色の無い少女ー6
私は――私達はその会話を全て聞いていた。文字通り命を削り合ってリリアルと斬り合いながらも、その声が聞こえてくるのだ。
私は、アタナリア・リビフィールドの過去を知った。
何のことはない、何処にでもある復讐の話だった。
私の父は、名のある戦士だった。戦場でも、英雄と呼べるような働きをしていたらしい。アタナリアには当時恋人がいて、その恋人と共に戦場で戦っていた。敵対する側に、私の父がいた。
そのアタナリアの恋人を、私の父が殺した。一瞬で絶命したため、治癒魔術は間に合わなかったのだ。
そしてアタナリアは復讐を誓った。死に物狂いで力を付け、世界最強候補にまでなった辺りで私の父を見つけ、殺した。私の父が幸せそうに笑うのを見て、母親も殺した。
娘は幸運にもその場にいなかったため、難を逃れた。
結局、虚しくなってしまったらしい。少なくともアタナリアにとって、その後の人生は空っぽに感じられた。その頃、私の存在を思い出した。
そして、私に力を与えて、私に殺されることで、終わりにしようと思った。
償いだ、とアタナリアは言った。そしてあの女は私に頭を下げて謝った。
その姿を前に、私は――何も出来なかった。
未樹によれば、私は拳を握りしめ、歯を食いしばって、何かを堪えてたらしい。
結局、あの女をツルギに差し向けることにした。
私は自分の行動する理由が、少しずつ崩れていくのを感じていた。
同時に、止まることも出来そうになかった。
立て、とアタナリアは命令し、俺を引き上げた。
力ないまま俺は立ち上がり、会場内を認識した。そして呆然とした。
――人が人を助けている。流星群の被害から他人を逃がそうとして、肩を貸している人がいる。力のある人間がまさに降り注がんとしている隕石を砕いた。
その中に八法院の姿を見た。必死に被害を減らそうとしている友人の姿がいやに眩しい。他にも、能力を駆使して人を助ける人の姿があった。既に半壊したコロッセオの中で、未だ必死に足掻く人の姿を――。
瓦礫に埋まった一般人を助けるために、選手達が協力している。素早く瓦礫を持ち上げ、一瞬で人々を助け出し、外に逃がしていた。
「……俺は、何を」
「恐らく、死人は一人も出ていないだろう。こうなることが分かっていたから、私は協力出来た。……私も迷っていた。私は、あの子達に救われて欲しかったが、どうすればいいのか分からなかった。だから、君に託すことにした。私はとっくに間違えた存在だ。私に出来ることは、暴力以外にないから」
人が人を助けている。
その光景に、俺はショックを受けた。そんなものはおとぎ話だと思っていたからだ。物語の中にしか、そんなものは存在しないと思っていた。馬鹿な話だ。俺だって、誰かに助けられたこともあるっていうのに。
俺は息を吸い込んだ。
「宵鳴! もういい、止めろ! それで上の流星全部ぶっ壊せ!」
「奈桐さん……、それは……」
「もういい。手間を掛けさせたな。そいつらのことはいい。お前の仕事は、上の流星群を塵も残さず消し飛ばすことだ」
「……はい!」
それで、ノレイと未樹だけが残った。俺は二人と向かいあった。
「二人とも。もう止めろ。もういいだろ、いい加減」
「今更、そんなこと。私は止まれない。止まったら、今までの私を裏切ってしまうわ」
「良いだろ別に。そもそもお前は一体何がしたかったんだよ。俺を殺すなら、もっと方法があった」
「……分からない。もう分からないわ」
俺は迷子の様な表情をするノレイから、視線を移した。無表情の未樹と目を合わせる。未樹は口を開いた。
「……あたしは、この大会が嫌い。無くなって欲しい。あたしはなっとーが嫌い。あたしは……あたしは、この世界が嫌いなんだよ」
「なら、もう止めろ。これ以上はいいだろ。キリがねえよ」
「なら教えてよ。あたし達、どうすればいいの。どうすれば良かったの。何処に行って、何をしたらいいの。教えてよ、なっとー」
「そんなもん自分で考えろよ。お前の人生だろうが」
「……知らない。人生って、一体何をしたらいいの。あたしはそんなの分かんない」
「じゃあこれからどうするんだ。ノレイ。未樹。おまえら、これから何して生きてくんだ」
「分からない。分からないよ。誰も、そんなこと教えてくれなかったもん」
宵鳴が流星に対して対抗魔術を発動させた。魔力同士が相殺しあって流星が塵も残さず消えていく。音も無く。
「だったら――だったらこれから考えろ。どうするか、どうしたいか。人生だろうが。何したっていいんだろうが。こんなことじゃ無くてよ、もっとあるはずだろうが。もっと人生ってのは楽しくて良いはずなんだよ。もっと良いことがあっていいんだ。そのために生きて良いんだよ。殺すも死ぬも、疲れるし嫌だろ。幸せになるために生きればいいんだよ」
「……幸せになるには、どうしたらいいのよ」
「知らねえよ。知ってたら俺だってとっくに幸せになってる」
「無責任だよ、なっとー」
「いいだろ、俺の人生だ。お前らの責任なんて持てない。……でも、分かった。分かったよ。分かんねえっていうなら、どうしたらいいのか、一回だけ教えてやるよ」
……妙に緊張するが、俺は若干の勇気を持って言った。
「俺の家に来ればいい。旨い飯が食えるぞ」
「……でも、狭いじゃない。所々汚いし」
「それに立地条件も悪いよ。中層の外周区だから地表まで遠いじゃん。近くにあんまり良いお店ないし、あの辺り治安良くないし」
「別に良いだろ別に。ちゃんとお前らの部屋もあるんだし。中層にいると何かと便利なんだよ、治安もそこまで悪い訳じゃねえし」
「二人部屋じゃん。あたし達、一人部屋がいい。それにお小遣いも少ない。ご飯の量もあんまり多くないし」
「文句ばっかだなおい。それくらい我慢しろよ。自分の部屋があるだけ十分なんだよ。お小遣いくらい自分でどうにかしろ。ご飯の量を増やして欲しけりゃ家賃を納めろ」
「ツルギこそ注文が多いわ」
「はあぁ……。まあ何でもいいだろ、人が引き取ってやるっつってんだから」
「引き取ってやるってなんなの。なっとーこそ何様だ!」
「そうね。立場分かっているの?」
「厚かましい連中だな……。もういい、ほれ」
俺は手を差し出した。いつの間にか俺の隣に宵鳴が並んでいる。心なしか口元が緩んでいる。
結局、嫌だ、とは言わない。了承したと受け取り、俺は言った。
「帰るぞ」
「……うん」
「……ええ」
「ところで……その場合、わたしの部屋は、どうなるのでしょう……?」
「……あ。ま、まあ……三人部屋、とか、どうでしょう……」
「ちょっと? なっとーそれどういうこと」
「……とんだハーレム野郎ね。クズ男よ」
「うるせーな、こんなハーレム願い下げだっての。この地雷女どもめ」
「だーれーがー地雷女だって――」
そんな会話の中、夕日が俺達を見守っていた。




