色の無い少女ー5
もうちょいで完結です。たぶん。
そしてやってきたその日。
昼間から祝砲が各地から打ち上がり、観戦チケットを取れた人間は市街中央のスタジアムへ。だが大体の人間はテレビか動画配信アプリでの視聴になる。
地球やマナリミスから大勢の人間が来るかと問えば否。だってインターネットがあるもん。仕方がない。
「あああああやべえよやべえよ、運が悪ければマジで俺死ぬんじゃね、マジでどうしよ」
「奈桐……。何か対策とかしていないの?」
「出来るわけねえだろ、ぶっちゃけ俺ただの高校生だからな? 雑魚だぞ? 宵鳴と連絡も取れねえ。自宅に電話掛けても誰も出ねえし。宵鳴はマジで何処にいるんだ? 割とマジであいつだけが頼りだってのによ」
八法院とため息が重なった。
まあ、いざとなれば前言を撤回して命乞いをするつもりだ。形振り構わず口説けばなんとかなるだろ、多分。そうじゃなきゃ困る。日々屋のゴミ野郎は頼りにならない。あいつ俺が逃げ出さないように黒服の第一世代のおっさん監視に付けてきやがった。
その判断は正解だ。俺は自分の浅い返事を死ぬほど後悔した。一億積まれたって、俺の命の方が重いに決まっているからだ。だから俺は逃げ出すつもりだった――。
俺は黒服のおっさんにどつかれながら選手控え室に入っていった。に、逃げれなかった……クソ。
そういう訳で、開会式に並んでいる。
晴天の中、観客達の歓声が響き、馬鹿でかいスタジアムの中に突っ立っている。周りの選手は見るからにヤバそうなやつばかりで、俺の場違い感がすごい。
まあ、人は見かけによらない。いや、俺はまあ、見た目通りの強さなのだが……。
前回優勝者アタナリア・リビフィールドが優勝トロフィーを返還した。
……あの女、しれっとこの前俺を襲ってきてたよな。なんか未樹が連れてきたみたいだったが、一体どういう関係なんだ? 接触する機会が無かったので聞けていない。この前襲われた関係上俺はかなり危ない立場だが、まさかこの場所で俺に手を出せるはずもないだろう。なんたって世界的に有名な人間だからだ。そんなことは世間的にできるはずがない。そうだろう?
アタナリアはそのまま中央台に上って手を掲げた。
――第二十五回星砕きの祭の開催を宣言する――
前回優勝者が開会宣言をするのは恒例だ。歓声が響き渡る。
……ん?
俺は不審に思った。なんか魔力の流れを感じる。魔術初心者の俺でも感じ取れるっていうのは、かなり大きな流れだ。
周囲を見回すと、選手達が身構えている。空を睨んでいる。
……ん、ん? なんかヤバい気配ない?
アタナリアは静謐な雰囲気で右腕を空に掲げている。
空に向けた手のひらから……なんか、風が、渦巻いている……?
……ん、ん、ん?
………………なんか、風を切る音が聞こえる。巨大な何かが超高度から落下するような、そんな音を高機能な聴覚が捉えた。ついでに視覚でも気づいた。
流星が、空から降ってきている。
数えるのもバカバカしくなるほどの数の、隕石の形をした魔力の塊が降り注ごうとしている。
まさか。
俺はそう思った。
それから先を事細かに語ることはないだろう。
アタナリア・リビフィールドは圧倒的だ。その代名詞、流星群。それが降った後には草の根も残らない死の大地になるという。故に流星。
相当な準備をしてきたらしい。大会出場者でも割となすすべがない。自衛は出来ても、それだけだ。俺は必死に逃げ惑うところを宵鳴に拾われた。
「奈桐さん、無事、ですか……!」
「ようベイビー、遅かったなぁ! おかげで死にそうだぜ」
崩壊するスタジアム。逃げ惑う観客やスタッフ。何人死ぬか見当も付かない。
アタナリアは正気か? 何人の一般人が死ぬと思っている。そもそも何が目的だ?
「べ、ベイビーって、その、えっと……」
冗談に宵鳴が顔を赤くした。耐性なしか。
「いろいろと聞きたいことと言いたいことがあるが、何にせよ無事で良かったぜ。宵鳴、他の奴らに構う必要はねえ。俺抱えて脱出だ」
「了解、です」
「……なあ、命令しといて何だが、周りの人間助けようとか思わねえのか?」
「……わたしは、そんな善良な人間ではありません。だた、わたしが人を殺したくないだけです。……それ以上はありません」
だったら構うことはない。今頃日々屋は頭を抱えているか、必死に逃げ惑っているかの二択だろうが、俺の知ったことか。
「待ってよぉ、なっとー。置いてくなんて酷いよ」
「女の子を残して、何処へ行くつもり? ツルギ、そこで止まって」
やっぱり出てきたか。宵鳴に担がれていた俺は軽く宵鳴を叩いた。止まれのサインだ。
「久しぶりだな穀潰しども。こうでもしねえと男にアプローチも出来ねえのか? モテねえだろ、お前ら」
「お互い様だよ。童貞が偉そうに」
「どどどどど童貞ちゃうわ! つかこれはお前ら何か知ってんだろ! 何が目的だよ!」
「莉々亜ちゃんとの勝負だよ。莉々亜ちゃんはあたし達からなっとーを守り切れれば勝ち。あたし達はなっとーを殺し切れれば勝ち――ってね」
「ああ? なんのことだ」
「ごめんなさい奈桐さん……。でも、必ず守りきりますから。絶対に、何に換えても」
そういうと宵鳴は戦闘に入った。……何なんだ一体。何が起こっているんだマジで。
流星群の範囲が広いおかげで俺でも生き残れそうな感じがする。砕けていくスタジアムの中で俺はなんとか生き残っている。
「やあ、少年」
「――ッ! てめ、アタナリア・リビフィールド!」
気づけば横に世界最強が立っていた。俺は反射的に身構える。流星群の産み起こす暴風がそいつの髪を揺らす。
「てめえ、一体どういうつもりだ。こんなことすりゃどうなると思ってる? ここは確かに暴力こそ正義だが、無法じゃねえ。世界中を敵に回すことになるんだぜ」
「人の心配をしている場合か」
「それもそうだな。んじゃ、俺は逃げるから」
――この場は宵鳴に任せて、とっとと逃げてしまおうと動こうとした瞬間、俺は地面に倒れていた。
「逃がすと思うか。君のことは頼まれている」
「クソが、離しやがれッ。てめえ何が目的だッ、あいつらとてめえに一体何の関係があるッ!」
抵抗してもまともに動けない。関節を極められれば動けるはずもない。俺は歯噛みした。
「私には負い目がある。ノレイのこと、知っているんだろう。私の罪滅ぼし代わりだ。私は最後にはあの子に殺されなければ」
「ああそうかよ! だったらとっとと死んじまえよボケッ! その訳分かんねえ罪悪感に人様巻き込んでんじゃねえよクズがッ!」
「耳が痛い。だが、君もあまり人のことは言えない」
「ああッ! なんだてめえ知ったかぶりやがってッ! 何様だァッ」
「場違いだが、私は君に少々怒りを感じている。私はノレイのために動いて居る。だから彼女を傷つけた君には少々怒っている」
這いつくばりながら、俺は自分の血管が千切れる音を聞いた。組み伏せられたまま暴れた。関節が悲鳴をあげようと構うものか。
「――ゴミクズが。一丁前に何を言ってやがる、人殺しが! そもそもてめえがノレイの家族をぶっ殺さなきゃ、こんなことにはなってねえんだろうがッ!」
「全く以てその通り。だが、君にも同じことが言える。なぜ、彼女を受け入れてやらなかった? 彼女の境遇を思えばこそ、居場所となるのが優しさではないか」
「俺に優しさを求めんじゃねえ……! てめえの蒔いた種が、あいつを苦しめてたんだろうが。そいつがノレイを歪ませたんだぞ。あいつの人生を滅茶苦茶にしたんだぞッ! ムカつくんだよ、なんであいつがそんな風にならなきゃならねえ! あいつが何か悪い事でもしたのかよ!」
「この世界はそういう風に出来ている。未樹についても同様。それを由としないのであれば、君が救ってやればいい。逃げるな」
「無責任だなッ、恥って言葉知ってるのかよッ」
「……君にしか出来ないこと。どうか、ノレイ達を救うことから逃げないでほしい」
真剣な声だった。俺は勢いを削がれた。
「……だったら、さっさと離せよ。逃げねえから、拘束を解け……」
それでも俺は、自分が救うとは最後まで言うことが出来なかった。力のない声で、諦めた様に言葉を吐き出すことしか、俺に出来ることはないと思った。
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