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第7話 崩城一日

ゾンビ映画って、中毒性がありますよね。


「死者が、この店に入り込んだようです」


 メイドがそう口にした瞬間、泣き緩みしていたカーラの顔が強張る。

 俺は、何事かと喫茶店の入り口を見た。


「馬鹿! 見るな!!」


 カーラが小声で怒鳴り、俺の頭を掴み、自分の方に向ける。

 しかし、少しだけ遅かった。一瞬、俺は店に入ってきた“死者”を見てしまった。

 “死者”は、恐ろしい姿をしていた。黒い靄が人の形を取ったような姿で、その躰のところどころが腐りかけた肉のように見えた。眼があるべきところに眼がなく、鼻があるべきところに鼻がない。口があるべきところに、ぼんやりとした窪みがあるだけだ。

 死者がこちらを見ている、というのが目を逸らしていてもわかってしまう。


「いいか、決して目を合わせるな。自然にふるまって、奴をいない者として扱え。そうすれば死者は何もできない」


 カーラがひそひそと俺に言う。

 俺は頷いたが、後ろから近づいてくる、ずり、ずり、という音に、だんだんと恐怖が増してくる。


「お…あ…」


 死者が、うめき声をあげる。

 ひんやりとした空気が、肌をなでる。

 ずり。

 ずり。

 すぐ側まで、死者が来ている。振り向いて確認したい気持ちを、必死になって抑え込み、あえて死者のいる方とは反対側を見る。

 俺の両肩を押えているメイドの手に、少しだけ力が入る。

 店内にいる他の客もじっと息を押し殺しているのがわかる。


「お……」


 ぴとり、と、俺の太ももに冷たいものがふれた。死者は何もできないとカーラは言っていたが、太ももから生命力が吸い取られているような感覚に陥る。

 ずり。

 死者は、そのまま俺に抱き着くようになる。俺の目と鼻の先に、死者の顔が来る形だ。死者に眼はないが、それでも俺は必死に、目をあわせない様にする。


「ぁ……」


 次の瞬間、死者の体が崩れると、ぽちゃん、と音を立てて掻き消えた。後には、濡れた床がのこるだけだった。


「ふうぅぅぅ」


 カーラは、深々と溜息をつくと深く椅子にもたれこんだ。


「なんだよ、今のは?」


 そう聞く俺の声は、自分でもわかるほど震えていた。

 それに答えたのは、メイドだった


「この街は、もともと主たる水源がない、乾いた土地でした」

「……なるほど」


 水が配給制だという話を何度か聞いた。魔法で水を作り出しているのか、あるいは他所から水を運んでいるのか、などと予想していたが、そのあたりの話を詳しく聞いたことはなかった。

 でも、それが“死者”とどのように関係してくるのだろうか。

 “死者”が消えた後、床が濡れたことが、そのヒントになるのだろうか。


「この場所に小さな町を築き、後に要塞都市へ発展する礎を作ったのは、バレー家の祖に当たるピピン・バレーだったと言われています」

「水脈がないのに、どうしてここに街をつくろうと思ったんだ?」

「ピピン・バレーは魔術師でした。彼の研究テーマは、死者の魂を再利用すること。そして彼は、死者の魂を、水に変換させる技術を発明したのです」

「……!」


 ここにきてふぁんたじぃ要素が登場した。

 死者の魂を水に変える技術だって?

 そんな、馬鹿げた話があるのか。

 そもそも、魂なんていう存在すらあやふやなものを、水という「物質」へと変換させるなんてことが出来るはずがない。それこそ、元いた世界の古代哲学なら「全ては水に帰す!」なんてドヤ顔で言えただろうが、現代社会で同じことを言ったら、馬鹿にされるか、頭のおかしい人扱いされておしまいだ。


 ……いや、元いた世界では、魂についての研究は発展途上だった。頭ごなしに否定することはできない。

 それに、ここが異世界だという事を考慮するならば、多少のオカルティックさは受け入れなければいけないのかもしれない。


「……わかった。……とりあえず、わかったことにする。それで、その事がさっきの“死者”とどう関係してくるんだ?」

「この街の地下には、巨大な魔方陣があります。この街で死んだ者の魂は、すべてその魔法陣にとらわれて地下に引きずり込まれます。そして、5年、10年……あるいは数百年という長い時間をかけて、水へと変質するのです。しかし、ときおり地下から逃れ出て、この街に出現する魂があります。それが先ほど見た、“死者”です」

「彼らは、悪さをするのか?」

「こちらが反応をしなければ、特には。ですが、死者は生者に執着します。生者が死者の動きに反応すれば、彼らは敏感に察知し、ひたすら付きまとい続け……やがては、生者の肉体を奪ってしまう、という事もあります」

「怖いな」


 俺が身を震わせると、


「まあ、この街の人間は慣れていますから、そうした事故は滅多に起こりません」


 メイドは、そう言って口の端だけで笑った。

 しかし、これでようやく分かったことがある。

 それは、この都市の領主が、「領主」でなく「顔役」と名乗っていた理由。

 小さな町の代表者であった時代の名残なのだろう。

 俺は、ラスベガスの発展史を思い出した。あそこは、小さな建物が数件できた後、マフィアをはじめとする巨大資本が湯水のごとく金を投入したことでできた、いわば人為的に作られた都市だ。小さな村が出来た後、要塞化するために国が莫大な資金が投入されて発展したこの街と通じるものがある。


 もっとも、国が莫大な資金を投入したならば、この都市のトップも国の息のかかった人間にすげ代わっていておかしくない。そうなっていない理由は……いくつか考えられるが、もっとも合理的な理由は、一つだけだ。


「なるほど。水という利権……水を作り出す技術という利権を独占しているから、バレー家は顔役としての地位を保ち続けられるのか」


 カーラが驚いたように眼を見開いた。


「よくわかったな。その通りだ。バレー家の独裁に不満を持つ領民も多いけど、それでも我が家が確固たる地位を維持し続けられるのは、水を支配しているからに他ならない。それに、この街の発展の傍らには常にバレー家があった。その歴史は、長く、重い。もはやバレー家は、領民たちにとってあって当然の物になっているのだ。――あそこにある建物が見えるか」


 カーラが窓の外を指さす。

 そこには白亜の城というべき荘厳な城が建っている。

 石造りの建物が多い灰色の街で、白い漆喰で塗られたその城はひときわ輝いて見えた。赤い屋根瓦は、太陽の光を受けるといっそう深い色合いを見せ、四方に建つ尖塔は、この谷底の街にあってなお、天を衝くようにすらりと伸びている。頂上には金色の鐘が据え付けられ、建物のデザインの中で一つのアクセントになっている。建物の外周を覆う池にその姿が映り、その美しさを際立たせている。ときどき水が噴き出しているところを見ると、噴水のような仕掛けも施されているのだろうか。

 さらにその外側には鉄の柵が巡らされているが、それも決して無骨なものでなく、遠目で見ても感心するほど精巧に細工されたものだった。

 この建物に住んでいるのは、いったい誰なのか。水が貴重なこの街にあって、これだけ贅沢な水の使い方が出来る存在は、一つしかない。


「あれが、妾の実家、バレー城だ。元々は小さなあばら家だったというが、当主が代替わりするごとに改築が進んでいったらしい。窓にガラスが入り、二階建てになり、三階建てになり、石造りになり、白く塗られ、妾のおじい様の代で、あの池が造られた。バレーの民はあの城に、この街の歴史を写し見るらしい。彼らはあの建物を見るたびに、自分たちの先祖が努力し、発展させてきた街を誇りに思い、それをより良いものにするために努力しようと思う。そうやって、要塞都市バレーは歩んできたんだ」


 カーラは、誇らしげにそう言った。


「あの、真ん中にある鐘は何だ」

「物見の鐘だな。北門城と南門城にも同じものがある。例えば南門城に敵襲があった時、南門城の鐘が打ち鳴らされ、北門城へ伝えることになっているが、何分、距離があるからな。ここにある鐘を鳴らすことで中継するんだ。それによって迅速な軍事行動が可能になる。まあ、こんな辺境都市を襲う馬鹿者はいないがな」


 カーラは笑う。

 そして、次の瞬間。

 白亜の城は、大爆発とともに、音を立てて崩れ去った。


西洋風のお城というと、ノイシュバンシュタイン城がいちばん「それっぽい」ですが、

個人的にはもっと武骨な、要塞みたいなお城が好きです。


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