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お母さん、早く元気になって

作者: 和子

学校の並木道の桜が

「一年生、ご入学おめでとう」

と、言っているかのように、満開となり、その下を歩くと、花びらが、風に吹かれ飛んでくる、花吹雪が美しい。

そんな、素晴らしい、学校へ入学するとゆうのに、私の胸は、寒い寒い北風が吹き荒れていました。

それは、母さんが病気だからです。

入学式に行けない母は、おばさん(母の姉)に入学式に、連れて行ってくださいと、お願いしたので、おばさんは、私の手を引き、連れて行ってくれました。

学校へ来ると、一人一人の面接がありました。

「数を数えてごらん」

と、私の顔を覗きますが、私は、母のことが気がかりでした。

今にも死にそうな、青白い顔で、やっと息をしている、顔が浮かんでは消え、消えては浮かぶのです。

黙って下を向いている私に、先生が

「1、2、3、4、5、これくらいは知っているでしょう」

おばさんは、心配のあまり、オロオロしています。

私は、入学式を楽しみにしていたので、数数えも、百はできていました。

母と一緒の楽しい入学式を想像して、ランドセルを背中に背負いながら、稽古したのです。

おばさんが、来てくれてはいるのですが、私の心の虚しさは、おばさんではとれません。

「先生、、、」

「はい、なんですか?」

「母は、死ぬのでしょうか。死んだりしないですよね。母が死にそうなの」

先生はびっくりしました。

数字のことを聞いているのに、この子は、と、私の顔を見ます。

数字が出来ないので、嘘をついているのかしら、と先生の顔は、言っています。

しかし、小学一年の私には先生の顔色などわかりません。

「お母さん、病気なの?」

「はい」

我慢していた涙がぽとぽと、と落ちました。

「こちらのお方は、お母さんと違うの?」

と、先生は、おばさんの方を見ながら聞きます。

「はい、おばさんです。母のお姉さんです」

「この子が言う通りです」

おばさんは無表情のまま答えました。

先生が

「あなたの頭の中は、お母さんのことでいっぱいなのねえ」

「はい、先生、お母さんは死ぬのですか?」

「いいえ、死んだりはなさいませんよ。こんなにいい子をおいて、死んだりはなさいませんよ」

先生の励ましの言葉は、私の胸の奥の重苦しい氷が、少し溶けたように思いました。

「お母さんも、一人で寂しいでしょうから、今日は、これで、お帰りなさい。本を渡しますから」

優しい心遣いに、幼い私でしたが、ありがたく思いました。

「先生、色々とお気遣いくださいまして、ありがとうございます」

おばさんは、そう言って、最敬礼をしました。

私は、家を目指して、走って帰りました。

玄関を入る時、そおーっと、戸を開けて、入りました。

母は、死んだようにして眠っていました。

「おばさん、お母ちゃん、死んだの?」

「違う、眠っているのよ」

「そお、じゃあ、静かにしなくてはいけないね」

「そおね」

しばらくして、父が帰ってきましたので、おばさんは帰りました。

父が

「学校はどうだった?」

「先生がね、お母さんが病気で、とても学校どころではないみたいだから、早く母さんの所に帰りなさいって帰してくれたの」

「うん。そうか。優しい先生だね」

「私もそう思った」

母が寝返りを打った。

(目を覚ましたのかなあ)

と、思って、見てみると、また、眠った。

父が

「眠った方が体にいい」

そう言って、父は昼食の準備をしました。

昼食を終えた頃、母が苦しそうにしますので、かかりつけのお医者さんに、来てもらうと、先生は心配そうな顔で

「入院された方がいいです」

と、言われました。

早速、母は病院へと運ばれて行きました。

私は、泣きながら、病院へ行きました。

私は母に

「苦しい?」

と、聞きますと、首を横に振りました。

私に心配させまいとしての母の気持ちのようです。

父が

「母さんには父さんが付いているから、暗くならないうちに、帰って休みなさい」

と、言いますが、家に帰っても母のことを心配するだろう。

同じ心配するなら、むしろ、母の側で心配した方がいいと思いました。

私は、壁を枕に眠りました。

どれくらい眠ったのか、急にあたりが騒がしくなりました。

先生や、看護婦さんが、ばたばた走り回っています。

私は、びっくりして、飛び起きました。

母を見ると、少しだけ笑いました。

父が

「隣の病室の人が亡くなられた」

と、言いました。

隣の人には、気の毒なのですが、母でなくて良かった。と嬉しくなり、全身がとろけるような疲れを感じました。

忍泣きの声が、壁越しに聞こえてきます。

お隣の方々は、どんなに大変な思いをしていらっしゃるのだろう、と思うと、涙が出ます。

(神様、どうか、母の病気を治してください。母が元気になりますように)

私は気が狂ったみたいに祈りました。

祈りに反して、母は、ますます痩せ細っていきました。

先生が父に言っていました。

「合わせたい人をお呼びください」

母は死ぬのだろうか、頭の中は真っ白です。

(母は死んだりはしない)

と、私は、自分自身に言い聞かせました。

自分をいさめながら、洗面所で泣いていました。

誰かが、私の肩に、優しく手をかけるので、びっくりして涙も止まり、見上げると、東京に嫁入りした姉です。

姉と言っても十五歳も年上の姉です。

たった、二人の姉妹です。

私は、姉にしがみついて泣きました。

姉も私を抱きながら、泣いています。

「お姉ちゃん、お母ちゃん死ぬの?」

「馬鹿ねえ、あんたをおいて、お母ちゃんは死なっさんよ。きっと、元気にならすけん」

「本当に本当に、元気にならす?」

「うん。元気にならす」

姉も心から、そうなるように願いながら、そう言って慰めた。

母は、幼い私をおいて、死んでなるか、そういう意気込みで病気と戦っていました。

子を思う、母は強かったのです。

長い間の戦いに勝ちました。

今日は母の退院です。

私の一生のうちでこの時ほど、嬉しい事はありませんでした。


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