第8話 奸臣能働
今回は試験的に、ちょっとだけハルキ以外の視点も入れてみました。
崩城一日。どれだけ立派な城であっても、崩れ去るときは一瞬で、あっけないものだ、という意味だ。ずっと変わらず存在し続けるものなどないのだから、こころしておきなさい、という教示的な言葉なのだが、まさか文字通り、城が一瞬で無くなってしまうとは。
カーラの実家だという白亜の城は、大爆発を起こすと、あっというまに崩れ去ってしまった。
喫茶店の窓からそれを見ていたカーラは、口をパクパクとするだけで、声も出せないでいる。
俺の後ろに立つメイドも、さすがに驚いたようで、「なっ、なっ」と繰り返すばかりで、二の句を告げない様子だ。
店内が騒然とする。窓の外では、バタバタと走り回る人、怒号、混乱が見て取れた。
「かあさま!」
ハッと我に返ったカーラが、跳ねるように店を飛び出していく。
「カーラ!」
「お嬢様!」
俺とメイドも、慌てて追いかける。
城が爆発した場所まで、それほど距離はなかった。
現場につくと、すでに人が集まっており、あちこちで瓦礫をどかし、埋もれた人たちの救出作業が始まっていた。
今のところ、助け出された人は――まだ、いないようだった。
白亜の城は、見事なほど粉々になっていた。屋根も、壁も、原型がわからないほどに壊されている。建物の外周に巡らされていた池は瓦礫で埋まり、破片の直撃を受けた鉄柵は大きくひしゃげている。
「かあさま! とおさま! ヨシュア!」
カーラは、ドレスが汚れるのも気にせずに跪くと、小さな手で必死に土砂を掻き分け、石をどかそうとする。しかし、力のない少女には、せいぜい小さな小石をどかすことしかできず、それでも彼女は諦めず、掌を傷だらけにしながら、必死に埋もれた人を掘り起こそうとしていた。
俺は、それを手伝いながら、頭の片隅で、「ああ、これは、無理だろうな」と考えていた。多分、生きている人はもういない。メイドも、同じ考えなのか、カーラを手伝うこともせず、ただ彼女の後ろで冷めた目でカーラを見つめているだけだった。一見するとなにも感じていないかのようだったが、下唇をわずかにかんでいる、その様子が彼女の心の内を如実に表わしていた。
「カーラの家族は、本当にこの下にいるのか?」
俺は、空虚な希望的観測を口にする。
「ひょっとして、外出していたり……もともとここにいなかった可能性も、あるんじゃないか?」
カーラは、手を止めると、弱々しく首を横に振る。
「そう……か」
その時、ばたばたと武器を持った男たちがどこからかやって来た。
彼らは、俺たちをぐるりと囲むと、こちらに槍を向ける。
「カーラ・バレーだな」
一人が大声で誰何してきた。カーラは俯いたまま、小さく頷いた。
「貴様にはバレー領顔役の殺人容疑がかかっている! 抵抗せず、我々に同行せよ!」
男はそういうと、にたりと笑った。
***********
話は、昨日の夜にさかのぼる。
俺――ハルキが、すやすやと眠っていた時の、俺の知らないエピソード。
ギィ、とハルキの部屋の扉が開く。
私――ユマは、そっとそこから中を覗いた。
「ハルキ……寝たわね」
私は、ベッドに突っ伏したハルキを見て、そうつぶやく。
先ほどハルキに飲ませた酒には、遅行性の眠剤が混ぜてあった。このままハルキは朝までぐっすりと眠るだろう。
私には、あまり時間がなかった。
もともと、魔術師たちにちょっかいを出したのはほんの気紛れだった。
商業都市オリツでの諜報活動を終え、レミア様へ報告に戻る道すがら、ついでに実家へも顔を出して、2,3日自主休暇を取ろうとしたところで、バレー家が魔術師たちを使ってレミア様に楯突こうとしているという話を聞き、なんとなく調べてみたら魔術師たちの本拠地を見つけてしまった。
どうせなら、魔術師たちの情報を持ちかえれば、レミア様にほめてもらえるかな、などと考えて彼らの本拠地に侵入したところ、うっかり見つかってしまい、戦闘になってしまった。
大失態だった。
欲を張らず、素直にレミア様へ報告しに行くべきだったのだ。
けれど、今、改めてレミア様のもとへ行くわけにはいかない。
失敗したことを報告して、あのお方に失望されたくない。
本拠地を暴かれた魔術師たちが、おとなしくしているとは思えない。何らかの強硬策に出るだろう。私は、それを阻止して、出来るならば魔術師たちを無力化し、それからレミア様に報告しなければいけない。
あのお方に失望されたくない。
役立たずと思われたくない。
見捨てられたくない。
だから、私には時間がなかった。たかが腹に大穴があいている程度の事で、休んでいるわけにはいかない。
……だから、ハルキにはちょっと大人しくしていてもらうことにした。
私は、ハルキの姿をじっと見つめる。
レミア様が持つ予言の書、その最後のページに書かれた、神託の救世主。レミア様の窮地に現れ、あの方を女帝の地位まで導いてくれる存在だという。予言の書には、肝心なことが何一つ記載されていないし、あとになってから「ああ、この記述は、こういう意味だったのか」とわかることも多い。もしも予言の書が当てになる物だったら、そもそもレミア様がこんな辺境の地に追いやられることも回避できただろう。
そんな中途半端な予言書で、唯一、明確に日時と場所が示されていたのが、異世界から来た黒髪黒目の救世主の存在。それは、予言の書における最後の記述でもある。
私は、ハルキに対して嫉妬と、期待の入り混じる複雑な感情を抱いていた。
最初からレミア様の力になることが約束された存在。
彼の事を語るとき、レミア様はまるで恋する乙女のように、上ずった声を出す。
“救世主という存在を、試させてもらうわよ、ハルキ”
私は、心の中でそうつぶやいた。
ハルキの存在をレミア様に報告せず、それどころかレミア様の親衛隊に見つからないように変装までさせて。私は、救世主というのがいったいどういう存在なのか、確かめることにした。
“もしも、レミア様の足かせになるようなことがあるなら――”
腰に下げたナイフを手でさすりながら、私は彼を見下ろす。
“私が、処分してあげる”
その瞬間を想像して、思わず頬が緩んだ。
「さて」
まあ、それは明日からのハルキの行動にかかっている。
今日はとりあえず、魔術師たちのことをどうにかしよう。
私は、そっと部屋の扉を閉じると、廊下の端の窓から飛び降りる。二階ぐらいの高さなら、音も立てずに飛び降りることなど造作もない。
夜の闇にまぎれるように黒いローブを頭からかぶり、人通りの少ない裏路地を駆け抜ける。
魔術師たちの頭目――バレー家の居城は、この細長い都市の真ん中にある。城の周りには私兵たちがうろついているし、彼らの目をかいくぐり、柵の内側に侵入しても、堀のようになっている池を進むうちに見つかってしまうのがオチだ。屋敷に入るには、正門を通り、橋を渡るしかないように出来ている。
だから、地上から侵入することはできない。
「……あった」
私は、近くに落ちていた木の棒で、かんかんと石畳の地面をたたき続ける。一か所だけ、音が違う場所があった。足元の石をずらすと、そこにはぽっかりと空洞が広がっていた。
この地下に存在する、入り組んだ洞窟。奈落と呼ばれるその洞窟が、この街の水需要を満たすための大魔法陣であることを知る者は少ない。この街に住んでいる人たちでさえ、せいぜい、落ちたら二度と上がることのできない地獄の入り口、位の認識でいる。
“死者”達の巣窟になっていることもあり、ここに入ってくる者はいない。
ここは、バレー家が魔法陣の整備をするためにつくった、いくつかある入口の一つだ。そしてこの先を正しく進むことで、バレー家の城に忍び込むことが出来る。
私は、自分の方向感覚に絶対的な自信を持っている。その方向感覚と、何年も、何年もかけた探索の結果、私は凡そこの地下の構造を熟知するに至っていた。
「よっと」
地下に潜ると、生者の気配を察知した“死者”たちがわらわらと寄ってくる。彼らへの対処は、力技しかない。それこそ、人外に近いレベルの魔術師なら“死者”に命令をすることも出来るというが、それが出来ないなら、彼らが反応するよりも早く、音も立てずに走り去るしかない。
それは、私の得意分野だ。
一時間も走ると、城の直下にたどり着いた。そこから同じように上の石畳をずらし、地上へ出る。こうして私は、あっさりとバレー家の居城への潜入に成功したのだった。
城の廊下を歩いていると、ふと前から人の気配が近づいていることに気が付いた。急いで戻ろうとするが、後ろからも別の気配が近づいてきた。
近くに隠れられそうな場所はない。
とっさに周りを見渡すと、壁に据え付けられた燭台の内、一つだけ金のメッキが剥げかけていることに気が付いた。その意味が解らないほど素人ではない。
燭台に飛びつき、押して、引く。動かない。右にひねる。動かない。左にひねる。隠し扉が開いた。
中も確認せずその部屋に飛びこむ。
「おつかれ~」
「お疲れ様です」
「問題は?」
「ありません」
扉越しに、男女が話しているのが聞こえる。ちょうど扉の前で立ち止まっているのか、声がはっきりと聞こえた。私は、声を潜めながら、そっと懐に忍ばせたリン石を取り出した。この石には、割ると少しの間だけ光る性質がある。滅多に手に入らない物だったが、潜入時の光源としては重宝する。
薄く加工されたリン石をパキンと割ると隠し部屋の中がぼんやりと照らし出される。
そして私は、絶句した。
「なによ、これ……」
そこにあったのは、大量の火薬だった。
しかも、見たところ、かなり純度が高い。私の持っている銃にも加圧式の粘土火薬が使われているが、ここにある火薬は、そんなちゃっちいものでは無い。ほんのわずかの火花で大爆発を起こす――それこそ、要塞をまるまるぶっとばしてしまえるほどの代物だ。
火薬というものは、そもそも発展途上の素材だ。圧力によって爆発するもの、熱によって爆発するもの、水につけると爆発するものなど、さまざまな種類が研究されているが、いずれにしても安定した生産技術も、安全な運搬方法も確立されておらず、コストも嵩むため、なかなか実用化されずにいる。
最近になってようやく銃の様な武器への利用がされるようになったが、まだまだ普及しているとは言い難い。私の銃も、どこぞの金持ちが道楽で作ったものを奪い取った代物で、世界に二つとない存在だ。
魔術師たちは、カーラ家は、こんな危険なものを、こんなに大量に集めて、いったい何を企んでいるのか。――いや、これだけの量、田舎の顔役に集められるものだろうか。レミア様に楯突くどこかの勢力から資金が流入している可能性もある。すぐにこのことを報告しなければいけない。
その時の私は、大量の火薬に気を取られて、周囲への警戒を怠っていた。
少しだけ、考えるべきだったのだ。
そもそも、廊下の声の主は、なぜちょうどこの部屋の前で話していたのか。
「おや~、かわいらしいお客さんだこと」
その声に、はっと振り向いた瞬間、棍棒で頭を殴られ、私の意識は暗転した。
この世界の火薬は、粘土状の物が主流です。
火や熱で爆発させるものもありますが、瞬間的に圧力を高めることで爆発させるものの方が、量産とコスパの都合上より多く流通しています。
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