少女の生きた世界
なぜ?
そう問う人間は居なかった。だから、振り返ることは無かった。
さながらガラパゴスだ。独自の進化と呼ぶには禍々しいかもしれないが、とにかくそういう風に育ったのだ。
誰かが救ってくれることなど無かった。
だが、与えられたものは在った。
それは力だ。
唯一、己が与えられたものは、力だ。根幹を為す要素は、人を傷つけるための力だった。誰かを傷つけるもの――。同時にそれは、自らを守るための力でもあった。
それが全てだった。
他のものは何も無かった。一切合切。
故に、生き方はそうなるのは必然だった。他に道は無いのだから、その道を歩くほかにないだろう。
切れる札はそれ以外にない。
物事に対して、力に沿った対処しか出来ない。
もしかしたら、最初は優しい人間だったのかもしれない。
暴力を嫌う、穏やかな人間だったのかもしれない。
……だが、それも昔の話だ。
寄ってたかって、己を否定するものだから、そのままでは居られなかった。
己の根幹を奪われたのだ。復讐しなければならない。でなければ、どうすれば良かった?
暴力は簡単で、明瞭な手段だった。それで無けれども、それ以外に手段は無かった。生まれてきて、生きているだけで、否定された。化け物、と。人でなし、と。
己を奪われたと錯覚するような、途方もない喪失感と、不安。己はこれからどこへ帰れば良い? 何処へ行く? どうなる? ……どうすればいい?
幸いにも、己を否定する人間の中に、己よりも強い人間は居なかった。否定を否定すれば、それは肯定になるだろう? 当然だ。だって、己の方が強いのだ。それ以上の理由は要らない。その考えは今なお変わることは無い。
既に帰る場所はない。奪われたのだ。奪われたのだぞ? 誰が奪った? 誰が奪ったのかを知った。取り返さないといけない。あの日だまりの様な場所を――。己の家を――。奪い返さなければ、己は何処へ帰ればいい。
だが、そんな強がりを一枚取り払えば脆いものだ。
あたしを否定しないでください。そこに居て良いって、言ってください。
私の帰る場所を下さい。私が帰ってもいい、家を下さい。
居場所を下さい。
己らはただ弱くて、正しい道を歩けもしない。
故に、与えられた場所の温かさに溶けてしまいそうだった。
少年が己を受け入れてくれたとき、本当に――嬉しかった。温かかった。
同族だった。その少年は強く無かったが、同じ種類の人間だった。だから、安心した。その前にも、己らを受け入れてくれた人はいた。だが、その人は普通の人だったから、何か違った。己と違う種類の人間だと分かってしまった。
だから、少年が受け入れてくれたことに、本当に安心したのだ。人生で最も深い眠りにつくことが出来た。朝起きて、用意されている朝食を食べられることが、そうだ。
幸せだったのだ。張り詰めた心臓がほぐされるような、安心があった。
……どうして、少年は裏切ったのだろう。
それは、考えないようにしていた。
だが、少し考えれば分かることだ。
己らの生き方があまりに弱いものだから、怒ったのだろう。もっと強く生きろといいたくて、あんなことを言ったのだろう。
だが無理だ。己らは弱い。
縋りたいのだ。寄りかかりたいのだ。
……一人で歩き続けるのは、疲れるから。
ずっと歩いてきたから、休みたかった。木陰に座り込んで寝てしまいたかった。
眠ろうとしても、いつ襲いかかられるか分からない人生だった。
眠ろうにも、眠っている間、守ってくれる人や、起こしてくれる人がいない人生だった。
眠れなかった。
座り込んで休めば、一生そこから動けない核心があったから。
歩き続けたのだ。
一人で。
片割れに出会ってからは、二人で並んで、しかし休めず、眠れず。
歩き続けてきたのだ。
私はずっと、ずっと――。