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色の無い少女ー4


「……それで、未樹。どうするつもり?」

「へーん。誰があんな怪しげな誘いに乗ると思うの? 馬鹿なのかな」


 流星の家、超高層ビルの最上階の一室を借りている。レミーさんの家は少々居心地が悪い。いや、レミーさんは気にしなくて良いと言ってくれたが、心苦し過ぎる。

 だからあたしは普通に流星――アタナリアに頼んだところ、普通に貸して貰えた。


 ノレイは内心煮えたぎっているだろうけど、背に腹は代えられない。あたしたちお金もないし。


「でもあなた、さっきの、ええと、何と言ったかしらあの髪の毛もじゃもじゃした男」

「あー、えっとたしか……。日々、日々……日々屋とか日々山とかじゃ無かったっけ。どうでもいいからすぐ忘れたけど。そいつが?」

「いえ、さっきの男……。ツルギも出場するから、星砕きの祭に出場しろっていう提案に対して、あなたいいよって答えたじゃない」

「嘘に決まってるでしょ、そんなの。そもそもあの男なーんかムカつくじゃん。あのなんか『俺はなんでもお見通しだぜ』みたいな勘違い男っぽい視線」

「まあ、そうね」


 星砕きの祭本戦まで、あと二週間程度だ。

 確かに行方の知れない奈桐が、確実に出場するというなら、それなりの価値はある。それは認める。


 あたしはもふっとしたベッドから腰を上げて、広い部屋の窓から街を見下ろした。人が微生物くらいにちっちゃく見える。

 良い眺めだ。あたしは笑みを濃くした。


「でも、大会を無視する訳じゃない。なっとーも必ず現れるんなら、利用しない手はない。ちゃんとなっとーを殺してあげたいから」

「……ええ。そう、ね」


 ノレイはそこで、部屋の隅へ目をやった。

 隅っこに突っ立っている少女が、そこにいる。


「……なん、ですか。何か……わたしに……」

「まさかノレイがこんなの拾ってくるなんてねー。人間分かんないもんだと思うよ、ほんとに」

「べ、別に良いでしょう。聞けば、ご飯も食べる必要がないと言うじゃない。ただそこにいるだけなんだから……」

「いや、ご飯はちゃんと食べさせてあげようよ。どうせアタナリアがお金出してくれるんだしさ。それに、責めてる訳じゃないのよ? なんたって転生者、その力は折り紙付き」


 彼女――宵鳴莉々亜は相変わらず無表情で突っ立っている。


「ふっふーん。全く可愛いねえこの子は。大丈夫だったのかなー? なっとーに変なこととかされなかった? ねえ莉々亜ちゃん、お姉ちゃん達と一緒になっとー殺さない?」


 わしゃわしゃと撫で回しながら感触を味わう。肌が柔らかくて大変よろしい。小動物みたいで非常に可愛い。


「……えっと。わたし、は……奈桐さんには、恩があります、から……」

「んー、残念……。そうだ。――良いこと思いついた。ねえねえ莉々亜ちゃん、質問なんだけど、あたし達にどれくらい協力してくれる?」

「未樹、何を」


 唇に人差し指を当てて、ノレイに「黙って見ていろ」のサインを送る。ノレイは引き下がった。莉々亜ちゃんは答えた。


「……奈桐さんの現れる場所が分かった以上、わたしに協力する理由は、ありません……」

「ふむふむ。でもあたし達とは敵対しないの?」

「……わたしは、あなた達とは、敵対なんて、したくないです……」

「良い子だね。それならいいや。ノレイ、アタナリアと訓練しに行こうよ」


 ノレイはこれ以上無いくらいに苦々しい顔をした。


「修行……。わたしも、興味、あります……」


 ――前提として、アタナリアの目的をあたしは知らない。素性も、名目上は世界最強だ、っていうことだけ。ウィキペディアにも詳しいことは何もない。地球産じゃないものにウィキは無力だ。

 ただ、ノレイの家族の仇だということと、料理の腕がなっとーより下であることだけを知っている。


「……その、折宮、さん」

「未樹でいいよぉ、なんならお姉ちゃんでも良いのよ――」

「奈桐さんを、殺そうとするの、止めて、くれませんか?」


 あたしは体が固まるのを感じた。さながら石になったかのように、動きが一瞬固まる。

 この子の立場を考えれば無理もない。なっとーとの関係は、まあ、気になる。どうしてなっとーが転生者という存在と関わりがあったか――は、別になんでもいい。問題は、この子の中でなっとーの存在が大きいこと。


「……ねえ。なっとーのことが、そんなに大事?」

「はい。大事、です」

「未樹。この子、結構危うい子よ。昼間までツルギを探してずっとふらふら街をさまよってたんだから」


 うーん、ノレイが言えたことかな――と思うが、口には出さない。口は災いの元。

 確かに莉々亜ちゃんの雰囲気は儚げだ。見方を変えれば確かに――危うくて、脆そうだ。


「莉々亜ちゃん。なっとーはね、悪い人間なんだ。あいつ、あたし達にひっどいこと言ったの。絶対に言っちゃいけないような、そんなことを言ったの」

「……おかしい、です。あなたたちは、変です。たったそれだけの理由で」

「――たったそれだけッ!?」


 しまった、と思ったのは怒鳴った後だ。

 莉々亜ちゃんは目に見えて怯え始めた。


「っ、え、あの、ごめ、ごめんなさい、ごめんなさい、すみませんっ」

「……未樹」


 ノレイの非難する様な声が耳に痛い。

 確かに、見るからにトラウマ持ちだもんね、この子。心の中の冷静な部分がそう言っている。この子は何も悪くない。莉々亜ちゃんは、何も間違ったことは言っていないのだろう。


「はぁ……。怒鳴っちゃってごめんね莉々亜ちゃん。怒ってないから、そんな怯えないで、ね?」

「で、でも、その、あ、あの」

「全く。明らかに怒っている人の言い方じゃない。ごめんなさい、リリアル」


 リリアル? あたしはその名前に疑問を持ったが、人と人の関係には事情があるものだ。スルーした。

 そういう些細なことを考えることで、頭を冷やす。


「莉々亜ちゃん。あたし達は、君の言うとおりおかしい人達なんだ。人間を一人殺そうとする理由が、『そんな』理由なんだから。でも、誤解しないで欲しい。別に、他の誰にそう言われようと、あたしは気にしない。でも、なっとーは別なんだ」


 あの男の顔を思い浮かべる。

 顔立ちは悪くない。「新世代の子供達」は端正な顔付きになる傾向がある。性格は――まあ、控えめに表現してクソだ。


「どうしてかな、あの男だけは、許すことが出来ないの」

「ふふ。ねえ未樹、あなたまるで――恋でもしているみたいね」

「あはは、面白い冗談だね」


 凄惨な笑みを浮かべている自信がある。

 正直、自分の内心は滅茶苦茶だ。表面上正気に見えているはずだが、もう自分でも何が本当にしたいのか、区別が付かない。ただ、その中心にあの男が常に居座っている。


 力を持て余しているのだ。もう、何もかも滅茶苦茶になってしまえとさえ思う、どこか投げやりな気分でさえある。


 それを傍から見れば、狂気と名前が付くのかな。


「それで、莉々亜ちゃん。提案があるんだけど――聞いてくれるよね?」

「……狂っています、あなたたちは……。人を殺すということがどういうことを、理解しているのですか……」

「んー、じゃあこういうことにしよっか。殺したいほど好きなら、別にいいでしょ?」

「未樹、流石に意味が分からないわ」

「そっかぁ。まあなんでもいいんだ。なっとーは例の悪趣味な天下一武道会に出場する。それでさ、莉々亜ちゃん。話を聞いてよ。悪い話じゃないよ?」

「……奈桐さんの居場所ははっきりしました。なら、あとは奈桐さんを殺そうとするあなたたちを止めればいい話です」


 莉々亜ちゃんは、私達に気圧されながらもはっきりとそう言い放った。

 可愛いなあ。戦いになれば私達よりも強いのに、こういうところで怯えちゃうところとか。顔もロリっぽくて実にいい。そそる。

 あたしはぬけぬけと問いかけた。


「止めるって、具体的にはどうするの? ライフストックはすぐに回復するんだよ。何回殺されても、最後の一つが残っていれば、すぐに回復していく。いいよねこのシステム」


 パーソナリアでは、一度殺されても、死なない。

 それは、そういうシステムなのだ。


 パーソナリアは独立した一つの世界。故に、独自のルールがある。


 重力が存在する様に、このルールが存在する。

 その人物の強さに応じた命の「予備」。それが配られる。仮にそれを消費したとしても、ご飯食べたりしていると自然と回復していく。


「それとも、あたし達を殺しちゃう? それも良いよね。簡単だもんね、莉々亜ちゃんにとっては、それこそ赤子の手を捻るように、って感じかな?」

「人は……人は、簡単に、死にます。あなたが思うよりずっと簡単に死にます。だからパーソナリアにはそのシステムがあるんです。……その「予備」が無ければ、戦う人々はすぐに死んで、いくんです。あなたも、わたしも」


 日が沈む。電気の付いていない最高級の部屋に、朱い夕焼けの光が差し込む。

 きっとあたしの表情は逆光で見えない。見えない方がいい。きっと笑っている。


「――だから、どうするのって聞いているの。どうするの、莉々亜ちゃん?」

「……わたしは――、もう――誰も、殺したくありません。誰であろうと、何をしようとしていようと……。そして――絶対に、奈桐さんを殺させません」

「ふぅーん。じゃあ大丈夫そうだね。ねえ莉々亜ちゃん。ノレイも聞いて」

「あなたがそうやって勿体ぶる時は、大抵まともなことを考えていない時よ。いいわ、ろくでなしほど面白いもの」


 莉々亜ちゃんは口を閉じている。いいってことだな。


「会場ってあれじゃん。街の真ん中にあるあのおっきなヤツ。あるじゃん。あれさ、大会当日にさ、ぶっ壊さない?」

「――えぇ……。未樹、あなた何をどうするつもりなのよ……」

「いやもうまどろっこしいの面倒だしそういう方向で大会ぶっ壊していこっかなって」


 そもそも、あの日々屋とかいう男の提案に乗るのは論外だ。絶対になんらかの狙い、ないしは罠がある。それには乗らない。


 だが、その状況を利用しないのも勿体ない。それに、私は「星砕きの祭」が大っ嫌いだ。なんなら壊滅に追い込みたい。


 あたし達「新世代の子供達」は世界ののけ者だ。今更ネットやらテレビやらで叩かれたところで何の問題があるものか。


「アタナリアに流星降らしてもらおう。そしたら、全部台無しになるでしょ。ついでになっとーも巻き込んで殺しちゃおう」


 あたしは薄く笑った。二人は軽く引いている。


「アタナリアはやってくれるかなあ。前回優勝者は果たして大会に対して牙を剥くことが出来るのかな」


 冗談めかしてあたしはそういった。莉々亜ちゃんが反応する。


「……アタナリア……さんが、するわけ、ないでしょう……?」


 そして莉々亜ちゃんは視線をよそにやった。


「――私は構わないが」


 突然その視線の先から声が響いた。アタナリアの声だ。

 ノレイは舌打ちをして顔を背けた。


「いいの? これから先の人生やりづらくなると思うけどなぁ」


 あたしはわざわざそう言った。協力して貰う前提で話していたくせにこうやって手のひらを返す辺りあたしも大概だ。


「構わない、と――私は発言したが。私にとって、そういった世界の反応や対応は大した意味を持たない。未樹が何を考えていようが構わない。私は従う」


 何というか、「力」を極めた人がいずれそこにたどり着くように、アタナリアもそうなったようだ。何かの境地に至ったのだろう。


「じゃあ、アタナリアにとって大切なことって何なの?」

「私の、か――、私には、やらねばならないことが二つある。それを果たすことが、私の大切なことだ。人生の終着点と言い換えても構わない」

「――そんなこと、どうだっていい。いい加減話してもらうわ。どうしてお父さんとお母さんを殺した。――なんで私の家族を殺した!」


 ノレイがしびれを切らした。もう何度目かも分からないその問いに、アタナリアが答えることは今までなかった。


「……話すつもりは、なかったが。知る権利は、あるのだろう――」


 そしてアタナリアは語り出した。



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