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第9話 座扇散敵

段々話が複雑になってきました。

そろそろキャラ一覧を作った方がいいかなぁ。



 私――ユマ、手首の痛みで目を覚ました。

 両手を鎖で縛られて、天井からつるされているのだという事は、すぐに理解できた。

 殴られた頭がずきずきと疼く。流れ出た血が髪の毛を固め、不快だった。

 緊張で口の中が乾き、舌が上あごにへばり付いている。

 つんと鼻に衝く黴臭さと、埃っぽい臭い。ローブは襲われたときに奪われてしまったようで、少し肌寒い。

 私は、意識が戻っていないふりをしながら、そっと薄目で周囲を窺う。窓のない石造りの部屋。バレー家の地下牢獄だろうか。それにしては物が雑然と置かれていて、倉庫のようにも見える。


 周囲に人の気配はない。見張りも置かないとは舐められたものだ。とはいえ、隠し持っていた武器もすべて奪われ、逃げる手立てがないのも確かだった。手首を縛る鎖は細いがしっかりした造りで、関節を外しても抜けられそうにない。

 さすがに、今回は油断をしすぎていた。

 失敗を重ね、平常心を失っていたせいだ。

 考えればわかることだったのに。隠し扉の前で声が止まったという事は、この隠し部屋に用があったのだという事くらい。


「レミアさまぁ」


 不意に、自分の口から出た、余りにも弱弱しい声に、自分でも驚く。

 いけない。

 諜報員なんて仕事をしているんだ。いつかはこうなることが判っていた。ただ、タイミングが最悪だった。せめて、自分の持っている情報だけでも、レミア様に届けられるように手を打っておくべきだった。あの方の周りには優秀な家臣たちが控えているが、それでも情報が不足していては何もできないだろう。


 ……今のレミア様は、目と耳を奪われた状態だ。都落ちの途中で、少しずつ勢力が削がれた所為で、諜報員の数も不足しており、自分の周囲で起きていることですら、ろくに把握が出来ていない。

 これから、自分はどうなるのだろうか。拷問され、尋問され、辱められるのかもしれない。魔術師たちの薬の実験台にされる可能性もある。どんな事をされてもレミア様の情報を漏らさない自信はあるが、少なくとも、隙を見て逃げ出す、というのは無理だと考えておいたほうがいいだろう。


 そして当然、レミア様が一諜報員の救出のために尽力してくれる可能性もない。……いや、あの方なら万難を排して助けてくれるかもしれないが、それはあの方にとって益になる物ではない。

 ならば、自分の取るべき手はたった一つ。

 囚われた諜報員が出来る、唯一の事。

 幸い、魔術師たちは口の中までは調べなかったようだ。

 私は、奥歯に仕込まれたカプセルを噛み割った。

 ………。

 ……。

 …。

 ……魔術師たちめ、ざまあみろ。




***********




 ユマが、カプセルを噛み、少したった頃、ユマの囚われていた部屋に一人の女が入ってきた。


「……あらぁ~」


 その女は、ユマの顎に手を当て、無理やり上を向かせると、困ったように声を上げる。


「死んじゃってるじゃない。残念ねぇ~」


 彼女は、つまらなそうに溜息をつくと、そのまま部屋を出て行った。




***********




 バレー顔役の殺害容疑なる言いがかりをつけられた俺とカーラは、レミア軍に拘束され、北門城に連行された。皇后レミアがいるのは南門城だという話だったが、北門城はパペットという指揮官により、ほぼ独立部隊のような形で動いているらしい。

 カーラとメイドは城に着くなりどこかに連れて行かれ、俺だけは鉄格子のはまった牢屋に入れられた。


「さぁて、面倒くさいことになったな」


 牢屋にただ一つだけ置かれていた堅いベッドに寝転びながら、俺はそうぼやく。高いところにある小さな窓からでは、外の様子をうかがうことも出来ず、ぱたぱたと天上のあたりを飛び回る羽虫を見ながら、のんきに鼻歌を歌うぐらいしか、出来ることはなかった。

 ――まさか、ちょうど同じころ、ユマもまた別の場所で囚われ、さらには命を絶っていたとは微塵も思っていなかった。


 それにしても、妙にレミア軍の対応が早かったのが気になる。いったいどんな指揮系統なら、爆発からわずか数分でカーラや俺を拘束することが出来るのだろうか。

 ……常識的に考えるなら、ありえない。

 例えば、城の周りの巡回をしていた兵士が、爆発を聞いて駆けつけて、現場にいた人物を容疑者としてとりあえず拘束した、という事ならわかる。

 けれど、兵士たちはカーラを名指しで拘束した。しかも、顔役殺害の容疑だと明言していた。


 それはまるで、事前に爆発が起こることを知っていたかのように――。

 城を爆発させたのは、レミア軍だとしたら、その手際の良さにも納得がいく。


「――いや、無いな」


 意外かもしれないが、軍隊というものに大義名分は不可欠だ。その軍隊が強大になればなるほど、指揮系統――軍隊のルールというものを明確にしなければいけない。ここまではやってもいい、ここからはやっては駄目。そういう境界線がはっきりしていないと、軍隊は維持が出来なくなる。レミア軍も、レミアが「皇后」であるという事が足かせになる。皇后という立場では、卑劣な作戦は採ることが出来ない。飽くまで正統に、正面から堂々と敵を打ち破る。搦め手など使っては軍隊の士気ががた落ちになる。


 得てして、大きな組織が滅びるのはそういう見えない枷に雁字搦めにされるからなのだが。

 少なくとも、表立って敵対行動をとっていない顔役を爆殺することなど、出来ないはずだ。証拠を残さなかったとしても、状況証拠だけで不利になる。皇后レミアのライバルたちは、ここぞとばかりに皇后の正当性に疑義を呈し、その力を削ぎにかかるだろう。

 だとしたら、カーラの予想通り、レミア軍とバレーの住民が対立するように、第三勢力である魔術師たちが仕組んだことだと考えるのが妥当だろう。


 だが、それなら何故レミア軍はこんなに早く動けたのか。

 何故。

 何故。

 何故。

 俺が思考を堂々巡りさせていると、ぎい、と牢の扉が開いた。

 カーラのお付きのメイドが入ってきた。彼女は、苦虫をかみしめたような表情をしていた。


「メイド!」

「……アーティ・マーティとお呼びください。それが私の名前です」

「カーラは?」

「お嬢様は別室にとらわれています。御安心を。すぐに解放されるようですから」


 俺はほっと胸をなでおろした。


「北門城主、パペットと話をしてきました」

「……俺が聞いてもいい話か?」

「ええ」


 メイド……もとい、アーティ・マーティの話は、一言でいうならパペットの持ちかけてきた裏取引の事だった。

 曰く、レミア軍は近々、この都市を出て本格的に皇位継承戦へ参加するつもりらしい。しかし、レミア軍はこの都市でのウケが悪く、このまま出て行ってはいろいろと体裁が悪い。都市一つも統治できずに逃げ出した、とか、街の住民を管理できずに追放されたとか、そんな噂が流されかねない。レミア軍の希望としては、民衆の絶大な支持と喝采を浴びながら出征していきたいとの事だ。


 けれど、そのためにはこの街の支配者層であるバレー家が邪魔だ。幸か不幸かバレー家の主だった人間が爆殺されたことで民衆の怒りが沸点に達し、数日中にも暴動が発生しそうな情勢になっている。やはり、民衆は今回の事件をレミア軍の仕業だと考えているようだった。

 この状況でレミア軍がとるべき行動は2つ。一つは軍事力を活かして暴動を鎮圧してしまうこと。しかしこの方法ではレミア軍にもそれなりの消耗が発生するし、やはり体裁も悪い。


 そこで2つ目の選択肢。バレー家の生き残りであるカーラが民衆を指導し、この北門城に対して反乱を起こす。しかし皇后レミア様の威光に「打ちのめされ」、早々に降伏する。双方の被害を最小限にとどめると同時に、バレー家という古い権威を失墜させ、皇后レミアは要塞都市バレーの領主として正式に君臨する。


「それで、カーラはどちらを選んだんだ? ……いや、すぐに解放される、という事は後者か」


 レミア軍にとって都合の悪い選択をしたなら、解放されるはずがない。

 カーラにとっても、苦渋の選択だっただろうが。


「……聞いていて思ったのだが、カーラにそれだけの影響力はあるのか? 爆発寸前の民衆を制御して指揮するなんてことが出来るとは思えないんだが」

「ええ。ですので、民衆の暴動を指揮するのは、別の方にお願いすることにしました」

「誰だ?」

「ハルキ様です」

「なるほど。俺か……俺か!?」


 とんでもないところで自分の名前を出されて、思わず声が上ずってしまった。


「意味を分かっていっているのか!? どこの馬の骨ともわからない俺に、民衆が従うわけがないだろう!!」

「はい。そこでハルキ様には、長く外遊していたバレー家の庶子を自称してもらうことになりました。正直なところ、お嬢様の馬鹿さはこの街中に知れ渡っていますし、何かにすがりたい民衆なら、多少疑わしくてもハルキ様に従うはずです」

「……民衆を扇動し、反乱を起こす。ヤラせだから、被害は最小限で済む。レミア軍は寛容だな。それで、反乱を起こした首謀者にも寛容だと思うか?」


 俺がアーティ・マーティを睨みつけると、彼女はつい、と目を逸らした。


「おい」

「……その点は、北門城主パペットに確認しました。回答は、いただけませんでした」


 つまり、俺は首謀者として殺される、ということだろう。

 こいつは、カーラを守りたいばかりに俺を売ったのだ。

 ……あれ、俺、詰んでね?

 俺は顎に手を当てると、思考の海に飛び込む。

 思考しろ。今まで集めた情報をすべて使え。

 思考しろ。それしか出来ることはないのだから。

 思考しろ。俺は天才だ。全ての問題を解決できる手段があるはずだ。


「なあ、メイド」

「アーティ・マーティと。何でしょう」

「俺の右の耳たぶ、思い切り引っ張ってくれないか?」

「殿方の性癖というものは、良くわかりませんね」

「そういうフェチじゃねぇよ! 一種の儀式みたいなもんだ!」


 メイドは、ため息をつくと俺の耳たぶを引っ張る。

 なかなかいい感じだ。

 再び思考の海に沈む。

 あらゆる可能性が、あらゆる選択肢が脳裏に浮かび、消えていく。目から入ってくる情報も、耳から入ってくる情報も、全てが単なるデータになり、自分が思考しているはずなのに、自分の思考すら制御できないほど脳が高速で回り出す。


“馬鹿か貴様は!”


 俺にとって最悪の姉は、俺の耳元でよくそう言っていた。

 耳たぶを引っ張りながら、愉しげに、馬鹿にするように、呆れるように、嘲るように。

 そうして、あの神のごとき化け物は、過程をすっ飛ばして、選択すべき答えだけを教えてくれるのだ。


“そんなもの、○○○○○すればいいに決まっているではないか!”


「……!」


 おれは、ばっと立ち上がった。


「ハルキ様?」

「きひっ」


 変な笑いが漏れた。


「なあ、アーティ・マーティ」

「はい」

「北門城主の……パペットだっけ? そいつと話がしたい。出来るか」

「話は通しましょう」


 メイドは頷いた。



そういえば、関ケ原の戦いは、立地的にみると徳川方が不利だったと言います。

少しだけ地面が傾斜していて、徳川軍の方が低い位置だったとか。



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