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街角に潜む悪魔達へ-2


 この世界———パーソナリアというのは、栄養たっぷりのシチューの様な場所だ。目に付いた栄養価の高そうなものを手当たり次第にぶち込み、焦げるまで煮込んだような雑多で、なんというか———うるさい場所だ。


 俺は学校から出て、超高層ビル群へと向かった。


 パーソナリアは大まかに二つの場所に分けられる。現代側のエリアと、異世界側のエリアだ。俺は現代側のエリアに住んでいる。こっちのエリアを一言で言い表すと———ええっと、一言で———、無理だな。

 現代の、どの場所を探してもこんな場所はない。この場所は、密度がバカみたいに高い。マジで最上階が見通せないほど高いデザインビル。それが何十、何百と連なってそれ自体が一つの塔みたいになっている———いや、まさしく一つの塔だ。


 上層部分になると、ビルとビルの間に橋が架けられて行き来できるようになっている。無数にかけられたその橋は、数と面積が多すぎて地面のようだ。俺が今居るような、地表から見上げれば———その区間だけ、空が見えない。正午とかでは、地表では半径二、三キロが一帯日陰になる。そのぐらいで、噂では上層部に住むような富裕層は地表に降りないらしい。上層部だけで生活圏内が完結していて、地表に降りる必要がないのだと。


 全くバカみたいな話だか、正しい。ここは、パーソナリアはそういう場所だ。


 そんでまあ、俺が今向かっている場所は地下だ。地下も地下でユニークで、飽きない。何処まで続いているのか分からない階段。モグラか蟻の巣みたいに絡まった通路に部屋。通りかかると誰かしらがラリっている地下への入り口とか、最初来たときは滅茶苦茶ビビったが———慣れた。


 地表に何十カ所も存在する関係者以外立ち入り禁止と表記された鉄のドア。ビル群の路地裏を適当にうろつくと必ず一カ所ぐらいはある。そしてその扉の横でやはり誰かしらラリってたり、煙草吸ってたりする。一見して明らかにヤバい場所であり、事実結構ヤバい場所である。

 ということで、俺はなじみのある関係者以外立ち入り禁止ドアの前まで来た。ニット帽と煙草のよく似合う兄ちゃんが俺をじろりと睨んだ。兄ちゃんは煙を吐いて口を開いた。


「よう、奈桐ちゃん。元気か?」


 ニッ、と目を細めて兄ちゃんは笑った。フレンドリーである。俺も軽く笑って応じた。


「うす。なんとかやってますよ」

「またバイトかよ。ほどほどにしときな」

「ども、ありがとうございます」


 見た目に寄らずかなりいい人で、よく俺のことを心配してくれる人である。いつもドアの横で煙草を吹かしているのは、威嚇と警告のためらしい。何に対してかは知らない。

 俺は兄ちゃんに会釈して、ドアノブに手をかけた。

 

   *


「じゃあ、この白い粉を指定の場所まで運んでくれるかしら」

「……白い粉。何ですか、これ」

「別にそれをあなたが知る必要は無いけど?」

「麻薬、とか———」

「小麦粉よ」

「いや、でも———」

「小麦粉。舐めてみる?」

「いや、良いです……」


 俺は考えることを止めて、小麦粉を運ぶことになった。届け先がパン屋なので、案外本当に小麦粉かもしれない。いや、こんな怪しい場所から届けられる小麦粉ってどうなんだ……。


 薄暗い部屋だ。地下であるため窓は当然ない。明かりが蛍光灯やLED、もしくは魔力光でなく白熱電球なのは趣味だという。暖かくていい、というのは———目の前のカウンターに座る人間の趣味だ。

 入れ墨。顔の傷。そして鍛え上げられたたくましい肉体に———女口調。タオ、と名乗っている。


 まごう事なきオカマということらしい。これで案外いい人である。


「報酬はあなたの口座に入れておくわ。いつも通り、依頼人から配達されたという連絡があったらね。ちゃんと仕事するのよ」

「了解です、タオさん。じゃ、パパッと行ってきますよ」

「待ちなさい奈桐」


 俺はタオさんに呼び止められた。パックの白い粉がいくつも入った段ボールを抱えようとしたところだった。


「保証制度、今回も適用するのかしら」

「……? ええ、はい」


 それが何か、という顔で俺は返答した。


「止めた方が良いわよ。いくら報酬金が増えるからって、この保険が適用される状況が永遠に起こらない、なんていう保証は、何処にもないわ。本当にいいの? ここらで止めることを強くおすすめするわ」

「……まあ、多分大丈夫です。そのまま付けといて下さい」


 保証制度というのは、このバイトでのオプションの一つだ。俺がやっている宅配のバイトは、扱いは通販ということらしいが、実際は結構後ろ暗いバイトで、非合法なものも運んでいる———らしい。俺は運んだことはない。というか、ほとんどの場合俺は俺が何を運んだかなんて知らない。気にしていたら切りが無いからだ。


 だが、非合法で高価なものを運んでいた場合、事故が起きればさあ大変。壊れたり、無くしたり———奪われたり、盗まれたり。そういったことが起きたときの為、顧客が保証を求めるのだ。もしも、非合法なものを注文して、それが事故などで届かなくなった場合、顧客は困る。返金はされるものの、欲しいものが手に入らない。大抵の場合、そういう非合法なものは一点もの、らしい。よくあるような、麻薬だとかクスリだとか、そういうものではなく、パーソナリアでいう非合法なものとは、大抵が武力だ。


 異世界と現代が繋がってから、様々なことが起きた。異世界はファンタジーで、暴力的な力があふれていた。現代はその影響で、いろいろな武器を開発したのだという。異世界には戦争があった。そこに武器を売り込めば、それは金になる。


 まあ、とある事情によって現在異世界で戦争は起こっていないが……。


 だけど倫理的にどうの、とかで世界的に異世界への武器の輸出、および輸入は禁止されている。しかし———現代で秘密裏に開発された武器には異世界でも強力なものがある。そういったものがパーソナリアを介して異世界へ届けられるのだ。


 俺が働いている職場は、そういうものを扱う場所だ。まあ、ただの一バイトである俺はそういった重要案件を任されることなどないのだが。


 話を戻すが、保証制度というのは、万が一事故が起きた際、それが必ず運ばれるよう保証する制度だ。顧客がさらに金を払って会社に依頼する。


 ここでいう事故とは、大抵盗難や強奪のことだ。価値のある武器を欲しがる人間は多い。それを狙う人間は多い。石につまづいて転んで壊れました、なんていう事故は皆無である。


 つまり、保証制度を適用した場合、会社には何が何でも商品を依頼人の元へ送り届ける義務が発生する訳である。そしてもしも商品を奪われた場合、それを取り返して依頼人へ運ぶのは誰か、というと———元々それを運んでいた人間である。


 例えば俺が事故(・・)に遭って、商品を盗まれたとしよう。商品を届けられなくなった場合、俺は何が何でもそれを取り返して、依頼人に届けなければならないという訳だ。


 保証制度はその性質上、荒事がつきまとう。危険ということだ。故に会社、特に現場で働く俺の様な運び屋には保証制度を付けるかどうかの選択権がある。もしも顧客が保証を求めて、さらに運び屋がそれを受諾すると保証制度が成立する訳だ。


 どうしても顧客が保証を求める場合、その保証を受諾する運び屋が会社に選ばれ、仕事するという仕組みである。


 そして、これが俺にとって一番大事だが———。


 保証制度を受諾した場合、報酬金額が倍になる。場合によっては三倍。金に目がくらんだ俺は、このバイトを初めて以来、ずっと保証制度を付けてやっている。そして、事故(・・)に遭ったことは一度もない。


「はぁ。本当にいいの? これまでは何もなかったようだけど、保証制度にかこつけて運び屋に面倒を押しつけてくる輩もいるわ。高い金を払っているのだから、という理由で。実際に彼らは上客よ。会社はあなたを低く扱い、彼らを高く扱う。事故に遭わなくたって、何か面倒なことになる場合、あなたはそれを断れないわ」

「心配無用ですよ。俺は金のためなら大概のことは出来ます」

「———忠告はしたわ。呼び止めてごめんなさい。じゃあ行ってらっしゃい」


 ため息を吐いて煙草を咥えたタオさんを背中に、俺は報酬金に身を躍らせて段ボールを担ぎ上げた。


 ———俺は散々フラグを立てていた。タオさんが忠告してくれたのに、だ。


   *


 都市部、ビル群がそびえ立ち、人々は当然の様にその下を闊歩する。彼らの服装は非常に多様だ。異世界式のゴテゴテした服装や、現代のジャージもいるし、普通におしゃれな人間も、腰に物騒なものを装備した男も女も少年もいる。


 彼らはそれを当たり前みたいな顔をしている。俺もそんな感じの顔をしている。


 実際、パーソナリアでは当たり前のことだからだ。それに、腰とか背中とかに物騒なものを付けてる人達の九割はファッションだ。ファッション物騒に過ぎない。じゃあ残り一割はなんだ、と聞かれれば、まあ、なんだろう。———察しろ。


 俺の目の前で起きた事などが、その残り一割に関わることだろう。


 現代日本人の感覚からしてモダン風な、パン屋、だったのだろう。過去形である。

 周囲の人間はスマホを構えてその様子を撮影したりしている。そうして撮影された映像はSNSに投稿されたり、明日のニュース番組に使われたりするのだろう。

 俺はフラグが回収されたことを理解した。俺が呆然と立ち尽くしている前のパン屋は俺が荷物を運ぶはずの場所だ。つまり———厄介なことになった。


 ———爆発した。


 パン屋のことである。店先はガラス張りだったらしく、外側にガラスが飛び散っている。パン屋はビルの一階を借りていた。俺は見なかったことにして帰りたかったが、仕事の二文字が思い浮かぶ。パーソナリアでは信用が大事だ。保証制度を適用していなければ、俺は今すぐ段ボールを捨てて帰ることが出来たのだが、俺はそれを適用している。見て見ぬ振りは出来ない。信用に関わることだからだ。


 割りのいいバイトを続けるためにも、俺はこの状況に対して当時者でなければならない。


 店内に足を踏み入れる。段ボールを肩に担いだまま、俺は依頼人の姿を探すことにした。出来れば荷物だけ渡して帰りたい。とりあえず呼びかける。


「———誰か居るか。居るなら返事をしてくれないか」


 と、とりあえずそんな感じのことを声に出した。床にぶちまけられているパンとか、壁材とか、籠とか、人とか———人?

 人が倒れている。二人だ。俺は段ボールを床に置いてその人を揺さぶった。いかにもゴロツキらしい若い男だ。


「おい、あんた。大丈夫か? 何があった?」


 どうでもいいが、こういう時は敬語を使わないことにしている。なんかその方がそれっぽいし。パーソナリアではノリが大事だ。———こいつらも、精々が一度死んだ程度だろうし。


 返事はない。殺された場合、そいつはむしろピンピンしているのが基本だ。殺さず、気絶させる程度で納める———実力者だな。たぶん。

 これで倒れているのが美少女なら丁寧に扱って病院まで運ぶが、野郎が倒れていたところで大して興味もない。


 俺は返事がないのを確認して段ボールを担ぎ直した。店の奥へ入る。

 照明も壊れていて、三時だというのに薄暗い。店の奥は作業場になっていた。ここで生地をこねくり回してそこの窯で焼く、と言う訳か。なるほどそれっぽい。


 だが、今となっては見る影もない。そこにあった食材やら道具やら機材やら、全てぶっ壊れている。力任せに殴られ、変形した窯。大理石のテーブルは砕けて原型がない。当然一般人の仕業である訳がない。

 こんなことが出来るのは、俺達のような人間だけだろう。


 俺は警戒を強めて———


「動かないで」


 ……おう。これは、ヤバそうだ。


 俺は首元にナイフを突きつけられている。眼前に姿勢をかがめてナイフを構えているのが一人。気配から俺の背後にも剣を構えたヤツが一人。いつ俺が妙な動きをしてもいいように構えている。


 二人に挟まれ。そのどちらが今すぐ俺を殺せる状況。


 俺にナイフを突きつけているのは女だ。歳は俺とそう変わらない感じ———十六か十七か、そのくらいか。

 俺が認識する暇も無かった。明らかに強い。俺よりも圧倒的に強い実力者。


 暗がりに溶けるような長い髪と、神様に整えてもらったような美しい顔立ち。これでナイフさえ突きつけてこなければなあ、と俺は世の中の無情を嘆いた。詰んだ。

 俺は段ボールを肩に担いだまま両手を挙げた。どう足掻いても無理。


「あなたは誰?」


 冷涼な声で問いかけられている。俺は正直に答えるしかなかった。


「あー、俺はコイツを運びに来た者だ。命は助けてくれ」

「……それの中身は?」


 段ボールを目で指される。俺は冷や汗を流しながら答えた。


「小麦粉だ。たぶんな」

「……ふうん。レミーさん、どうしますか」


 足音が聞こえた。誰かが走ってきている。この女はその走ってきている人物に問いを投げた。正直気が気でない。こいつらのさじ加減一つで俺は死ぬ。やっぱパーソナリアは修羅の国だ。

 俺の人生もここまでか———。


「どうしますか、じゃないわこのバカども! ちょっとすいませんねほんと、ほらノレイ、未樹、それ仕舞いなさい!」


 救世主来た。来たのは中年の女性だった。柔らかい顔付きの、優しそうな人だが、なんか俺、平謝りされてる。俺の命にリーチをかけていた二人組は武器を仕舞ったようだ。た、助かった……。

 レミーと呼ばれた女性は二人の少女———マイライフに王手かけた二人組だ———の頭を掴み、強引に頭を下げた。謝罪、ということらしい。やっと依頼主が現れてくれたようで。


「ほんとうにごめんなさい、うちの小娘たちがこの度は……」

「あー、いや、仕事なんで……」


 平謝りされては、こちらも言うことはないが……。いや冷静に考えろ俺、さっきまで命握られてたんだぞ。文句の一つや二つぐらい言わなくてどうする。


 俺は頭を上げた二人組の少女に目を向けて文句を言おうとした———ら、めちゃくちゃ可愛くて言葉を失った。「新世代の子供達」は美形が多いが、この二人はとびっきりだ。


 無表情でこっちを睨んでるのが勿体ない。笑えばもっと可愛いだろうに、そんな睨まんでも。

 調子が狂った。このまま文句を言おうとしたら、間違って告白しかねん。調子を戻すためにも俺は仕事の話をすることにした。


「とりあえず、荷物です。確認して貰えますか?」


「ええ、はい。……でも、こんなになっちゃったから、いらないわね……。返品をお願いできるかしら」


 マジで小麦粉だったのか……。何もあんな怪しい場所から買わんでもいいだろうに。まあ、仕事は仕事だ。文句は挟まない。


「はい、そういうことならやっておきましょう。手数料は取られますが」

「お願いします。それで、ノレイ! 未樹! ちゃんと謝りなさい、ほら」


 レミーさんは二人の頭を再度下げた。


「……ごめん、なさい」

「———すみません、でした」


 怖えよ超怖えよ。なんか謝罪の言葉なのに怒りに満ちている。こいつら顔は最高だが性格面がヤバいタイプか。なんで私が謝らなければいけないのとか考えているだろ絶対。あー怖。パーソナリア怖。

 だがまあ、仕事は終わりだ。返品っつーことなので俺はこれをそのまま抱えて帰ればいい。幸いこういう場合でも給料はちゃんと出る。俺は今日あったことを忘れて帰って寝ることにした。


 顔が良くても性格が悪いならダメだぞ俺、と自分に言い聞かせて。


 フラグは立っていた。パーソナリアでの厄介ごとはマジで厄介になる。

 俺はその晩襲撃を受けた。


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