目には目をー2
ゴールデンウィークが近い……。
なお、作中世界の日時はめっちゃ曖昧です。わざとじゃないです。面倒なんです。
「――ッ。おい、おい宵鳴。やべえ。俺やべえ、狙われてない? 大丈夫? 俺の命大丈夫?」
「……突然、どうしたのですか、奈桐さん……。今のところ、周辺に、敵意のある人は、居ません……」
「そうか、ならいいんだが……」
俺は寒気を感じた。嫌な予感とも、虫の知らせとも表現しても良かった。その原因に心当たりのある俺は隣を歩く宵鳴に確認を取ったが、現時点でどうこうという予感ではなかったようだ。マジ良かった。
だがまあ、よくよく考えれば俺がこんなにビビる必要は無い。なんと言っても、隣で俺の命を保証する人間は、全世界最強人間宵鳴莉々亜だぞ? こいつに勝てる人間なんか居るわけがない。ノレイや未樹は世界有数の強者だが、その二人に対して、十秒。本人曰く十秒で一度殺せる、とのこと。話を盛る人間でもないし、嘘をつく人間でもないのだ、宵鳴は。
例え何が起きようと、俺の命は大丈夫。大丈夫ったら大丈夫なのだ。
「……それで、今は何処へ向かっているの、ですか……?」
休日に宵鳴を連れ出して俺はパーソナリアを歩いている。雑踏は煩いが、既に慣れてしまった。クラクションの音や、客引き、その他さまざまなもの織りなす音。
発展途上国のバザーのような、ごちゃごちゃとした道。宵鳴はかなり怯えながら歩いているが、俺にとっては慣れたもの。客引きの声を無視してそのまま前へ。
今更ながら思うが、上を見上げて超高層ビルで、前を見れば観光地のようなごちゃっとした市場。混ざりすぎだろう、ここ。異世界的なワイルドさと東南アジア染みたハイカラ。何も考えずに歩く分には、結構楽しい。だが俺の目的は別のところにある。
「まあ付いてこいよ。せっかくの休日に、家でじっとしてたってつまらんだろ」
「……家にあった、本とか、結構興味あったのに……」
「ち、それノレイのヤツか。んだよいろいろ置いて行きやがって。出てった後も迷惑かけてくれるな」
「……いいじゃ、ないですか。面白そうな、小説でした。奈桐さんも、読んでみれば……」
「やーめーろー。マジで止めろ。あいつらのもんとか触れたくもねえ。そもそも俺は小説は読まん。活字は死ねば良いと思っている」
「……きっと、奈桐さんは人生の半分ほどを損している、と。私は思います……」
「はん、余計なお世話だっての。小説読めば俺の損した人生の半分が返ってくる、とでもいいたいのかよ。んなわきゃねーだろ、一回そういうの読んだことがあるが、吐きそうになったぜ」
「面白さで、ですか……?」
「アホかなんで面白くて吐くんだ。面白すぎて吐くのか俺は。その小説、まあ普通……かどうかは知らんが、そんな感じの学園ラブストーリーだったんだが、最終的にはハッピーエンドなんだわ」
思い返す。気まぐれに図書館で借りてみた一冊の本。図書委員に舌打ちされながら借りたそれは、ストーリーとしてはよく出来ていた。
面白かった。途中までは。
「ラブストーリー。……似合いません、ね」
「ほっとけ。んで、最終的には何もかもが上手くいって、男女はくっついて、終わりだ。俺は本当に気持ち悪くなった。こんなの、現実には絶対にあり得ないだろ、って思ったからだ。そうだろ? そりゃ、設定とか舞台とか、そういうのは現実に寄せてあるからまだ現実的だ。だけどそのストーリーは? キャラは? なんでそのさまざまな要素が面白いくらいに噛み合って、作意的なほどにとんとん拍子で進んでいく?」
「……小説とは、人が書いた、作ったものです……。その物語は、意図を持って作られたから、奈桐さんの疑問は、むしろ当然、そういうものです……」
俺はそのまま人の波の中を進んでいく。そのまま行けば、ドームがある。巨大なドームだ。
その建物には大量にポスターが貼ってある。「星砕きの祭」の告知ポスターだ。入り口前はさまざまな飲食店が建ち並び、「星砕きの祭」目的の客の腹を満たす。割高である。
「……ここは?」
「なんで、現実に存在しない、あり得ないものを作る? 意味がねーじゃねーか。本は食えん。鈍器にはなるかもしれんが、そのくらいだろ。同じようなもんは多い。小説に限らず、漫画やら映画やら、アニメもそうだな。いわゆる物語だ。俺はそいつらの存在意義がさっぱり理解できん。面白さには、そこまでの価値があるのか?」
屋台や、ラーメンショップなどを通り過ぎて、大通りを歩く。そのままドームへと向かう。宵鳴は後ろを付いてきている。顔は見えない。
それは、俺の疑問だった。
「……奈桐さんは、どう思うの、ですか……?」
「物語に、価値はない。それが俺の結論だ」
「……そんなだから、人生の半分、いえ……九割くらいを損してるんです……」
「その残った一割が俺の人生か? 馬鹿言うな、残り物には福があるんだぜ」
「……そうかも、しれませんね。でも、きっと奈桐さんの人生に、福と呼べる物が、ありましたか……?」
「――さてな。もしかしたら、あったのかもしれん」
「物語は、面白い、ですよね。感動、します……」
「そうだな」
そのままドームへ入っていく。厳めしい、石で出来た古代ローマの建物のようだ。コロッセオ的な。その例えで行くと、観客席に当たる場所に上った。入場料は要らない。イベントのないときは解放されているからだ。だから人は居ない――訳ではない。
例えるなら、市民体育館だ。パーソナリアの人間は大抵力を持て余している。だが町中でむやみに暴れる訳にもいかない。パーソナリアにも警察はいる。警察といっても、ほぼヤクザかマフィアのような存在だが……。
そいつら一人一人は弱くても、組織だ。表だった暴力沙汰は、そいつらが介入してくる。上位構成員になると、かなり強くなるし。
「……わたしにとっては、物語とは、必要なもの、でした」
「ほーん?」
無骨な客席に腰掛け、宵鳴もなんとなく座る。吹き抜けになっている中央を見下ろすと、やはりやっている。喧嘩だ。
力を持て余した人間のストレス発散の面もある。この市民体育館……じゃなかった、ドームはそういう場所だ。自由に暴れたいやつらが集まって、好き勝手に喧嘩している。ドームは頑丈だから、そうそう壊れない。この街の治安維持に一役買っていると言うわけだ。
「お話は、いいです。……心を、満たしてくれます」
「心ねぇ。心がいっぱいになったら、どうなるって訳でもねえだろうに」
「そんなことはありません。……心がいっぱいになると、幸せになるんです」
「……なんだそりゃ。笑って良いか?」
「……それを教えてくれたのは、奈桐さん、あなた……です」
俺は喧嘩を眺めるのを止めて、宵鳴に向き直った。
「さっきから、お前とは気が合わんな。噛み合わん」
「……わたしは、そんなことないと、そう思います」
宵鳴は喧嘩風景を見ている。常人の数倍の速度で動き回り、炎の球や、雷が飛び散るコロシアムの中で数人が怒号を散らしている。
「心を、満たしてくれるのは、何も……物語だけじゃ、ありません……。昨日、奈桐さんが作ってくれた、ご飯も……とても美味しくて、温かかった」
「そりゃどうも」
「……わたし、お礼を言いたいんです。奈桐さん、ありがとうございます。きっと、わたしの生きてきた中で、一番の幸せを、教えてくれて、本当に――」
少々、面食らった。真っ正面から人に礼を言われたことなど、いつ以来だったか。思い出せない。まあ、人に礼を言われるようなことをやってきていないから、当然だったのかもしれない、が。
「……幸せ?」
「はい。……すごく、満たされて、そのまま眠ってしまいそうな、不思議な気持ち、でした」
「そりゃ錯覚だ。いっぱいになったのは心じゃなくて腹だろ」
「いいえ。……そんなことは、ありません。絶対、に」
幸せ、という言葉を聞いたのも、久しぶりだ。縁も、興味も、必要性もない、その言葉になぜか――心が揺れる。
その揺れを押さえるため、俺は話を変えた。
「なあ宵鳴。そこで暴れてるやつら、どう思う」
「……弱い、です。あの人達の命全部、一秒持つでしょうか……」
「じゃあ俺がやれっつたらやるか?」
「……やりません。わたしは、わたしの力が嫌いですから……」
「実はな、あいつらは俺の命を狙う一味なんだ。俺は絶えずあいつらの脅威に怯えて過ごしているんだ。俺の命を助けるために、あいつらを倒してくれ」
「……そういうの、いいって、言いましたよね……? わたしに、嘘、通じない、おーけー?」
「なんで最後カタコトになった……?」
「とにかく、そういうこと、です。……大丈夫、です。本当に必要な時は、躊躇いません」
「……ち。まあいいや、行くぞ」
「……だから、何処へ行くのですか……」
「飯だ飯。昼飯食おうぜ、腹減ったろ」
「だから、わたしには精霊の加護があるので……ご飯は」
「何言ってんだ。飯が心を満たすっつったのはお前だろ」
そうして適当な出店を回っている。バザールに似た市場には、屋台が多い。パーソナリア中心部にはこういうエスニックらしい雰囲気がある。それはパーソナリアの人間が原因だ。そういう場所出身の人間も居るし、マナリミスの人間にとって親しんだ雰囲気なのも原因だろう。マナリミスというのも気性としてはそんな感じだからだ。
俺のように現代日本のような、整列したような感性をもつ人間に取っては楽しめども、慣れない。
「ほれ焼き鳥。品種は知らんが、結構いけるぞこれ」
「……はい。ありがとう、ございます……」
まあ、それはそれとして俺はこの雑踏が好きだ。俺が居ても居なくても、この騒がしさが変わらない、という安心感がある。俺という存在を受け止めてくれる受容性がある。
「飯っつっても食べ歩きだがな。宵鳴、お前こういうのは初めてか?」
「……はい。そもそも、わたしは、こういった場所に来るのは、初めてです……。パーソナリアに、こんな場所が……あったなんて、知らなかった、です」
「ま、インドア派の人間を否定する気は無いが、たまには外に出るのも悪くねえだろ。自分の住んでる場所のことくらい、知っとかねえとな」
「……珍しく、まともなことを、奈桐さんが……。偽物……」
「失礼なヤツだなマジで……」
バザールを練り歩き、屋台を冷やかし、腹を満たす。果物やらジュースやら、そういったものも適当に購入して宵鳴に食わせる。宵鳴がその度に礼を言うのがどうにもむず痒いので。
「なあ宵鳴よ。いちいちかしこまって礼なぞ言わなくていいって。なんか体が痒くなるから止めてくれそれ」
「……人から物を貰ったら、ありがとう、です……?」
「あー、まー、そりゃそうなんだがなぁ。そりゃあ見ず知らずの他人とか、知り合いとかそういうヤツの場合だろ? 俺達は違う」
そういうと宵鳴は無表情のまま頷いた。いやまあ、ずっと無表情なのではあるが……。宵鳴も相応に整った顔立ちで、然るべき表情をすればかなり魅力的であるはずだ、が。
何考えてんだかさっぱり分からん。マジで読み取れん。
無言でなんかの鳥の串焼きにかぶりつく宵鳴を眺めていると、俺の視線に気がついて宵鳴は飲み込んでから口を開いた。
「……ひとつ、質問です。わたしと奈桐さんは、他人でも、知り合いでもない、と言いましたね……?」
「ああ。まあ、そう……だな」
考えて発言した訳じゃない。だが――じゃあ、こういう話になる。
「……じゃあ、わたしと、奈桐さんは、一体どういう関係、なのでしょう……」
「ま、そりゃそうなるよな――」
俺は平然としているが、その実答えを持ち合わせては居ない。俺も疑問なのだ。宵鳴は俺が偶然出会って、その力で俺の命を守るため、俺の家に住ませている。そんな関係――か? 少なくとも、俺はそういう認識だが、何かしっくりこないのはなぜだろうか。
「……奈桐さんも、分かりませんか……? じゃあ、えっと、その、あの、提案します……。その、友達――とか、どう、でしょう……」
「どうと言われてもな。……友達ね」
その言葉に関連する人物を想起した。
中学時代、夜に集まって馬鹿騒ぎした俺と同じ「新世代の子供達」の連中――を思い出す。小学校から人間関係っつーもんはいつも破綻した。いや、破綻する――破綻できるほどいい関係を築けたこともなかった。
自身が「新世代の子供達」と隠し通せる場合は稀だ。学校側には必ずその申告が必要だからだ。先生も全員がそのことを知っている。その情報を生徒にまで伝えるかは教師の裁量に委ねられているが、ロクなことになったことは一度としてない。「新世代の子供達」に言い感情を持っている大人は少ない。例えそれが先生という立場であろうと。
一度正体が露見したら最後、人間関係の墓場行きが決定する。なんせ先生ですら生徒のいじめに加担したことすらあった。不幸中の幸いだったのは、暴力沙汰になった場合、こちらに一切の物理的な被害が出ないことだ。小学生でも、ただの大人に殴られた程度で怪我は負わなかった。……精神の方は、その限りではなかったが。
「悪いが、友達は却下だ。俺が友達と思える人間には限りがあって、もうその枠は埋まっちまってるからな」
「……そう、ですか。すごく、残念、です」
相変わらずの平坦な声では、本心からの言葉か判別は付かない。嘘はつきそうにない性格だが、かといって、全部本音か、っつー話だ。
「……じゃあ、奈桐さんが決めてください。……わたしと、奈桐さんの、関係を」
「人と人の関係は決定づけるものじゃなくて、自然と定まるものだろ。なんで俺が決めんだよ」
「……ただの、雑談です。深い意味など、ありませんから、答えてください……」
「ああそう。……んー、あー、なんだろ……。まあ、あれか――主従関係」
「却下……です。それに、その場合、どちらが、上になるのですか……」
「俺に決まってんだろ」
「調子に……乗るな……です」
即答しつつ、また別の場所に足を向けた。公共交通機関――バスである。
別に、機械の乗り物に頼る必要はないのだ。どこかへ行こうと思ったなら、恐らく走った方が速い。
だが、これはそういう問題ではないのだろう。
そしてたどりついたのはマナリミス側のエリア。
現代側の都市エリアに比べると、人はまだ少ないように見える。それでも寂れているかと問われれば否。この場所は、不思議だ。
もともと、マナリミスは建築技術など、そういった技術系では現代に劣っていた。元の人口が地球の十分の一も無いし、戦いばかりしていたので、そういう方面に進化していった。それも進化したのは技術ではなく、人だ。
マナリミスは世代を重ねるごとに身体能力が上がる傾向にある。魔力が作用してそういう方面に人が進化していく。基礎身体能力だけで言えば「新世代の子供達」の方が高いが、マナリミスの方は、よりしなやかだ。
話が逸れた。マナリミスの建物はお粗末だ。だから地球の真似をした。気性に合ったのは中世ヨーロッパ風の王宮やら城やら、そういったものだ。だからマナリミスのエリアはそういう風に出来ている。コンクリートではなく、レンガ。壁の色も白い。
ただ一つ違うのは、そういう城にはつき物の「王座」が存在しないことだ。その他にも、貴族然とした無駄な装飾や、豪華さが存在しない。
マナリミスの人間は総じて合理主義だ。厳しい環境で育ったため、絢爛さや装飾といったものに関心がない。だが城や王宮の外観を気に入るのだから変な話だ。人間の非合理さを確認できるというか。
まあそんな訳で、マナリミスのエリアはドラクエっぽい。
「だが、こっちはのどかだな。現代側は資本主義に染まりきってるから、こっちの方は少し安らぐ」
「……また、嘘をつきました。なぜ、わたしに嘘をつくのですか……? わたしには嘘をついて欲しくありません……」
「嘘じゃねえやい。何処が嘘か言ってみろよ」
「安らぐ……の、辺りが、そうです……」
「……おう。お前今度から人間嘘発見器って名乗って良いと思うぜ」
宵鳴にあっさりと見破られ、俺は誤魔化すように辺りを見回した。レンガと樹の街だ。遠くにはビル群が見える。ミスマッチ過ぎる。
「……奈桐さんにとっては、こっちは退屈なんですね……」
「退屈じゃねえさ。ただ、俺にとっちゃあ金の出来高を競っている奴らの方が好ましいんだ。なんでか知らんが、パーソナリアに来るマナリミスの人間にゃあ平和主義の人間が多い。つまらねえんだよ。競争ってもんがねえと」
「……? でも、奈桐さんは、お金もないし、戦いでも、弱い、ですよね……」
「うぐ……。痛いところを突くよな、お前。全く以てその通りだ。だが何も俺自身が資本主義に乗っ取って競争したりする訳じゃねえさ。競争は進化を生む。強い者が勝ち上がり、より洗練されていく。資本戦争に勝ち残った商店の商品はコスパが良くなる。ないしは高品質だったりな」
「……商店同士の、徹底した値下げ競争は、日本特有のもの、です。経済が低迷している時だけの、現象に過ぎません……」
「ああそうだな。確かにパーソナリアの景気は悪くねえ。経済の風通しが良いからな。なんせ異世界同士の貿易の拠点になってる。ここの景気が悪いなんてことにはそうそうならんだろう。異世界同士の貿易で地球の景気も良くなってるとも聞く」
マナリミスの文化、そういうものが地球に輸入されて、また新しい価値になる。デフレーション気味だった地球に、新しい風が吹き込んだのだ。
「……そんなこと、どうでもいい、です」
俺はそのまま宵鳴を伴って喫茶店へ入る。煙草臭いが、宵鳴には我慢して貰おう。パーソナリアでは飲酒や喫煙が盛んだ。ついでに悪いクスリも盛んだ。
適当に飲み物と軽食を二人分注文し、席に着く。宵鳴も不思議そうな顔をしながら席に着いた。
「……煙草臭い、です。それに、わたし、お金は……」
「煙草臭いのは我慢してくれ。喫茶店っつーくらいだしな。それに金云々は良いって言ってんだろ。全部俺が払うっての」
「……ありがとう、ございます」
「だから礼は要らん。んで、さっきの話の続きだがな」
店内はそこそこ埋まっていて、それなりにうるさいとまでは言わないが、俺達が目立つような気配でもない。
「……わたしにとっては、関係のない、話、です」
「あん?」
「わたしは、あの世界が嫌い、です」
「そりゃ地球の話か? マナリミスの話か?」
「……どっちも、です」
「自殺までするハメになった地球は嫌いで、マナリミスに対しては罪悪感か?」
「……そうやって、大した興味もないのに、人の内側を暴こうとするの、嫌いです。よく、ありません……」
「こりゃ失敬。だが宵鳴。俺の言えた口じゃねえが、お前さん心弱えよなぁ」
「……本当、奈桐さんが言えた口じゃ、ありません、ね」
「俺は善人じゃねえからな。改めて聞きたいが、どうして自殺なんて」
「……いじめ、でした。わたしの家族ですら、わたしを拒みました。居場所を失った人間ほど、脆く、弱い――です。自分の生きて良い理由が、無いと、思いました。生きるべき理由よりも、死ぬべき理由が多くなると、人は死を選びます。少なくとも、わたしは」
宵鳴はその言葉を最後まで言い切らず、途中で止めた。俺もその先を聞こうとは思わなかった。
「人に定義されなきゃ、自分の生きてる理由も分からねえか? 脆いな。確かに」
「……奈桐さんが、その女の人達を怒らせた理由が、分かりました」
「なんで自分で決めなかった? 自分の人生の理由くらい、自分で決めちゃあいかんのか?」
「……それが出来る人間なら、わたしはここにいません」
「転生してどうだった。生きる理由やら、目的やらは見つかったか?」
「……マナリミスでは、見つかりませんでした。わたしを拾ってくれた精霊に、感謝はしています」
「どうしてパーソナリアへ来た?」
「……ここなら、わたしの人生が見つかるかもしれない、と。そう思ったからです」
「逃げてきた訳だ」
俺は注文した異世界式のパンっぽい何かに手を付けた。堅くて甘い、不思議な食べ物だ。悪くない。
「……ちが、わたしは――もぐっ?」
俺は何か喋ろうとした宵鳴の口にパンを突っ込んだ。油断したな。
「認めろ。強くなりたいのなら、前提として自分の弱さを確認して、理解して、認めてやらなきゃいけねえ。それが出来ないのなら、一生空回りさ」
宵鳴はよく噛んで飲み込んでから呟いた。
「……わかり、ました」
「……んで、結局見つかったのか? その――お前の人生というヤツは」
「……変なことを、訊くのですね。奈桐さんが、それを訊くのですか……?」
「ああ? どういうことだ?」
「……別に、なんでも、ありません……。少なくとも、今は、奈桐さんの命を守る、という――目的が、あります」
小さな声を出した宵鳴の声には決意があった。俺にとってはかなり重大な目的である。
「少なくとも、そのために、わたしは――」
ついぞ、宵鳴がその言葉の続きを紡ぐことはなかった。
そうやって宵鳴を連れて休日を消費していった。
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