力という病ー4
こう……全体的にチョロインなのは……仕様……嘘です趣味です。チョロインの反面かなり面倒なので許して
と、寒気を覚えた。
なんか俺、かなりの殺意を抱かれてないか? 「新世代の子供達」は五感のみならず、第六感も鋭い。心当たりのある俺は、転入生として入ってきた宵鳴の位置を確かめた。
宵鳴は元々研究科所属だったらしい。それが、俺達一般科に転科した、という扱いだ。処理は割と簡単に終わった。
クラスメイトに群がられていた宵鳴だが、別段危なっかしい場面は無かった。見てくれは良いし、全く人と話せない訳でもない。内気な美少女、程度の認識に収まった。
その実、「二万人殺し」の犯人だとは、まさか思うまい……いや、一人居たな。理解できるヤツが。
「……おい。納豆。てめ、ありゃあ、あいつは、なんだ、なんでこんなとこにあんなヤツが居る? なんで連れてきた……?」
日々屋がめちゃくちゃ動揺している。珍しい、日々屋なら宵鳴が研究棟にいたことを知っていてそうなものだが。
「てめえの唯一の取り柄を働かせてみろよ。それ以外能がねえんだし」
「やったに決まってるし、何がどういう経緯で今に至るのか、完璧に理解した後だっての……マジで、マジで……マジか」
「じゃなんでそんなビビってんだよ。そりゃ、お前は俺と同じか、それ以下ぐらいには弱いが、そんなビビるか? 何も、機嫌損ねたら殺されるって訳でもねえだろ」
「納豆。てめえ喧嘩売ってんのか? やるか、ああ?」
「よっしゃ分かった、宵鳴、出番だ」
「やめッ、やめろォ――ッ!」
昼休みの教室は騒がしい。それはロスマリアでも例外ではない。宵鳴は、無事にクラスに馴染めた様で、早速何人かで集まって昼食を食べている。仲よさげに俺が作った弁当を食べている宵鳴は、楽しそうである。
あんな様子なら、宵鳴は精々がただの人見知りに過ぎない。少なくとも俺の目にはそう映る。俺が何かをする必要も、今のところ見当たらない。
「……奈桐さん、出番、ですか……?」
俺の呼びかけに応じて宵鳴がこっちに歩いてきた。昼食を中断したようだ。
「ああ。この髪がもさっとしたヤツを殺せ」
「待て待て待て! 止めろ、止めろ! 悪かったよ奈桐! あと俺の髪そんなもさっとしてるのか!?」
「……ち。悪い、宵鳴。冗談だ」
「……わかり、ました。わたしの力が必要なら、いつでも呼んで、ください……」
「ああ。悪かったな、昼飯の邪魔して」
「はい。……じゃあ」
助かった、と日々屋が疲れた息を吐き出した。こいつにしては珍しく、本心から慌てていたようだった。
記憶を読むという特殊能力上、こいつは対人関係において絶対的なアドバンテージを得ている。そいつの趣味嗜好、能力や、そいつにとってのタブーなどを瞬時に読み取り、しかもそれを忘れることがない。
それに加え、本人の性格が悪い。ゴミほど悪い。俺も大概だが、日々屋はかなりゴミの様な行動をする。人の弱みにつけ込み、自分にとって都合の良いように動かす。金の動きに敏感で、パーソナリアの裏側にも深い根を張っている。
こいつは、常に自分を優位な場所に置いている。故に、慌てるような自体は、そもそも回避すると言うのがスタンスだ。だから、結構珍しいことなのだ。
「そんなに宵鳴が怖えのか?」
「逆に聞くが――怖くねえのか? 宵鳴莉々亜が本気になれば、パーソナリアは一瞬で滅ぶぞ。お前が怒らせたノレイ・ソートクランや折宮未樹、それこそ流星も、何も出来ることはない。納豆。てめえは良い具合に口説き落としたが、実際はかなりの綱渡りだ。地雷だらけだぜ、そこの人間兵器。ガチで踏んじゃいけねえ地雷を踏んだが最後――核爆発だ。塵も残らん」
日々屋は本当に珍しく、心からの畏怖を表した。視線は昼飯を食べている宵鳴に向いている。俺は話半分に聞いた。
「そりゃあ良いことを聞いたな。俺が本気でお前をぶっ殺したいときは、宵鳴の地雷をぶち抜けば良いんだな」
「ああそうだ。だが気を付けた方がいいぜ。俺にしては珍しく、心からの忠告だが、核地雷を爆発させて、無事で済むとは思うなよ。パーソナリアだから、一度や二度死んでも、ストックがあるから、何て甘い考えは止めた方がいい。――無理だから、マジで」
「そうか」
日々屋が本気で忠告しているのは分かるが、日々屋の話を真面目に聞くだけ、脳容量の無駄である。日頃の行いだな。つーかぶっちゃけ日々屋とまともに話してやっているヤツなんざ俺ぐらいだから、感謝すらして欲しい。
日々屋に話しかけられるだけで、心から嫌そうな顔をする人間が大多数だからである。
その日の夜、晩飯を食べながら、宵鳴と話をした。
「登校中に、強い人が、二人、居ました……」
「……そりゃアレか? 俺の命を狙っているヤツが、二人居たって意味か?」
「……はい。かなり、強い人達だと、思います」
もぐもぐ、と尋常じゃない量の飯を食べながら、宵鳴はいつも通り遅い口調で喋った。
「やれるか?」
主語は必要無い。俺は訊いた。宵鳴は一切の気負いも、嘘偽りも、躊躇もなく、自然に言い放った。
「一人、十秒、です。多分、あの人達は、十五回殺さないと、死なないと思います。だから、三百秒で、殺し切れます」
「……五分か。それは、それだけあいつらが強いって意味か?」
「はい。あの人達は、すごく強い、人達です。……連携されると、かなり厄介です。わたし一人なら、問題はありませんが、奈桐さんを守りながら、となると……」
「厳しいか」
はい、と返事をして宵鳴はおかわりを要求した。よく食うヤツだ。身長もそんな高く無いし、かなり小柄のはずなのだが……。考えるだけ無駄か。
「……まあ、一応俺にも能力がある。実質一回限りで使える、緊急脱出用のやつ」
「……本当ですね。分かりました」
ああ、と返事をして、白飯をよそった茶碗を渡した。
こうして見ると、我が家に結構馴染んで見えるから不思議なものだ。ちょっと前まで二人組がいたとは思えない。まあ、食器棚に残っていたあいつらの食器を見て、すぐ思い出すのではあるが……。そのたびに俺はイラッと来ている。
俺は話題を変えた。
「で、どうだ俺の飯は。結構自信があるんだ、旨いだろ?」
「……悔しいですが、美味しい、です。驚きです。奈桐さんに、取り柄があった、なんて……」
「おい失礼―。失礼だぞてめー。……結構図太い神経してるよな、見かけによらず。学校でも、想像以上に『普通』だったし。本当に対人恐怖症か?」
俺は心からの本心を口にした。宵鳴はため息をついた。
「……失礼なのは、どっちですか。わたし、これでもかなり酷いこと、していましたし、されていました……」
「例えば?」
「……前世はあんまり覚えてませんが、ずっといじめられていた、様な気がします。最後は自殺でした。こっちに生まれてから、すぐに家族を皆殺しました」
「止めろそういうの、飯が不味くなるだろ」
「……? 話で、ご飯の味は、変わりませんよ……」
「ち、まあいい。せっかくだし続きを聞かせろ」
「それから、赤ん坊のまま、さまよって、精霊に拾われました……。その精霊を親代わりにして、育ちました……。それでも、多分三ヶ月も、一緒に暮らしていなかったと思います……」
「どういうことだ? 捨てられたのか? 赤ん坊のままでか?」
「……いいえ。精霊に、体の成長を速めて貰ったんです……。心と体が釣り合うように」
「なんだそりゃ。精霊ってのはそんなことが出来るのかよ。……つか待て、お前、出身はどっちだ? 地球か? マナリミスか?」
宵鳴莉々亜は日本の名前だろう。だが、宵鳴は転生者だ。どうなってんだ、それ。
「生まれたのは、マナリミスです。わたしは、日本から、マナリミスに転生しました……。マナリミスの名前も、あります、けど……。家族を皆殺しにしたわたしが、その名前を使うのは、おこがましいと思っていて……」
「それで日本に居た頃の名前、か。……まあ、マナリミスでの名前なんざ聞きやしねえよ。興味もねえ」
「……女の子には、もっと興味を持つべき、です。精霊はそう言ってました……」
「うるせえ。あいにく、恋愛沙汰には良い思い出がねえんだよ……」
「……恋愛。奈桐さんも、恋をしたことが、あるのですか……?」
「あーもー食いつくな食いつくな。話すわけねえだろアホか――」
まるで、普通の家庭がそうであるように、俺達はそんな夜を更かしていくのだった。
まともな家族を、家庭というものを体験したことがないから分からないが、普通の「家」というのは、こういう感じなのか――。
なんて、バカか俺は。俺は「暖かい家庭」とかいう想像上の産物を探しに来た訳じゃない。
「こうしてると、まるで家族みたい、です……」
はにかむ宵鳴はまあ、かなり可憐だが、それ以上に頭がお花畑だ。
バカのようだ、いやバカそのものだ。
俺達他人同士が、どうして家族になれる? 暖かさという夢を見ることが出来る?
所詮血もつながりも無いただの人間同士が、そんな上等なものにはなれない。
だから、あまねく家庭ってのは崩壊する運命にある。
少なくとも俺は、そうじゃない家庭ってのを見たことがない。
「……その、わたしは、こういうの、初めてです……。すごく、暖かい……」
だから目の前で幸せそうな少女にも、俺が言うべき言葉は無かった。
そんなもの、あるはずが無かった、はずだ。
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