになった。
それからはかなり荒れててさ。学校でちょっとあたしにムカつくことしたヤツから順番にかるーくお仕置きしていった。怪我はさせなかったよ。心のほうは知らないけど。
夜の街ぶらついて、声掛けてきた男を死なないくらいにいたぶるのが当時の趣味。警察も来たけど、第三世代が普通の人なんかに負けるはずはなくて、警官十人くらいを全員病院送りにしたの。
あれは面白かったなあ。それから一週間くらいはニュースはそのことで持ちきりだった。そのせいでもっと「新世代の子供達」へのあたりはきつくなっただろうなあ。
それで来たのが第一世代の人。あたしはその人にぼっこぼこにされた。小学校の頃の話よ。
最終的にあたしはその人の弟子になって、戦い方を教わるようになった。
力の使い方と、使い道を教わったの。
でもね、あたしは納得出来なかった。だって、酷い話だよね。周りの子たちがあたしよりずっと弱かっただけなのに、あたしはそれだけでわるもの扱いなんだもん。
あたしは師匠に鍛えられて、すっごく強くなったし、むやみに普通の人に暴力を振るうことは無くなったわ。でも、あたしはいっつも不満だったんだ。
あたしにあるのは、第三世代としての力だけだったから。それ以外になんにもなくて、楽しいこととか、嬉しいこととか、そんなの何も無かった。
それで思い出したのは昔のこと。あたしはちっちゃい頃は幸せだったなあって思って、なんとなく一回あの家に帰ってみたかった。もちろんお父さんもお母さんも、あたしのことをよく思っているはずは無いんだけど、あの家に行ってみれば何か楽しいことが分かるかもしれないって、とにかくそう思ったわ。
だからあたしは帰省……って言って良いのかな。まあ、帰ったの。
あたしの実家は田舎にあった、おっきな家だった。それで、あたしはもう死んじゃったおじいちゃんの部屋に入ったの。死んじゃってからはほとんど片付けられてたけど、あたしは隠し場所があることを知ってた。おじいちゃんが昔、あたしにその場所を教えてくれていたから。それで、あたしはなんとなくその場所を確かめたんだ。
そこにはおじいちゃんからの手紙が入ってた。
なんでも、折宮っていう家にはある遺産があったんだって。マナリミスに由来するものじゃない、地球原産の異能。それに関わるものを、折宮は代々受け継いできたんだって書いてた。でも、マナリミスと地球が繋がってから、おじいちゃんはその遺産をお父さんとお母さんに隠した。
そんな状況になってからは余計な火種はない方がいいって考えたみたい。
だからその折宮の遺産は永遠に現れることはないはずだった。けど、あたしが生まれた。
おじいちゃんは、第三世代であるあたしには、その折宮の遺産がふさわしいんじゃないかって考えた。だから大きくなったらあたしにそれをくれるつもりだったんだ。
だけど、あたしが弟を殺して、状況が変わった。結局おじいちゃんはあたしが家を追い出されてすぐ死んじゃった。だからおじいちゃんは、いつかあたしが手紙を見つけてくれることを信じて手紙を書いた。
この部屋のもう一つの隠し場所に、それを隠して置いたから、見つけることが出来れば折宮の遺産は未樹にあげよう。そう書いてあった。
あたしは力を発動させて、空間の隙間を調べて、もう一つの隠し場所を見つけた。
おじいちゃんの趣味で、畳の下に空間を作ってた。そこに折宮の遺産は隠されていた———はずだった。そこには何も無かった。その場所以外に隠し場所は存在しなかった。何度も調べたから間違い無かった。
あたしはお父さんを問い詰めた。何か知っているとしたらお父さんかお母さんだと思ったの。
お父さん驚いただろうなあ。いきなり娘が現れて、折宮の遺産は何処だー、なんて言い出したんだもの。
結局、お父さんは偶然隠し場所を見つけて、折宮の遺産だということを知らずに、売り払ったんだって聞いた。おじいさんが隠していた物だから、それなりに貴重なものだろうって考えて、鑑定に来た人に安く買いたたかれたって。
あたしはお父さんを死なない程度にぶん殴って帰った。
その頃はもう中学三年生で、卒業が近かった。高校に行く気もなかったあたしは進路を決めてなかった。だから、あたしはパーソナリアに行くことにした。
パーソナリアにはあらゆる物が集まるって話を聞いたことがあったから、ここなら折宮の遺産が流れ着いてるんじゃないか、って思った。
でも、お金がすぐに無くなっちゃってさー。ご飯も食べられなくなって、ふらふらになりながらさまよってたのよ。それで、あたしと同じぐらいの女の子が倒れているところ見ちゃってさ。あたしの人生で初めて、誰かに手を差し出した。
それで、ノレイと出会って、なんとかレミーさんに拾われて、今に至るって訳だよ。
感想、評価お待ちしてます。
酷評も覚悟してます。