街角に潜む悪魔達へー4
翌朝からは早かった。デレの加速度が、である。
俺こと奈桐剣の朝は早い。別にこいつらが転がり込んでくる前も早かったが。
六時起床。朝飯を作る。日本式だ。折宮はともかく、ソートクランも日本食に文句を言わない当り、旨いと思われているのだろう。自慢するが、俺の飯は割と旨い。
パーソナリアでは貴重な部類に入る魚料理を一週間に三度食うために俺はめちゃくちゃ頑張ってバイトをしている。ついでに白米を毎日食べるために俺は以下略。
朝食と平行して俺の弁当と二人の昼食も作っておく。
パーソナリアで日本の白飯は非常に貴重だ。パーソナリアにはバカみたいな量の文化があふれかえっている。混交しすぎてそれ自体がパーソナリアの文化になりつつある。その中で日本の白米を売っている店は貴重だ。米っつったら大抵はタイ米とかそんなんだ。日本からパーソナリアへ輸出されてる米の量は少ない。日本の米を見つけるのに情報屋まで使うハメになった。
んで、料理をしていると割と早起きの二人が起きて居間に出てきた。
これまでは、二人は俺と顔を合わせる時間を最小限にしていて俺の飯が出来上がったタイミングで部屋から出てきていたのだが、料理中に居間に出てきたのはこれが初めてだ。しかもこれまた驚くべきことに———
「お、おはよう……」
「おはよー」
「…………おう。おはよう」
朝の挨拶、だと? 次元が違いすぎる。俺は三秒間フリーズした。
その後我が目を疑った。ソートクランが寝ぼけ眼をこすって洗面所へ歩いて行ったのである。折宮はその後ろをあくびしながらついていった。
いやいやいやいや———。え? いや、え? ……え? 変わりすぎでは?
その後二人は顔を洗うと居間のテーブルに着いて、ソートクランは本を読み始め、折宮は———こちらに歩いてきて、俺の作業風景を観察している。
「……………………なんだよ?」
俺は二人のあまりの変わりように言葉がそれぐらいしか出てこなかった。折宮は、これまた珍しく、というか初めて見たのだが———笑みを浮かべて———答えた。
「いやー? べっつにー?」
にしし、と笑ってこちらを見ている。
俺は戦慄した。
これは———何だ———何が起きている———? ここは———こいつは———誰だ……?
そのぐらいの変わりようである。俺は今日自分が死ぬんじゃないかという疑問を持った。
とにかく俺は折宮がこちらをじーっと見ている現状が恐怖でしかなかった。チラッと折宮を見ると、折宮はすぐにそれに気づいてにこっと笑った。俺は一刻も早く朝食が出来上がることを祈った。
俺は思わずソートクランを見た。読書をし始めていたはずだったが———目が、合った?
ソートクランは一瞬で目を逸らした。そして何事もなかったかのように図書へ視線を落とした。
俺は折宮の方を見た。折宮は悪戯っぽく笑った。俺は恐怖した。
俺は、今日死ぬのかもしれない。
きちんといただきますと手を合わせて食事を始めた二人を前にして出来ることは何もなかった。俺は俺が今日死ぬであろうことを理解した。そして食事中に雑談を仕掛けてきた折宮に対して俺はあまりに無力だった。
「ねえねえなっとー? このご飯のお魚ってさぁー?」
なっとー。俺の呼び名らしい。俺はもうどうして良いか分からず、遺書の文面を考え始めた。脳味噌が死んだので俺は脊髄で返事をした。
「ああ。鮭だな」
「やっぱり! 懐かしいなぁ。わたし小さい頃これ大好きでねー?」
「———やめなさい、未樹」
よっしゃナイスだソートクラン。クールで温度無い感じ保ってこ?
「はしたないわ。確か日本では箸を相手に向けてはいけないのでしょう? それに、もう少し落ち着いて、もっと綺麗に食べなさい。せっかくツルギがつくってくれたのだから」
あかん。終わった。俺の人生十七で終わり。終了。ゲームセット。おわり。
ソートクランは柔らかい言葉で折宮の食事マナーを諫めた。俺が呆然とそれを眺めているのに気がつくと恥ずかしがるように顔を背けた。
はーい、と少し拗ねたように、しかし嬉しそうに返事をした折宮の声を聞いてから、俺はそれからのことを覚えていない。
恐らく皿を洗って制服に着替え、登校したのだろうことは推測がつく。気がつくと一限目の授業が始まっていた。
俺はいつも通り中層から走る空中バスに乗って登校した様な気もするし、何かを叫びながら地表五百メートルを飛び降りた様な気もする。
俺は正気を失っている。
「———い。おーい奈桐? 大丈夫か?」
———いや。
「大丈夫じゃないな。ちょっと俺の名前言ってみてくれる?」
「納豆菌だろ?」
「表に出ろ。殺してやる」
俺は正気に戻った。現状を把握する。一限の、実習らしい。魔術体系の実践授業で、目の前で講師が実際に魔術を使って見せている。ファンタジックな詠唱とか、やたら仰々しい魔方陣とか、そんなエフェクトがついているせいでやたら派手だ。出来る人は無詠唱で、魔方陣も無しノータイムで出来るらしい。当然そこの講師も出来る。
俺は俺に言ってはならないことを言い放った隣のヤツに聞いてみた。
「なあ日々屋。あいつどんな感じの過去よ?」
妙な質問だろう。それが日々屋に向けるもので無いのなら。見た目だけなら陽キャになりきれてない陰キャだが、こいつの「新世代の子供達」としての能力はなかなか特殊で———凶悪だ。種別は俺と同じ第三世代。だが、もはや完全に別物だ。
「んーと、やっとの思いで手に入れた恋人をイケメンの英雄に寝取られてんな。……うわ。エグ、え、マジで……? ちょ、やべえやあのおっさん業が深すぎるだろ」
最初は笑っていた日々屋が、段々と真顔に変わり、次第に青くなっていく。何視たんだよ、怖えよ。お手本と理論の説明が終わり、魔術の個人練習に入る。教師として教える能力は高いので、俺もなんか理論を理解できている。出来そうな感じだ。
「最終的に大いなる少年愛に目覚めてるらしい。毎週末孤児院を訪れて結構な額を寄付してんな。子供達に慕われるいい大人だぜ。人生は深いな」
日々屋の能力は———過去視。それと微弱な未来視。チートである。
その気になって一目見るだけでそいつの過去がほぼ全て視えるらしい。そんでもって性格は最悪である。人のそういった弱みに容赦無くつけ込むタイプ。クラスで俺以外に友達はいない。
別に俺は過去を知られようとあんまり気にならないので問題はない。頭ん中で何を考えてるかが分かるわけでもないし———こいつはかなり使える人間だ。
こいつの能力はそれだけに留まらない。超強力、絶対記憶まで持ち合わせている。一度見聞きしたことを絶対に忘れないのだ。
過去視の対象も人だけに留まらない。物に対しても発動可能だ。だからこいつがその気になって街を歩くだけで、こいつは歴史の教科書になる。
「それより納豆。お前なかなか面白そうな状況になってんじゃねえかよおい」
「ああ? あれを面白そうとか、お前頭おかしいんじゃね? 医者に診て貰った方がいい、何ならそのまま死んだ方がいいな」
「余計なお世話だぜ。はー、羨ましいわー。俺もあんな美少女二人とお近づきになりたいぜ」
「お前は記憶と能力を全部捨てて生まれ変わらないと一生無理だな」
俺はそう言い残して前へ歩き出た。実習を受けようということだ。魔術、全く異なるこの分野は中々面白い。
魔術実習棟はどんな事故が起きても言いように滅茶苦茶頑丈に出来ている。八法院でも壁をぶち破るのに二分程度かかるレベルで硬い。いや、二分で破れちゃうのかよ。でも俺程度だと一時間かかっても難しいし、十分過ぎるくらい頑丈だ。学校内で魔術を使う場合、原則として魔術棟内でしか使ってはいけない。
見た目はただの広いスペースと黒板だが、優秀な部屋なのだ。
『八点を為す炎』
俺は魔力を炎に変換して詠唱した。魔術行使の結果出現したのは———赤い、長方形の箱。
「……何だそりゃ。現象化……なのか? へんてこりんだな」
「いや、別に遊んでみただけだっての。面白いよな。炎の魔術は燃えるってのは俺達の勝手な固定観念だ。木を燃やしたら火が燃えるから炎も燃えるだろうっつー勝手な思い込みだ。別に魔術属性の火もそうだっつー証拠でもないのにな」
「器用だね、奈桐は」
八法院が混ざって来た。俺は出現させたレンガみたいな箱を持ち上げた。質量はない。
「そうだろ? 理論的な体系に見せかけて、魔術ってのはただの発想力とイメージ力の問題っぽいからな。俺と相性がいい」
「王子様ぁ? お前はやんねーのかよ?」
日々屋が八法院に絡んだ。端からみるとめっちゃうぜえなこいつ。
「ふん、僕が魔術に関してからっきしなのを知っている癖に」
「だから言ってんだよ———」
八法院は日々屋を嫌っている。日々屋も八法院を嫌っている。俺は正直野郎同士の絡みなんぞに興味は無いので、遊びを続ける。
レンガを空中に投げて、想像で真っ二つに切る。現実でも同じことが起きる。その二つに分かれた真っ二つを更に二等分するように———切る。切る。切る、と———。
最終的に、赤いサイコロが何十個も空を舞うことになる。未だ空に散らばったままのそれらに———
『着火』
爆発するイメージを加えると、ボンッ、という小気味いい音と共にサイコロが爆発して、熱風がこっちまで届いた。適当にやってみたが、案外行けるもんだ。
「はーん、変なやり方だなァ。そんなこと出来んのなら、普通にビームにして撃った方が威力は高くね?」
「良いだろ別に。こういうのは気持ちの問題なんだよ」
「目眩まし程度にはなるかな———」
俺の遊びは八法院に軽く切って捨てられたとさ。
感想、評価等、待ってます。