街角に潜む悪魔達へー3
俺はその晩襲撃を受けた。
俺が一人暮らしをしている家は、パーソナリアでの都市部、ビル群の中層部、外縁に位置する。上層部は架かった橋が地面の様になっている、というのはその通りだが、ビル中層部も割とそんな感じである。
中層部、地表からなら三百メートルぐらいの場所だ。一般人なら落ちて死ぬが、俺の様に「新世代の子供達」や異世界の人間とかなら半殺しくらいで済む。いやそれで済むのかよ……。
ビル群はお互いに繋がりあい、一つの生活圏を作り出す。地表に降りなくても生活できるように、中層部には生活のための施設がある。上層部のことをとやかく言えない。
とにかく、俺は中層部の外れ、経済的には中の下くらいの人間が住む居住区の一つに住んでいる。一人暮らしには多少広いが、俺は気に入っている。
で、そこが襲撃を受けた。鍵付きの強固なドアが壁を引き剥がすようにぶち破られ、襲撃犯は悠々と土足で踏み込んできた。おいふざけんな、ここは日本式だ靴を脱げ。
「命だけは勘弁してくれないか」
俺の台詞だ。情けねえとは思わないのか俺。いや、思わない。俺は自分の命は大事にしたい。
「それはあなたの行動次第」
襲撃犯はそう突きつけた。何を隠そう、昼間の二人組である。
ノレイとミキ、だったか。そいつらは俺の首元にナイフを突きつけてこう言い放った。
「この場所を譲り渡しなさい。そしてこの場所から出て行きなさい」
ふざけるな、と俺は思ったが、パーソナリアは弱肉強食である。法よりも、力を持つ個人の方が強いのである。だが、俺だってそう易々と俺の城を渡す訳にもいかない。
「まず理由を言え。場合によっちゃあお兄さん許してやるから」
「ふざけないで。殺すわよ?」
昼間俺にナイフを突きつけてきた女が言うと説得力がある。俺は脅しには屈しない。震えた声で強気に出る。
「俺にだって生活がある訳よ。それの基盤がぶっ壊れるんなら、その理由くらい知っておきたいだろ」
「ふうん……。いいわ」
性格最悪の女が鼻を鳴らした。俺はキレたかった。
「昼間私たちの家が襲われたの。それで私たちの家はお店と一緒に壊された。あんまりお金もないから宿は取りたくなかったし、レミーさんに迷惑もかけられないから、お店が直るまでは、私たちの寝床は私たちでなんとかすることにした」
「そうかそうか。それは偉いな。それで?」
俺は続きを促した。続きは語られなかった。
「……?」
話は終わりだ、という風に目の前の女は口を閉じた。
「え、終わりか? もしかしてそれで話終わりかッ!? どうやってこの場所を割り出したか、とかそういうの一切ナシかッ!?」
「そうよ」
俺はキレた。
「ふざけんな! なんとかする、っつーふざけた理由で俺の家が奪われて堪るかっての! てめーら本当に人間かッ!」
「うるさい。———黙って」
俺は黙った。喉にチクってナイフが刺さったからだ。俺はこいつら二人に勝てるビジョンがまるで浮かばなかったのでなすすべがない。こんなふざけた理由で俺は家を奪われるのか?
「ノレイ、もう良いんじゃない? こいつ殺そう?」
「そうね」
「ちょっと待て! 分かった妥協案がある、俺を殺すのはそれを聞いてからでも遅くねえ!」
ノレイと呼ばれた方の、昼間俺にナイフ突きつけた方は俺の言葉を無視してナイフを振りかぶった。流れるように鮮やかな動作。達人のそれだ。俺は叫んだ。
「———お、俺がてめーらと同居するってのはどうだ!」
俺自身、自分が何を、なぜ叫んだかはよく分かっていない。だが、このまま殺されるのだけはごめんだ。この場所を奪われるのも。
さすがの台詞に二人の動きが止まった。
「……は?」
「俺だってここを追い出されるのは嫌だ! だがお前らはこの場所が欲しい! だったら二つとも叶えられる手があるだろッ」
「……ふざけてるの?」
「そんな訳ねえだろ大真面目だ! じゃあこんなのはどうだ、てめーら性格最悪だしぜってー料理とか出来ねえタイプだろッ、金もねえと来た! じゃあ無料でここに住んでいいし、朝飯昼飯晩飯俺が作ってやるよッ!」
正直に述べれば、俺は何も考えていなかった。俺は確かにここを追い出されたくなかったし、殺されるのも嫌だった。ならばどうにかしてこいつら二人を追い出すのが最善だ。
そんな俺の言葉とは裏腹に、口ばかり動く。
「どーせてめーらパーソナリアに来るようなヤツだッ、ロクでもねえ経歴とか、ロクでもねえ目的とか持ってんだろッ! 俺だってそうだからなァッ! 襲撃されたんだってなァ! つまりそれされるようなことをやって来たってことだろ!」
二人が明確に怒りを覚えたのを確認した。図星だということだ。ここでやめるならば俺の命は無い。
「大体そういうやつに共通してることがある! ———根無し草なんだよてめーらも俺も! まともな育ち方してねぇーんだッ、だからなぁッ!」
ノレイが俺を殺す体勢を取った。俺は殺される前に最後の一言を叫んだ。
「———だから、俺がてめーらの居場所になってやるよッ!」
……俺、今、なんてった? なんか訳分からんこと叫ばんかったか?
さすがに、二人の動きも止まった。困惑している。ショックがでかい。俺もショックだ。自分の口からまさかこんな台詞が出てくるとは思わなかった。
「……どういうこと?」
ノレイが聞き返した。俺は唾を飲み込んだ。一度吐いた唾は呑めない。俺は口を動かすしかなかった。
「……そのままの意味だよ。てめーら、ミレーさんってヤツに今回散々迷惑かけたみたいだろ。てめーらとミレーさんってやつがどういう関係かは知らないが、今回の一件で、まあそうだな———居心地が悪くなったんじゃねえか?」
「———っ!」
図星だな。俺は口を回した。
「だから、だ。そんなお前達の新しい居場所になってやるってんだ。どうだ、悪くない条件だろ」
……さすがに、言葉を失っているようだ。
そりゃそうだ。俺だってそうなるだろ、同じ立場なら。
もう俺から言うべきことはない。これでダメなら俺はなんとかこいつらから逃げ切らなければならない。
静寂。俺の心臓はさっきから仕事しっぱなしだ。全身がすっと冷えていく感覚。さっきからそればっかりだ。冷や汗だって収まっていない。
「……未樹。どうしよう」
「そうだね。……どうしよう」
意外なのは、こいつらが俺の言葉を戯れ言と切って捨てないところだ。こいつらもかなりの強者とはいえ、外見の通りあまり年齢が高くない。力はやばくても精神は年相応ってところか。よし、ダメ押した。
「じゃあ試験期間を設けようぜ。一週間くらい暮らしてみて、それでも俺が居場所にふさわしくないってんなら俺は大人しく出て行く。てめーらに力で敵いそうにないしな。そんなところでどうだよ」
ノレイと未樹は顔を見合わせた。
「じゃあ……それで」
どちらかがそう答えた。
俺は助かった安堵の息を吐いた。た、助かった……。殺されずに済んでマジで良かったマジで。
かくして、俺は別室の床で寝て、性格最悪二人組は俺の寝ていたベッドを奪って寝た。ドアが壊されたせいで夜の冷気が入ってくる中、俺は生きていることをかみしめてソファーでぐっすり寝た。
*
その日から、俺は美少女二人と同居することになった。これだけ書けば最高の状況だが、現実はあんまり甘くない。なんせあの二人は笑わんのだ。俺が早起きして作っているそこそこ旨い飯を食っても、テレビを見ても、俺が頑張って作った結構旨いカレーを食っても、ごちそうさまも言わん。親の顔が見てみたいレベルだ。
おまけにそれを注意すると、
「なぜあなたにそんなことを言われなければならないの?」
と冷たく突き放された。ふざけんなマジで、と言いたかったが俺は怖かったのでそれ以上何かを言うのをやめた。なんせ怖かったし。怖かったし。殺されるかと思った。
それと文句ばっかり言う。部屋汚いだの狭いだの風呂が狭いだの汚いだの、もっといい部屋に換えろだの立地が悪いだの、ちゃんとお昼ご飯も作れだの、お小遣いちょうだいだの言いたい放題である。
部屋も風呂も汚いのは仕方のないことだろうが、男一人ぐらしなんてそんなもんだろ、部屋は金がないからこれ以上良いところはないし、立地も安かったんだから仕方ない。立地が良い場所にある部屋はもっと高くなるし狭くなる。でも昼飯を作れないのは悪いと思っている。でも仕方がない、学校があるのだ。それを言われた日から昼飯は作り置きをするようにしている。あとお小遣いは無理。マジで無理———だが、ちょっとバイト頑張っていたりする。俺には荷が重そうな重要案件を任されることがあって、それの実入りが良かったので、俺は身を切る覚悟でお小遣いを二人に渡した。
マジで、マジで例の一つも言いやしねえ。あの二人。無言で受け取っただけだった。俺はキレて良かったが、鋼の意志で我慢した。俺は寛容なのだ。
男女が同居する以上、エロいこととは切っても切り離せない。だがよしんば俺があいつらを襲った場合、俺は難なく返り討ちにされて死ぬ。そのことについては何も言われていないが……。あいつらに与えた部屋、まあ俺の寝床なのだが、俺がその部屋の前まで歩いていった段階で俺の存在を察知されて
「何の用?」
と扉の向こうから聞かれた。化け物だ。
居場所となるからにはある程度相手のことを知らなければならないと考えた俺は適当な時間にあいつらと話をしようと考え、奴らの部屋を訪れた際の出来事である。そのことを告げると、素っ気なく、
「そう」
と返されて帰らされた。俺は泣いても良かった。でも泣かなかった。俺は強い子。
かけらも色気のない生活が続き、俺もあいつらもそれなりに慣れてきた。
同居が始まって、なんだかんだで二週間が経とうとしていた。
あいつらが俺を追い出そうとする気配は、まだ無い。
そんな夜の出来事である。
俺は学校から帰ってきた。同居が始まってするぶっ壊されたドアはすぐに修理してもらったので問題は無かった。良かったすぐ直って。まあ、金はかかったが。
「ただいま」
同居が始まってから、俺はこの言葉を言うようにしている。なんとなく、何も言わないのもなんかなあ、と思ったためだ。
俺は朝から夕方ぐらいまでは学校とバイトで家に居ない。だから俺はその間あいつらが何をしているか知らない。聞いて見たが、あなたには関係ない、とのこと。マジでにべもない。居場所とはなんだったのか。
返事はない。靴を脱いで俺は上がった。日本文化をあいつらに適用させるのに三十分かかった。大変だったマジで。
居間に入ると、男が三人気絶していた。え?
え?
「襲撃があったのよ」
「うおぁあッ!?」
いきなり背後から声がかけられて俺はめちゃくちゃビビった。俺とて「新世代の子供達」、人間の気配くらい感じ取れるが故に、誰も居ないと思っていた背後から声をかけられてめちゃくちゃビビった。
「んだよお前らかよ、驚かせんなマジで……」
何のことはない、ノレイがそこに立っているだけだった。その隣にミキもいる。
二人とも服装は動きやすそうな軽装で、汚れや、戦いの後はない。つまり瞬殺だったということだろう。
「馬鹿な奴ら。あたし達には勝てないって、分かってるはずなのにね」
お、おう。そうか……。俺は床に転がる男どもに視線を移した。どこからどう見てもそこらへんにいるゴロツキだ。モブとも表現する。
「私達と生活すると、定期的にこういうのが来る。———それでもいいの?」
「んぁ? 変なこと聞くなよ。俺はてめーらの居場所になるって言っちまったし、どうせこんなのが来てもお前らがすぐ倒すだろ? 特に問題はないだろ」
何の気なしに漏らした一言。
「———」
「さって、晩飯でも作るか。なんか食べたいもんあるか? あー、いや。その前にそのゴロツキ外に捨てて来てからか」
俺はゴロツキを肩に担いで二人の側を通り過ぎて外へと向かおうとした。そういえば襲撃があったという割りにはドアは壊されていなかった。襲撃者どもには、その点だけ感謝だ。
「……なんで?」
「……どうして」
「あん?」
二人がそう呟いた意味が分からず、俺は聞き返した。
「どうして、私達にそこまでするの? 私達はあなたの言ったとおりのロクでなしよ。恨みを買うようなことばかりしてる。あなたにも、まともなことをした覚えはないわ。どうして、そんなに優しくするの?」
ノレイは張り詰めた声で、俺に詰問するように訊いた。俺は答えた。
「別に、俺は優しくしたつもりは無いが。俺は命握られて、その代わりにこの場所をお前らの居場所として差し出した。逆に訊くが。それじゃダメなのか?」
「良ければこんなことは訊かないよ。だって、だってあたし達は———君の名前だって知らないし、あたし達も名乗ってさえいないんだよ? なんで?」
今度はミキが硬い声で俺を問い詰めた。そういや、こいつらって俺の名前知らないんだっけ。俺もこいつらの本名は知らない、が。
「それは、お前らの居場所として必要なことか? 言っちゃ何だが、別に名前を知らなくたって会話は出来るし、飯だって作れる。確かに俺はお前らのことを何も知らない。だがまあ、別に話したくないこともある。教えたくないこともあるだろ。前、一度俺はお前らと話をしようとしたことがあったが、無念にも俺は素っ気なく断られてしまった。まあ責める訳じゃねえよ。話したくなかったんだろ? そんなら別に良いんだよ、それでも」
両二名はかなり驚いている。無表情で驚くという器用な表情である。
俺は俺の理想を語った。
「居場所ってのは、そいつのことを根掘り葉掘り聞かない。そいつのあるがままを受け入れてくれる場所だと、俺は思っている。それでダメだってんなら言ってくれ。ちゃんとその通りにしてやるよ」
俺は格好付けてゴロツキを担ぎ直し、ゴミ捨て場に捨てようと外へ向かおうとした———
「待って」
なんだよせっかく格好付けているのに邪魔すんのかよ、という思いとともにノレイへ顔を向ける。ノレイは珍しく柔らかい声で、遠慮がちに呟いた。
「私も、やる」
その言葉に結構驚いた。マジかよ。
「わたしも、手伝うよ」
ミキもそう言った。
俺達は中層部のゴミ捨て場にゴロツキどもを捨てた。その際に会話はなかったが、俺はかなりの達成感に包まれていた。
———ついにデレた。
*
どうやら俺の予感は正しかったらしい。この日を境に、こいつらはようやく俺に心を若干開いたようで、その日の夜に名前を聞いた。
「私の名前はノレイ。ノレイ・ソートクラン。その、これからよろしく」
「あたしの名前は未樹。折宮未樹。未来の未に、難しい方の樹で未樹だよ。よろしくね」
クールな方がソートクランで、若干柔らかい方が折宮か。折宮は同じ日本人っぽい。同郷だというのに折宮はめちゃくちゃ闇が深そう。ソートクランもめっちゃ闇深そうである。
まあ、名乗られたからには名乗らねばならんだろう。
「俺は奈桐だ。奈桐剣。学生でもある。よろしく」
「納豆?」
「奈桐だ。二度と間違えるな」
未樹がやってはならない聞き間違いをした。日本人ではないソートクランは首を傾げていた。
———ようやく、こいつらの人間らしい部分が見られた。俺はこの二人がようやくデレてくれたことに大いなる達成感を抱いてその日はぐっすりと寝た。熟睡である。
評価、感想等、超お待ちしています。